赤い頭編
高校二年も終わりに近づいたとある日、私は不思議な光景を目の当たりにした。
『なんだ…?めちゃくちゃに騒がしいぞ…?』
放課後を迎えてさっさと帰ろうと校舎を出る。体育館の前あたりにやたらと人だかりが出来ていて皆ザワザワと騒がしい様子を見せているのだった。なんだろう…?体育館で何かショーでもやってるのだろうか?うん?大道芸?この時期に?
『なんの騒ぎ…、』
かと言って見過ごすわけにもいかず野次馬魂が叫びながらその輪へと近付く。奥の方に頭ひとつ飛び出た背の高い男の人がいて、皆はその人を囲むようにしてワーキャーと騒がしく群れを作っていた。
『あ、赤頭……んあっ!桜木花道…?!』
まさか、桜木花道…?!
だいぶ遠い上に揉みくちゃにされてうまく見えない。けれどもあの赤い頭は絶対にそうだ…!桜木花道だ!絶対に桜木花道だ…!
『なんで…?!今帰ってきてるの…?』
アメリカで活躍するバスケットボール選手、桜木花道。何を隠そう彼は私の彼氏である洋平くんと大の親友だと言うではないか。たびたびアメリカでのインタビューでも「日本に帰ったらしたい事」を問われて「友達に会いたい」というような旨の答えを述べていたのも知ってるし…!絶対それ洋平くんのことだよ!
『なんで洋平くん教えてくれなかったのー…!』
ずっとずっと会いたいと思っていた。有名人であることに加えて、洋平くんの親友とならば会わずにはいられないのだ。大楠くんや野間くんをはじめ洋平くんの親友達とは仲良くしておきたいし私の知らない時代の彼を共有して欲しい思いもある。むしろそれしかない。リーゼントの洋平くん、本気でイカス。
「おぉっと…、すみません…ちょっとオヤジに挨拶したいものでして…」
うわぁ、やっぱり…桜木花道…!
ようやく私が彼をしっかりととらえたところでそんなことを言っては頭を下げて無理矢理体育館の中へと入っていく。うわぁ…もっと見てたかったのに…と悔しい思いを浮かべていれば体育館への侵入を試みた生徒はバスケ部の部員に閉め出されていた。ちぇっ…部外者は立ち入り禁止ってか…
おかしいな…私も部外者…?一応桜木花道の親友の女なんですけど…!水戸洋平の女ですけど…!!
『仕方ない、帰るか…』
とぼとぼと踵を返す。門へと差し掛かる途中で真正面からこちらへ歩いてくる四人組が目に入りピタッとその場で立ち止まった。
『んあっ…、洋平くん…!みんな…!』
「おう、なまえちゃん。お疲れ様。」
「おー、ちゃんとJKしてんなぁ!」
「いいじゃん、似合うじゃん制服。」
大楠くんと野間くんにニヤニヤしながら肘で突かれて「もう!」と怒れば「もう会った?」と高宮くんに問われた。
『桜木花道…?体育館に入っていくところなら、見たけど…』
なんで言ってくれなかったの…!と洋平くんに問いただせば「ごめんごめん、サプライズ…?」と何故だか疑問系で返された。いや、何そのハテナは…
「なまえちゃんが花道に会うの楽しみにするだろうからさぁ?花道相手に嫉妬しちゃうからってそれで洋平は黙っ…い、痛え!」
「…大楠、口を閉じろ。」
洋平くんの結構強そうなパンチを食らった大楠くんはしばらく黙り込んでいた。あれれ…
「安西先生に会えたんだかな?見に行こうぜ。」
『でもっ…、野次馬が入れないように体育館閉められてたよ?』
「俺らなら平気だよ、一緒においで。」
洋平くんにキュッと手を掴まれて自然と手を繋ぐような形になって引っ張られる。うわぁ…恋人っぽい…!と勝手に舞い上がるも洋平くんは「花道の奴…久しぶりだな」と別のことに気を取られているようだった。うわぁ、悲しき恋心…
トントンと扉を叩き「花道ー」と大楠くんが叫べばゆっくりと扉が開いた。幸い正面の入り口ではない場所からの呼び掛けだった為周りに野次馬はおらず扉の中から「おう!」と楽しそうな桜木花道が登場したわけだ。
「おう、花道!久しぶ…っ、」
『桜木花道!!』
とにかく、会いたかったんだ!私は!桜木軍団の「桜木」の部分に会えずにいたこれまで…本当に会いたかったしお話ししたかった。興奮が抑えきれずに皆よりも前へ出て必死に名前を呼べば桜木花道は「あ、えっと…」とタジタジしている。
『会いたかった!いつもテレビで見てました!』
「あ、ありがとう…ございます…」
『すごい、背が高い…!かっこいい…!』
手を差し出せば「あ、あぁ…」と遠慮気味に差し出しくれた。思いっきり掴んで「大ファンです!」と告げれば「ありがとう…」と返ってくるもどこかぎこちない桜木花道。あれ…必死すぎて引かれた…?でも私は水戸洋平の女だぞ!邪険に扱われるはずは…
「ありがたいんすけど…、一応外部の人は入れないように言われてるんすよ…」
だから、すみません…
桜木花道はそう言ってちょいちょいと私の後ろにいる軍団の皆へ手招きすると体育館を閉めようとした。
『ま、待った…もしかして私だけここに、取り残されるって、こと…?』
「すみません、これからも応援お願いします…」
な、なんですと…?外部の人は入れないだと…?私が外部の人だと…?!この状況で、私だけ外部だとぉぉ?!
『何言ってんの…桜木花道…!』
「うわっ、な、なんすか…?!」
『私が外部…?ちょっと、洋平くん!』
なんとか言ってよ!と後ろを振り向けばケラケラと四人して楽しそうに笑っていた。この〜…!
「何笑ってんだ、オメェら…?」
「おかしくってさぁ…!まさか、女子高生だとは思わねぇもんなぁ!」
楽しそうに笑ったまま大楠くんは「この子、俺らの仲間なんだよ」と告げた。桜木花道はポカンとしながらも「ハ?」と言う。
「…花道、この子は俺の彼女だ。」
突然グッと肩に腕が回って。それは確実に洋平くんのもので。「だから一緒に入れてくれ」と続けた洋平くんに「…女子高生?」と呟いた桜木花道。
「ど、どういうことだ、洋平…お前…そんな犯罪みてぇなことを…!」
『何が犯罪だ!れっきとしたカップルだ!』
「うわぁっ、す、すみません…えっ、本当に洋平の、カノジョ…?」
私と洋平くんを交互に見る桜木花道。二人揃って「うん」と告げれば信じたくないのか「まさか…」と呟いては固まっていて。結局受け入れてもらうのに二時間はかかった。あぁもう…
「安西先生に覚えてもらえてるとはな〜。」
「ほっほっほ、君たちも大人になりましたね。」
声高らかに笑う安西先生。「私を先生と呼ぶなんて」と桜木花道以外の四人に向けてそう言った。いやいや、貴方達現役の頃なんて呼んでたんだ…まさか「オヤジ」と一緒になって呼んでたんじゃ…
「オヤジはこのなまえさんを知ってるのか?」
「それはもちろん。みょうじくんは優秀な生徒さんですからね。」
『えへへ…ありがとうございます…!』
安西先生ってば…嬉しいことを言ってくれるなぁ…なんて浮かれていれば「洋平と付き合ってることも知ってたのか?」と続ける桜木花道。いやいや、それはさすがに安西先生は知らないでしょうよ…
「ほっほっほ、それは初耳ですねぇ。」
「やっぱりなー、俺も驚いてたところなんだよ。」
ったく…なんなんだよー…と思っていれば不意に先生は洋平くんを見つめた。
「水戸くん、君は見る目がありますね。」
「…えっ、あ…あぁ、ありがとうございます…」
「みょうじくんはとってもいい子ですよ。」
ニコニコと穏やかな表情を崩さない先生。なんだか急激に恥ずかしさが込み上げてふいっと顔を逸らせば次は「みょうじくん」と私の名が呼ばれた。
『あ、はいっ…』
「君も、相当見る目がある。桜木くんの友達は、本当にいい子達ばかりでしてね。」
驚いた。まさかそんなことを言われるとは思わなかったし、それにバスケ部でもない洋平くん達がここまで安西先生に知られていたとは考えもしなかったんだ。皆のことをよくわかっている先生は「ほっほっほ」と笑った。
「きっと、明るい未来が待っていますよ。」
『明るい未来…』
洋平くんとの明るい未来…
不意に視線を上げればバッチリ目が合い穏やかな表情で笑ってくれる洋平くん。あぁもう…好きが溢れすぎて気が狂いそうだ。
『先生、私洋平くんと幸せになりますね。既に幸せだけど。』
「ほーっほっほっ、思う存分、なりなさい。」
懐かしの仲間達(ところで、ハルコちゃんには会ったのか?)
(会ってねえ…会いたい…)