嵐の予兆編
「おーなまえさん、進級おめでとうございますー!」
『桜木花道!ありがとう!めっちゃ嬉しい…!』
アメリカはどう?と聞けば「この天才には狭いっすよ」とよくわからない返事が返ってきたのでとりあえず携帯を大楠くんに渡しておいた。ありがとうね、桜木花道。気持ちだけもらっておくよ。
『洋平くん、このお菓子開けるから一緒に食べよう!』
「うん。って言いながら、全部食べちゃうオチだろ?」
『違うもん、最初から半分に分けるもん。』
よくわかってるじゃん、私のこと!とは言いたくなくて強がってみるも洋平くんは相変わらず大人の余裕で「はいはい、ありがとう」と小皿を笑いながら受け取ってくれた。あぁもう、好きだよその顔も!
あっという間に高校も最高学年になりついに受験生の幕開けだ…春休み最終日、アメリカから桜木花道もテレビ電話で参加してくれて「祝、進級おめでとうの会」を開いてくれた桜木軍団の皆。本当にありがとう!大好きだよ、洋平くん…!
「うん、昔食べた味だわ。懐かしい。」
『洋平くんと分け合うお菓子…五割増で美味しい…!』
「…わかったから、口閉じて食べな?」
ポロポロとこぼれたカスは洋平くんが片付けてくれるので気にしません!みょうじなまえ、高校三年生!頑張ります…!
「で?志望校は?なまえちゃんめちゃくちゃ成績いいんでしょ?」
「医者になんの?医者になんのか?!」
『ねぇ高宮くん!洋平くんのお菓子横取りしないで!それと私は医者にはならないよ!二回言われてもならないよ!ならない!』
「…なまえちゃんは三回言ったな。」
何余裕こいて笑ってんの洋平くん、お菓子取られてるって…!せっかく分け合ったお菓子が…!
「まだ決まってねぇんだよな、進路。」
「へぇー…なりたいもんとかないの?選び放題すぎて選べないってこともあんのか?」
不思議そうに「頭いいのも大変なんだなー」と感心している大楠くん。褒めてもらえるのはありがたいのですが…
『勉強頑張ってるのはただ洋平くんとのお付き合いを許してもらうためだけだしさぁ…?それがなきゃたいしてやらないし…、何か目標があるわけじゃないんだよね…』
「あーそっか、そういや聞いたことあったな!」
高宮くんが納得したように「なまえちゃんのご両親との約束だったな」と言う。そう、その通りだ。まさにそれ以外私がこんなに必死になって一位をキープする理由なんてないのだ。洋平くんの為ならなんだってできる。これは愛の力なのだ…!
「洋平のためにやってるってことか…健気もいいとこだなぁ、ほんとに…」
『でしょう?!めちゃくちゃ努力家彼女でしょ?!ねぇ、そう思うでしょ?!』
「…すげぇ、必死…」
他三人には軽く引かれた模様だが、洋平くんだけは「よく頑張ってるよ、ありがとな」と優しく頭を撫でてくれた。うわぁ…うわぁー…うわぁぁ〜!もう、これ以外何もいらないわ…洋平くんがいてくれるなら私、夢も何もいらないです…
『洋平くんの隣にいられるならなんだっていい!夢は洋平くんの隣にいること!』
「ってことは、結婚したいってことね。」
『けっ…けっこ、けっこん…?!』
サラッと言いのけた大楠くんの言葉を何度も何度も反復する。結婚…けっこん、結婚?!
『私と洋平くんが…、結婚…?!』
「あれ、ちげぇの?隣にいるって、そういうことだろ?」
確かに…行き着く先は結婚なのかも…で、でも、まだその…色々と未経験な私たちですが、結婚ともなれば…その、子供を産むみたいなことも、あり得るだろうし…こ、子供?!洋平くんの子供?!
『…キャーッ!!』
「…大楠、馬鹿野郎。変なこと言うんじゃねぇよ。」
「痛っ、わ、悪かったよ、洋平…」
やだ、もう…そんなの早いよ…!早いけど、早いけど…でも、隣にいたいってことは、いずれ…
『えへへっ、……へへっ、へへへ……』
「…どうしてくれんだよ、完全に壊れたわ。」
『ねぇじろちゃん、いよいよ明日本番なんて誰が信じるの?嫌なんだけど。終わりたくないよ、私。』
「そりゃ俺もだわ。永遠に今日が終わらなきゃいいよな。」
『ほんと、それな。』
高校最後の文化祭なんて信じられないにも程がない?こうやってイベントがひとつひとつ終わっていく上に何をやるにも「高校最後の」という文字が付き纏うのムカつくんですけど。なんで高校四年生はないの?三年って短すぎるだろう…
『今年は絶対一番人気だよ、なんてったってかき氷だしね!』
「一年の時はクソ暑い中ワッフル売って失敗したもんな。」
『…掘り返すな、忘れてたのに。』
結局なんだかんだ一年ぶりに同じクラスとなったじろちゃんとは再びコンビを組み文化祭実行委員を共にやっているわけだ。今年はかき氷だし、男子が氷ガリガリやってくれるとして、私はシロップたくさんかけるぞ〜…!
『んあっ、ポスカ出なくなった…!』
「マジかよ、早いな…職員室にあったはず。」
『新しいのもらってくるね!』
じろちゃんの「頼んだぞ」という声を背に職員室へと向かう。本番を明日に控えていることもあり廊下のありとあらゆるところで看板を広げてはせっせと飾り付けをする皆。歩きづらいな…と普段あまり通らない方の階段を使い下へと降りていく。校庭に面しているそこの階段からは外や体育館がよく見えて。
『…なんか、怪しい人がいる…?』
外を見ながら降りた階段。体育館の前にたたずむ一人の男性。全身黒い服を着ていて随分と背が高い。細身でスラッとしていて…でもなんか、怪しくない…?そんなとこに突っ立って、何してんの…?
『うわっ、目が合った…!』
突然ギロッとこっちを見ては何故だかガラス越しにちょいちょいと手招きされた。えっ、呼ばれた…?!と思いながらそっと近づく。廊下の端にある入り口から外へと出るなりその人は「なぁ」と声を出した。
「安西先生、知らねー?」
『安西先生…多分職員室にー……』
バッチリと目が合って思わず口を閉じる。待った、待った、待ったー…!
『る、るる、るかわ、かえで……?』
「…うす。」
『るるるっ、るかわ、……るかわ、かえで……!』
もう絶対的に失礼なのを分かっていても私の手は彼を指差して「流川楓ー!」と叫んでしまった。ハッとした彼に慌てて口を押さえ込まれる。グッと縮まった距離、口に当てられたてのひら、香るいい匂い…
「バカ、てめぇ…!」
『…すっ、すみません…で、でも…っ、!』
どうしてこんなところに流川楓…って、ここは確かに彼の母校だけど…!でも、でも!アメリカにいるはずじゃないの?!こんなところで、流川楓に会えるなんて…!
「いーから、安西先生は?」
『よ、呼んできます…!』
「…ちょ、待て、オメェ。」
もうこの際ポスカはどうでもいいしじろちゃんに叱られてもいいからとにかく安西先生を呼んで来なければと慌てて走り出した瞬間、後ろから首元のブラウスを掴まれてその場に立ち止まったまま走るポーズを繰り返す私。あれ、ここはランニングマシンの上…?
『ちょっと、何ですか!全然進まないと思ったら!』
「…静かに行け、バレたくねぇ。」
『…それが人にお願いする時の態度?!』
あのなぁ!礼儀がなってねぇんだよ!と礼儀が無いイメージナンバーワンである桜木花道が私の中に突然現れてそう叫ぶ。流川楓はギョッとした顔で目を開いた。
『廊下で叫んで言いふらしながら職員室まで走ってやる!』
「…オメェ、んなことしたらただじゃおかねーぞ…」
『いいじゃん、人気者なんだから写真でもサインでも書いてあげればいいよ!じゃ、呼んできますので!』
「っ、待ちやがれ…」
スタートダッシュを切ったはずなのにやっぱりその場から進まなくてよく見れば流川楓に首根っこを再び掴まれていた。だからここはランニングマシンの上かってんだ!
「…オメェ、名前は?」
『何だろうと関係ないもん。』
「おーい、みょうじー…アイツどこ行った?」
『しまった!じろちゃんが探してる…!』
不意に上の階からそんな声が聞こえて何故だか流川楓を引っ張って木の影に隠れる。なんで隠れたんだ…?別に悪いことしてないのに…「ポスカまだかよー」と私を探しているらしい彼の声に後ろめたさを感じつつも隣を見れば「お前、みょうじね」とそう呟く流川楓がいた。
『しまった、バレた…』
「いいのかよ、行かなくて。」
『元はと言えば、流川楓が引き止めるからじゃん!』
あぁそうか、と納得している場合かってんだ。安西先生くらい自分で探しやがれ!とその場を離れれば「おい」と再び呼び止められた。あぁもう、私は忙しいんだ!
『何ですか、もう!』
「明日、文化祭だろ?」
『…何?来るんですか?』
私の問いに彼はコクッと頷いた。「そんなことしたら一瞬でバレますよ?」と言えば「スペシャルゲスト?」と何故か疑問形で返された。どうやらみんなには内緒だけれど体育館でバスケをしたりなんなり、明日の文化祭にゲストとして参加するらしい。なんだ、そういうことか…
「何年?何やんの?」
『三年です。かき氷。』
「…買いに行く。店にいろよ。」
『店番の間しかいません。』
チッと舌打ちが聞こえたけれどもう話すのも面倒になって走って逃げた。ちょうど安西先生が職員室から出てきたからポスカをねだりお礼を言うついでに流川楓のことも伝えておいた。
『っていうか、有名人相手に何キレてんだか…』
それこそ礼儀がなってねぇんだよってね…独り言が止まらずに教室へと戻れば「オセェよ!帰ったのかと思った!」とじろちゃんに心配されてしまった。
波乱の展開、ついに幕を開ける(私はまだ知らない)
(この後の展開を、まだ…知らない)