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「神さん、いよいよ明日っすね…!」

「ね、早いね。」


午前練を終えそのまま信長と行きつけの飯屋で昼食をとる神。自主練禁止は最終日まで続き今日もまた五百本をどこかでこなさねば…と考えながら明日の準備もしないとなぁ…と考えることが多く忙しい。黙々と食べる自分と違い、喋りながら食べる信長はスピードも遅くなおこぼす頻度も多い上に量ばっかりたくさん食べるため時間がかかって仕方なかった。


「あ、監督もう帰ったよね?」

「俺が部室出る頃にはもう帰ってましたよ!」

「そっか。じゃあ俺、この後学校に戻るよ。」


付き合いますよ、と笑う信長を丁寧に断り神は自転車に跨って海南へと戻る。誰もいない体育館。最終日ぐらいはやっぱりここで、スリーを打ちたいものだ。


「明日から、インターハイ…」


そう思い見上げるリングはいつもと違う気がした。緊張もあるものの楽しみの方が多い。なにせ初めての大舞台だ。いまの自分が、自分たちが、どこまでやれるのか試してみたい。


何より、大先輩である牧紳一最後の夏。牧だけではない。三年生には世話になってばかりでどうにかしてでも勝利に貢献し彼らの引退を一日でも長く延ばしたい気持ちでいっぱいであった。


気合いを入れて放つスリー五百本。尽く吸い込まれていくシュート。成功率よりも自身のやってやるという気持ちを大切にしていた神はあっという間に五百本を終えると部室へと戻った。静まりかえった部室、ロッカーを開けて着替えるなり不思議な感覚に包まれた。


普段ならガヤガヤと騒がしいここ。自主練を行う際も信長や牧が隣にいることも多く完全に一人きりというのは珍しいことであった。「牧」や「高砂」と書かれたロッカーを見るなり胸が熱くなる。最後の夏、そう簡単に負けて帰ってくるものか。


「…っし、帰ろう。」


外へ出るなりまだ明るい。夕方に差し掛かる時間帯で帰ってからゆっくり休もうとそう考えながら自転車を漕ぐ。いつもの通り道を走るなり神は見慣れた後ろ姿を見かけ自転車を止めた。


「みょうじさん…」


それはつい先日「好き」だと認識したばかりの思い人であり、顔を見なくともわかるあたり自分に苦笑いしてしまうのだが…


なんだか様子がおかしい。彼女のすぐ後ろには大きな体の男が何人もいてまるで囚われた宇宙人だ。どこかへ連れて行かれているようにも見えて神は自転車を乗り捨てて慌てて追いかけた。


たどり着いた先は路地裏の暗い場所で以前もここで彼女が喧嘩していたことを思い出す。半ば強引に手当てしたのもつい昨日のことのように思えるのだが…


「まさか、喧嘩…」


ジッと見つめる自分に気付く者はいない。


彼女を取り囲むようにして大男が十人ほど並んでいる。その中のひとりが笑いながら何かを話し、それを睨むなまえがいる。神はその光景を目にするなり気付けば全速力で駆け寄っていた。


「…喧嘩なら、俺が相手になる。」

『……ハッ?!』


割って入りなまえを背中に隠しそう言えば後ろで彼女が「何言ってんの?!おい!!」と叫んでいるがもうそんなのはどうだっていい。


「なんだ、テメェ?」

「俺が相手になる。」


足元に落ちていた木の棒を拾うなり片手にそれを持ち「早く来い」と言い放つ神。まさかこんなことになるとは思わずに大慌てななまえは「やめろ、死ぬぞ!」と何度も何度も神に言い叫ぶものの聞き入れてもらえない。


『なんで…いいから下がってろ…!』

「…俺を甘く見ない方がいい。」

『はっ…?』

「いろんな意味でね。」


後ろで慌てるなまえにニコッと笑いかけた神。次の瞬間前から殴りかかってくる自分と同じほどの背丈の男のパンチをなまえを背中に隠しながら避けると頭の上から棒を叩きつけ一発脳天に食らわせた。ううっ…とうずくまる男をよそに次々に襲いかかってくる仲間たちをいとも簡単に避けると棒をうまく使い次々に脳天に強打を食らわせては倒していく神。


『なんで…っ、強いじゃん……』

「だから言ったでしょ、甘く見るなって。」


気付けばあたりには次々と人が倒れていて、なんとか這いつくばって起き上がっても神の一撃によって黙らされる者が続出した。


最後の一人、主犯格と一騎討ちになるなり相手はものすごいスピードで殴りかかってくる。その拳を棒一本で叩き落とし避けながら振りかざしたそれで首を強打すれば相手は膝から崩れ落ちた。


「…帰ろう。」

『えっ……、』


一人残らず倒した神は棒を投げ捨てなまえの手を掴み自転車へと戻る。後ろに彼女を乗せ二人乗りになったそれはゆっくりと進み出し先日覚えたばかりの彼女の家へと向かう。二人は終始無言であった。








「…また、会おう。」


道場の前でなまえを下ろすなり神はそう言って家へ帰ろうとする。それを神の腕を掴んで引き止めたのはなまえであった。


「…えっ…」

『なんで…、なんで……』


てっきりそれを「どうしてあんなに戦えたのか」という意味だと受け取った神は笑った。


「ひ弱に見えるかもしれないけど、こう見えても昔剣道を習ってて、それで…」

『違う!!』


神は早く帰りたかった。それは変な意味ではなく、彼女の隣に長くいることは危険だと判断したからだった。「君に怪我がなくて良かった」と抱きしめてしまいそうな気持ちを抑えてさっさと帰ろうとしていた中、突然の怒鳴り声にビクッと肩を上げた。


「えっ、と……」

『なんで?!明日から、インターハイでしょ?!怪我したらどうすんの?!出れなくなったら、スリーポイント打てなくなったら……、意味わかんない、本当に馬鹿!!』


呆気にとられた。まさかそんなことを言われるとは微塵も考えなかった。それに彼女に指摘されて「確かに…」とそう思う自分すらいた。すっかり忘れていた。というよりも、考えが至らなかった。明日からインターハイで怪我したから困るから助けないという考えは神にはなかった。気付いたら何かを考える前に体が動いていたからだ。


「ご、ごめん……」

『なんなの…、馬鹿にも程がある……』


自分のことを心配してこんなにも本気で怒ってくれた…そう思うと心臓がバクバクとうるさくなる。日頃から自分のお節介に冷たい態度をとる彼女から、まさかそんな言葉が飛び出してくるとは思わなくて神は思わず謝罪の言葉を述べその後何も言わずに黙り込んだ。


どうして…俺のために…?


スリーポイントが打てなくなったらどうするんだ


何度も頭の中でこだまする。その度にドキドキと脈打ち体が熱くなるのがわかった。次第に嬉しさもこみ上げてきて頭の中が爆発しそうであった。


なまえはそう言うと自転車のハンドルを握る神の手をキュッと包んだ。


「…!」

『…怪我がなくて、よかった…』


なんだよ、それ…なんだ、なんなんだ……


必死に冷静さを装うものの絶対に顔が赤くなっているような気がして下を向く。それは自分のセリフだったはずだ。何故だか今は彼女に言われる立場にいて、温かい掌に包まれる自分がいて…


『見に行く…、頑張れ。』

「…あ…、ありがとう…みょうじさん…、」


「頑張れ」。たった一言だっていうのに、その言葉の破壊力は凄まじく、ブワッと全身が熱くなる。神が「俺…」と言いかけたところでなまえはハッとして顔を真っ赤に染めて「…じゃ!」と慌てて家の中へと入っていった。


「…俺…今、なんて言おうとしたんだ…?」


俺…と言いかけて、そのあとなんて続いたのだろう…俺…、


君のことが好きだよ


そう口走りそうになった気がして神は慌てて自転車を漕ぎ帰路についた。まさか怒られるとは思わなかった。頑張れと勇気をもらえるとも、怪我がなくてよかったと安心されるとも…


その全てが予想外で、そもそもなんの躊躇いもなく彼女を守りに走った自分自身が本当に予想外で…


「これも全部、好きだから…か…」


そう思うと「好き」という感情は恐ろしい。彼女が傷つくと思うといてもたってもいられなかった。幼い頃完全にバスケットにハマるまで二刀流として習っていた剣道。真面目に習いそこそこの成績を収めていたことに初めて感謝した、そんな日であった。










君の為なら、なんだって


(やばいやばい、体休めなきゃ…)
(にしたって…ドキドキがおさまらない…)






Modoru Susumu
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