修学旅行編






「…忘れ物は?」

『無いです!もう完璧!』


ガラガラとスーツケースを引きながらやってきた彼女に早朝も早朝にインターホンを押され、「早過ぎないか…?」とぼやぼやする頭で玄関を開ければ「おはよう!」と馬鹿がつくほどデカい声で叫ばれてそれに軽く説教をした後今に至る。


「ハメ外しすぎんなよ、でもほどほどに楽しんでこい。」

『了解しました!うわぁ〜、もうめっちゃ楽しみ!』

「…俺の話聞いてた?」


楽しみと言いながらにやけた顔でシーサーの真似をするなまえちゃんの耳には俺の声なんて届かないらしい。だからハメ外すなって言ってんのに…あぁもう……


三泊四日の修学旅行、行き先は沖縄だと聞いてついにそんな時が来たのかと俺の心がざわついた。出来る限り来ないでほしいと願っていたこの日もなんだかんだで当日を迎えてしまい、「洋平くんに送ってもらう!」と言っては聞かない彼女を集合場所の駅まで送り届ける約束をしていたわけだ。


『私がいない間、洋平くんを頼みますよ…!』


玄関先で靴を履きながら、彼女が勝手に飾っていた招き猫の置物に向かってそう話しかけるなまえちゃん。フニャッと笑った猫の頭を優しく撫でて「友達買ってくるね」と言った彼女はきっとシーサーの置物でも買って隣に並べるつもりだろう。


『それでは、出発!』

「はい、シートベルトしてね。」


彼女と交際を始めてからなんやかんやで金を貯めて買った車に乗り込み「飛行機だ〜」と数時間後に搭乗予定のそれを心待ちにしているなまえちゃんにシートベルトをしてあげる。「ありがとう」と微笑まれて「行かないでほしい」と喉まで出かけて飲み込んだ。


馬鹿みてぇだわ…こんなに楽しみにしてる子に、なにを言おうとしてるんだか…


車内でもルンルンで相変わらずご機嫌ななまえちゃん。駅に着くなり早々スーツケースを下ろして「それじゃあね!」と俺に向かって手を振って歩いていく。その後ろ姿に「気を付けろよ!」と声をかけるあたり、俺もまだまだ子供だなと思う。どんな意味か理解していないだろうなまえちゃんは「わかったよー」と笑うけれど、君はきっとわかってない。











家に帰る途中も、家に着いてからも俺の頭の中はなまえちゃんでいっぱいだった。


「好きです!」とあまりにもストレートな告白に「は?」と返したのは覚えている。そもそも、ナンパ野郎に絡まれて怖がっている女の子を助けたのはあれが初めてではなかったから、いちいち覚えていることもないんだけど…どう見たって中学生相手に本気になって寄ってたかって…という見てられない状況だったから馬鹿じゃねぇのかって本気で呆れたし、その結果珍しくなまえちゃんの存在は記憶には残っていた。


けれどもまさか後日ストーカーじみたことをされるとは思わなかったし、助けてくれた姿に惚れたんだと中学生にしつこく追い回されることになるとは思いもしなかった。


朝ごはんを食べスーツに着替えながらぼやぼやそんなことを思い出す。あまりの粘り強さに断ることを諦めかけて、仕方ないから高校生になるタイミングで、一度だけ付き合ってあげようとそんな甘い考えで交際を始めた。そんな俺の渋々といった態度に彼女も気付いていたかもしれないけれど、まさかこんなに惚れ込むことになるとは想像もしていなかった。人生なにが起こるかなんて本当にわからないものだ。


いつも明るくてニコニコ笑ってて「妹」感が強くて、自分自身も「保護者」のような立ち位置でいるのに、ふとした瞬間感じる「女の子」の部分がやけに可愛く思えて胸がキュッとなる。


俺に向けてくれる笑顔。その汚れのない綺麗な瞳。彼女の視線の先に俺以外の男がいると思うといつからかいてもたってもいられなくなって、自分の気持ちの大きさに気付いた。「マジかぁ…」と六歳の歳の差に項垂れる時もあったけど、なんだかんだなまえちゃんを好きな自分自身を受け入れることができたし、今となっては俺の人生になくてはならない存在にまで成長したのだから本当に人生なにが起こるかなんてわからないもんだとつくづく思う。


最近は彼女に手を出したいという男としての心理がかなり大きく出過ぎていて、それを抑えるのに必死になっているのだから昔の自分と比べるなり差があり過ぎて笑えてくる。「は?」と返していた自分に言ってやりたい、お前は数年後、その女の子相手に悶々と悩む日々を送るんだ。キスしたい、抱きたい、めちゃくちゃに愛したい、なかせたい、一緒に眠りたい…そんな欲望と「六歳」という歳の差との間で板挟みになりながらモヤモヤしてるんだぞ、この大アホめ。


「…し、いってきます。」


フニャッと笑う招き猫にそう声をかけて家を出た。いつからこんなにあの子で頭がいっぱいになったんだろうなぁ…


「男とばっかり、話してんじゃねぇぞ…」


そしてなんといっても俺は六歳も下の子相手にこんなに嫉妬丸出しで、本当に情けなくなるんだよなぁ。俺ってこんなに嫉妬深い人間だったんだなぁ…と自分の知らない自分にゾッとする瞬間も増えた。


空港には着いたのだろうか…まだ早いか…沖縄までどのくらいで着くって言っていたかな…行って欲しくないってそればっか考えてて、ちゃんとなまえちゃんの話、聞いてなかったなぁ…


「楽しかったー!」そう笑って俺の元に帰ってくるのなら、それ以外何もいらねぇか…


君のお土産話を楽しみに、この三日間、喪失感に苛まれながらも頑張るとするか……













いつからか君は、僕の特別な人


(…いや、三泊って案外長ぇな…)








Modoru Susumu
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