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広島、熱く燃える会場内…


『……!』

「あ、……」


二人は偶然にも会場内で鉢合わせた。視界が神をとらえるなり目を泳がせるなまえと、昨晩を思い出し平然を装いながらも神の内心は騒がしい。柄にもなくペコリと頭を下げたのはなまえで、その珍しい行動に神は「へ…」と誰にも届かないであろうとても小さな声を漏らしていた。


『……』


スッと無言で通り過ぎる。呆気にとられた神の隣をなまえが通過した。ほんの少しだけフワッと香った嗅いだことのある匂いに神の心は少しだけ反応を見せる。ここは大事な試合会場だっていうのに…と冷静な頭の一部分以外は感覚がバグっていた。


昨日の「頑張れ」という四文字が神の頭の中をぐるぐると回ってパンク寸前のところまで彼を掻き乱した。意味がわからない…と神はため息をつくと同時に心を落ち着かせた。


恋とは、恐ろしいものだ…


「神さん?どうしたんですか?」

「あ、いや…行こうか、信長。」

「はい!」












湘北は激闘の末、二回戦を勝ち抜いた。絶対的優勝候補にして最強の王者、山王工業を破ったのだ。


「やるじゃねぇかよ…」

「…やってみなければわからないってことだな。」


熱く応援していたものの時間が経つなり冷静さを取り戻した清田は湘北の圧倒的な強さに驚きを隠せずにいた。そして隣には面白いものを見たと満足げな牧。


そんな二人の隣で神は一点を見つめたまま固まっていた。


『花道…!』

「お、おうなまえ。見たか、この天才っ…」

『病院、行こう。』


勝利への余韻が抜けない湘北の元に駆け寄り、時折苦しそうな顔を見せる桜木にそっと手を伸ばしたなまえ。桜木の腕を取るなり自分の肩へと回し歩行のサポートへと回った。笑って何かを喋る桜木を諭すように頷き、合流した他の桜木軍団も桜木に手を貸すようにして彼を囲んでいる。


「神さん、神さん…?」

「…あっ、ごめん、なんだっけ?」

「行きましょう?集合ですって!」


トントンと肩を叩かれ顔を上げる。不思議そうに自分を見つめる清田がそう言った。立ち上がり後輩についていく。同じ神奈川代表の湘北が勝ったのに、あの山王を倒したっていうのに、自分の心はなんだか晴れていなかった。


帰る、のか…?


頭の中には信じたくないそんな考えがぐるぐるぐるぐる…神の頭を支配しては離してくれない。


桜木の様子を見る限りあのまま次の試合も出るなんてそんなことはないはずだ。間違いなく病院に行く…ということは、桜木を見に来たみょうじさんもまた…


「…神、?」

「…あっ、宮さん、すみません。」


おーい、と肩のあたりで手を振られハッと気付く。そこには自分を見上げては不思議そうな顔をする宮益がいて神は慌てて頭を下げた。


「どうしたの…って当てた方が早いかなぁ。」

「え…?」

「ははっ、神も普通の男の子なんだね。」


全てお見通しといった宮益に動揺が止まらない神。そんなにわかりやすかっただろうかと落ち込む自分の隣で宮益は「最近様子が変だったからね」と笑った。


「そう、ですか…?」

「うん。前より楽しそうだったり…かと思えば悲しそうだったり…」


しまった…そんなこと意識してなかったのに…


神は慌てた。今までそんなことを言われたことがなかったからだ。どちらかといえば感情が読みにくい方だと自他共に共通の認識だったから。あの子は俺をどうしてくれるんだ…と、答えの出ない問いに頭を悩ませる。


好きって、厄介だな…


「俺は嬉しいよ、なんだか…他の皆もそうだけど、神には特に、幸せになってほしいなって思うんだよ。」

「宮さん…」


それはきっと自分の全てを曝け出したきた相手だからだ。どうにもならないと嘆く俺も、無理だと言われて落ち込む俺も、この野郎と奮闘する俺も、まだまだこれからだと前しか向けない俺も、全部全部、この人には見せてきたからだと、瞬時にそう思った。


そしてその見せてきたもの全てがバスケットに関連したものだったから。


俺の口からバスケ以外の話が出るなんて、俺と宮さんの間にこんな話が出るなんて、なんか変な感じだな…


「頑張れ、負けるな。神に負けは似合わない。」

「ははっ…、やれるだけのことはやってみます。」

「うん。応援してるよ。」


ありがたいと思った。そんな風に見てくれる先輩、大切にしなきゃいけないと思った。そしてその宮さんの言葉が俺の背中を押してくれた。













「ごめん、信長っ…すぐ戻る!」

「えっ、神さん?!もうすぐ宿舎に戻るって…!」


どこ行くんですか?!出発しちゃいますよ?!


信長の声がどんどん小さくなる。行かなきゃ。言わなきゃ。後悔するならやってみてからがいい。


「…ねぇ、!」

『…?』


相変わらず細い腕。目が合うなり「へ…」とみょうじさんにしては珍しく気の抜けた声が聞こえた。


『な、に…』

「…っ、帰る、?」


みょうじさんの隣には真顔でこちらを見るリーゼント、睨みをきかせる金髪…まぁ、いつものメンバーなんだけど。そんな怖い目で見なくたっていいのになぁ。


『え、?』

「…コイツが帰ろうがアンタには関係ないだろ。」


案の定間に入ってきたのは金髪で。俺より少し低い位置から繰り出される視線がとてもとても痛かった。


「関係ないけど気になるんだよ。」

「んで気にすんだよ、意味わかんねぇ。俺ら花道の病院付き添わなきゃいけねぇからー…」


俺だって意味わかんねぇんだよ。だけど、だけど…


うまく言葉がまとまらないうちに金髪の背後からは「大楠」と金髪の言葉を遮るものが聞こえて。ピタッと黙り込んだ金髪の後ろからスッと姿を出したのはみょうじさんだった。


『帰る。』

「…帰んないでよ。」

『…は、?』


無茶を言うなぁって自分でもそう思った。帰ると言ってるのに彼女の意思に反するようなことはしたくない。でも見てほしかった。君が心配してくれたこの体で戦う俺のことを。あの日俺を叱ってくれた君の為に、勝利の先にあるものを届けたいと思った。


「変なこと言ってごめん。気をつけて帰って。あと…」


でもダメだ。今はまだ、みょうじさんを支配できるのは俺じゃないから。彼らが帰るならそれに従うのだろうし。


「この間はありがとう。しっかりとお礼が言えてなかったから気になってたんだ。」


それでも生憎俺は負ける気はないんだよね。宮さんも応援してくれてることだし、負ける気なんてさらさらないんだよ。俺がそう言うとみょうじさんはほんの少しだけ下を向き「別に」と呟いた。周りの四人には知られていない二人だけの時間があった。ただそれだけで沸き上がるこの幸福感。俺ら二人だけの思い出。あまりの優越感に頬を緩めないよう必死だった。


「…ほら、なまえ行こうぜ。花道の病院ついていかねぇと。」

『あ、うん、そうだった。』


サッと再び間に入り俺とみょうじさんを引き離そうとするこの金髪男子。俺を見やるその視線で何が言いたいのかはわかるし、その俺と同じ感情にも気付かないわけがない。ただ負ける気がしないのはなんでだろうとふと不思議になった。現時点では俺とみょうじさんは友達でもなければ知り合って日も浅く遠い距離にいるわけで、こちらの金髪男子は恐らく彼女とは付き合いが長いんじゃないかと思うのだけど…


どうしてそこまで自分に自信がわいてくるのか不思議ではあったけれど、ピンチは時にチャンスになるなんて、よく言うものでしょう?


「アンタもさっさと戻れよ、じゃーな。」

「…みょうじさん、」

「…っ、アンタまだなまえになにかー…」

「好きです。」


負けない。負ける気がしない。


『…、?!』

「また神奈川で会いたいです。」


俺に訪れるものは全てがチャンスだよ。だから甘く見るなって言ったでしょ。








君に向けた牽制球

(…え、…は……?)









Modoru Susumu
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