A



** もしKあたりで親衛隊が反撃に出ていたら






「ほんじゃ、また後でなー」

『うん、体育頑張ってね!』


休み時間にたまたま廊下で洋平くんと会ってペラペラと喋っていた。不意に会うだなんていつにも増してドキドキしてしまう私は相当洋平くんに惚れているらしい。今に始まったことじゃないけど。


体操着を着た洋平くんはぐしゃぐしゃと自身のリーゼント頭をかいていた。崩れてきていることを指摘すれば「どうせ汗かくしいいんだよ」と少し乱れた頭で微笑まれた時は廊下の真ん中で発狂するかと思った。彼の色気は本当に漏れすぎている。


鼻歌まじりで教室へと戻る途中であった。


「…ねぇ、来てよ。」

『えっ…、』


女の子の声がした。腕を掴まれ引っ張られる。瞬時に嫌な予感がして、これは前も経験したことがあるような、そんな気がして大声を出そうとするもグッと口元を押さえられた。タオルか何かが邪魔をしてうまく声が出ない。


連れてこられたのは誰もいない倉庫で、もうすぐ授業が始まるからか、近くに人の気配はしない。助けを呼んでも洋平くんは体育館へ行ってしまったし…みんなは、桜木軍団のみんなは…


「やっと、やっと捕まえたわ…!今回こそ、邪魔者がいないわね。」

『何すんの…やめてよ…』

「やめるのはどっち?結局あのリーゼントと付き合って、流川くんとも仲良くして…」


目の前にはザッと五人ほど、おそらく先輩であろう女の人が立っている。腕を組み少しずつ近寄ってくる五人。要は、前回のリベンジも兼ねて私に復讐したいということなのだろう…どこまで卑怯なんだ…コイツら…


『…楓が知ったら、彼も嫌な思いをすると思います。自分の親衛隊が、こんな人たちだなんて…』

「親衛隊…?笑わせないで、もうそんなものどうだっていいの!」


真ん中の人はそう声をあげた。相当怒っているようで私の胸倉を掴み「流川楓なんて、どうでもいい」と歯を食いしばっている。ギリギリと音がなり、次第に彼女の目からは涙が溢れ出した。


「…もう、何もかも、終わりにするのよ…」

『勝手なこと、言わないで…』

「流川楓の大切なものを、水戸洋平の愛しい人を…私の手で壊してやるの…!」


そう言って振り上げた手には何か光るものが握られていた。視界にそれをとらえるなりグッと目を閉じて歯を食いしばる。何かはわからない、けれども…怖い…


怖い。怖い…やめて…やめて…!


『洋平くん…っ、助けて…っ、!』


震える声で絞り出す。いつ何をされるかと身構える私の元に痛みが走ることはなく、その代わりにものすごい音がして倉庫の扉が開いた。


『えっ…、』


急に視界が明るくなって音のする方へと顔を向けた。私の胸倉を掴んでいたはずの先輩もパッと手を離し慌てたように入り口へと目を向けていた。


「…っ、何してんだオメェは…!」

「っ、み…三井…」

「様子おかしいと思ったら…、馬鹿も休み休みやれ!」


そう言って私の目の前に立っていた先輩を引きずって倉庫から追い出した。残りの四人もその人に無理矢理外へ出されて何やら話し声がする。男の人が一方的に怒っているようだった。


背が高く整った顔をした「三井」と呼ばれた男の人は恐らくバスケ部の先輩のように思えた。楓や桜木くんの応援で体育館へと足を運んだ際に見かけたことがあるような気がする。


何もなく済んだ…この人が助けてくれた…


そんなことを考える私は自然現象として目から涙が溢れ足の力は抜けてヘナヘナとその場に座り込む。ドサッと音がするなりその三井さんは慌てたように「おい、大丈夫か」と駆け寄ってきてくれた。


「もう平気だ、怖かったよな…ごめんな。」

『…い、いえ…、すみませっ…、』

「拭くぞ?目ぇ閉じろ…」


自身のポケットから取り出したハンカチで目元を拭ってくれた先輩。少し乱暴に拭かれてなんだか不器用だけど優しい人なんだな…と心が温かくなる。


『ありがとう、ございました…』

「いや、アイツ、俺と同じクラスなんだよ。なんだか様子がおかしいと思ってたら、仲間連れてアンタのこと連れ去ったの見えて…」


気になって追いかけてきた、そう言った三井さんは私の顔を見るなり「そういや…」と言う。


「見たことある顔だな、バスケ部の…、えぇっと…」

『流川楓の、幼馴染です。』

「…んあっ、そうか!アイツ流川のファンだったし、そういうことか、だよな…気付くの遅くて悪い。」


三井さんはそう言って私の腕を引っ張り立たせてくれた。倉庫を出るなりあの人たちはもういなくて、辺りを見渡す私に「このこと、学校側に話した方がいいか?」と聞いてくる。とても真剣な顔だ。


「そしたら事情を聞かれたりするかもしれねーけど、このまま何も無かったことにするわけには…」

『いえ、いいんです。大丈夫です、このままで…』

「じゃあ、流川に知らせておくか?アイツなら成敗してくれんじゃねぇか?」

『ダメ!ダメです!絶対に、ダメ!』


そんなことしたら…楓があの人たちに何するかわからないし…前回だってそうならないために秘密にしておいたのに…今までの努力を…!


そんなことが一瞬で頭をよぎり焦ったように大声を出す私に三井さんは「悪い、しねぇから、落ち着け…」と困ったように私を宥めてくれた。あぁ、取り乱してしまった…


「…どうせ授業も始まってるし、よかったらさぼらねぇか?いい場所知ってる。」

『いい場所…?』


その言葉に惹かれてやってきたのは中庭の奥、大きな木が生えたそこは日陰になっていてちょうど二人が座れるくらいの大きな石が置いてある。三井さんはそこに腰かけるとポンポンと隣を叩いた。気持ちよさそうな顔で目をつぶっている。


「風がちょうどいいだろ、なんか落ち着くよな…」


初めて話したというのに、この人はなんだかとっても不器用だなって、改めてそう思う。不器用だけど気が利くし、細かいところにもよく気付く、優しくて温かい人…洋平くんには無い不器用さと男臭さがあるけれどそれが全然嫌じゃ無いなって、そう思う。


「そういや、名前…」

『みょうじなまえです。三井先輩…ですよね?』

「んあっ、うん…三井寿…」


三井さんはそう言うと「でもあれだな、予期せぬ不運みてぇなのが、あるもんだな」とそう言った。彼なりに考えて私を極力傷付けないように選んでくれた言葉のような気がしてなんだか嬉しかった。


『大丈夫です。楓と幼馴染に生まれた時点で、そういう運命だなって感じだし…それにもう、慣れてるし。』

「…慣れんじゃねぇよ、そんなことに。」


へ…とマヌケな声が出て三井さんの方を見る。三井さんは真っ直ぐ前を見たまま、「つらい時は我慢したらダメだろ」とそう言った。心によく刺さる綺麗で真っ直ぐな言葉だった。


「んまぁ、アレだよ。流川に言わないんなら他のやつにでも…さ。助けて欲しい時は、声をあげた方がいいぜ?」

『…ありがとうございます。』


ニカッと笑う笑みが眩しかった。その後も他愛もない話をして、穏やかな時間が流れ続けた。












「お、みょうじ。久しぶりじゃん。」

『あ、三井さん…この間は、どうもありがとうございました。』


体育館へ楓や桜木くんの応援に行った時だった。ちょうど着替え終えたらしい三井さんが入ってくるところで鉢合わせて、「いやいや、楽しかったぜ」と笑ってくれる。


「あの後授業爆睡しちまった。」

『えぇっ、お疲れでしたか…?』

「いや、ほら。あそこの風気持ち良かったろ?あのまま眠気が来ちまってさ…」


楽しそうに笑う三井さんがやっぱり可愛くて一緒に「そうですね」と笑っていれば隣からスッと人影して。気付けば私の目の前から三井さんが消えて、誰かの後頭部が…目の前に…この匂いは…


「…んあっ?なんだよ、水戸。」

「ちわっす、三井さん。こんなところで何してんすか?」


その声はなんだかとても低かった。私にはわかる。後ろ姿で顔こそ見えないが…洋平くんの声のトーンがおかしくて…うーんと、お、怒ってる…?


「何って、立ち話だよ。」

「人の彼女と、立ち話っすか…へぇ…」

「…は?」


「彼女」という響きがとってもよくて、相変わらず頬が緩む私の前にひょこっと顔を覗かせた三井さんが現れた。何やら焦ったような顔をしている。


「…みょうじ、まさか…水戸の…彼女…?!」

『あっ…、はい…あれ?言ってませんでした…?』

「聞いてねぇわ…おい、マジで…」


あぁそうか、楓の幼馴染とは言ったけど、それ以上は何も言ってなかったのか…申し遅れましたと私が口を開いても三井さんは何も返事をしてくれなかった。


「だから、諦めてくださいね。」

「…ほんとにマジで、俺はお前が怖いよ、水戸…」







淡い期待は粉々の欠片になって散っていく


(…マジで水戸洋平の呪いだ…パンチは強いし、女は落とすし…)
(うん?三井さんなんか言った?)
(言ってねぇよ…)




番外編お付き合い頂きありがとうございました!これにて完結!(^^)












Modoru Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -