嫌な予感編
『ただいまー!ただいま、我が家ー!』
「…おかえり。」
ここは俺の家だよと指摘することを諦めた洋平は微笑ましく笑いながら自身の家へとなまえを招き入れた。靴を脱ぎスーツケースを玄関に置きっぱなしにしたなまえは「ただいまー」と言いながら居間へ上がろうとするも「あっ」と声を上げてその場に立ち止まる。不思議に思った洋平が見つめる中、ガサゴソとポケットから何かを取り出すと置いてある招き猫の横にそっと並べた。
『友達、買ってきたよ。仲良くしてね。』
ニコニコと笑顔でそう言って居間へと入っていく。置かれたのは招き猫とほぼ同サイズのシーサーの置物で、仲良くならんだ二匹を見るなり洋平もまたハハッと笑った。
「…良かったな、仲間が出来て。」
『これがお菓子で〜…これがお母さんへのお土産で〜…こっちがお父さんと、ばあちゃんの…』
「すげぇ買ってきたな…」
『…で、これこれ!はい、洋平くん!』
そう言って洋平の元に山盛りになって渡されたお土産。「おわっと…」と声を上げながらも受け取る洋平に「一緒に食べようね」となまえは笑う。
「紅芋タルト…ちんすこう…サータアンダギー…おっ、これは…?」
ひとつだけ、小さな包みに入ったそれは明らか食べ物ではなさそうだ。洋平はガサゴソと中身を開ける。袋からはコロンと鈴が音を立てながら、可愛いシーサーのキーホルダーが出てきたのだった。
「おぉ、すげぇ可愛い…」
『えへへ、お揃いなんだー!』
ニコニコと笑うなまえの手には同じキーホルダーが握られており洋平はそれを見るなり「ありがとう」となまえの頭を撫でた。それに嬉しそうに微笑むなまえではあったが、洋平はこの時ほんの少しだけ何かに違和感を覚えた。
ハッキリとはしない。けれども自分の心の奥深くの何かが、なまえを見るなり少しだけザワッとした。なんだか嫌な予感がする。
「それで、沖縄は楽しかったか?」
『そりゃあね、もう最高だよ!』
洋平くんと行けたらもっと幸せだっただろうなって、ずっと考えてたんだぁ…
そう笑うなまえはどこを見てもいつも通りでニヤニヤとする表情もいつもと変わらずしまりがない。なんだ、気のせいか…?洋平はそんなことを考えながらシーサーのキーホルダーを優しく握りしめた。
昔から勘がよく当たる。今こいつはこんなことを考えてるんだろうなって、長く付き合えば付き合うほどによく知った相手の心のうちまでわかるようになった。そしてそんなことを思うなりそれは大体当たっていた。
だからこそ、なんとなくの嫌な予感が消えてはくれない。けれどもなまえはニコニコ笑ったままで「楽しかった」以外の言葉を口にすることはなさそうだ。たまには自分の勘も外れることだってあるのだろう。なまえのこととなると、余計なことまで考え過ぎてしまうのだと洋平はそう自分に言い聞かせた。
『それでね、帰りの飛行機でもじろちゃんが…』
「…クラス離れたのに席近かったんだな。」
『飛行機はありがたいことにあんまりクラス関係なくてね、それで…』
ペラペラとお土産話が止まらない。相変わらず仲良くしているらしいじろちゃんこと野間弟がやたらと会話に出てきては洋平を苦しめる。いつかまたどこかで会った暁には煮てやろうか、だなんて物騒なことを考える洋平の目は本気だ。
なまえの話を聞くなり洋平は驚いた。行きも帰りも飛行機の座席が近く、自由時間もたまたま行き先がかぶり野間とばかりいたと言うではないか。何がクラス離れた、だ。ちっとも距離は離れちゃいねぇじゃねぇかと心の内は文句でいっぱいだ。
『ほんと楽しかったの!夜はみんなでいろいろ話しちゃってさぁ…!女子会三昧よ!』
「女の子とも仲良く出来たみたいで良かったよ。」
『そりゃ恋の話になればさぁ、多少の恨み辛みがあってもさぁ、そこは無視できるわけよ!』
「いや、難しいな…女心か…?」
好きじゃない…とまではいかなくとも、普段そこまで仲良くない相手とでも乙女モードになれば気兼ねなく話せるらしい。女の子は難しいんだなぁ…と洋平はつくづくそう思う。まるでOLのように「みんな理想高いんだよね、夢見すぎなんだよ」と呟くなまえ。
『こんなね、洋平くんみたいな男の人はね、そうそう世の中に存在しないし、いたとしてもこうやって既にね、誰かを大切に思っているわけだよ。』
「…褒め言葉?」
『もちろん!自分のことも褒めた!』
所謂そんな洋平くんと運良く出会えた挙句に付き合えて大切に思われている自分に酔いしれた!ということらしい。どんなだよ…と苦笑いする洋平は楽しそうに「ちょっとお手洗い借りますね」とその場を立つなまえを見送る。
「…ちょっと、待った。」
『…?』
しかしその瞬間、洋平は反射的になまえの腕を掴む。不思議そうな顔で振り返るなまえの着ている長袖をゆっくりとまくる洋平。
「この傷、何?」
手首の少し上あたり、長袖シャツに絶妙に隠れる位置。チラッと見えたそこをまじまじ見つめる。
『あぁ、転んでぶつけたの。もう痛くないよ。』
白い肌が赤くなっていてぶつけたか何か、比較的新しい痕であることは明らかだ。しかし洋平は見逃さない。この痕は…ぶつけたものじゃない…
『トイレ、行ってくるね。』
ニコッと笑ってスルッと自分の手を振り解いたなまえ。間違いや気のせいでもなんでもなかった感じていた違和感と今の痕が結びつき洋平は見えない漠然とした何かに襲われていてもたってもいられなかった。
得体の知れない恐怖(…なんで隠すんだよ、女心か…?ぶざけんな…)