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インターハイを数日後に控えたとある土曜日。調整に入り少しだけ早く練習を終えた海南大附属高校バスケ部は疲れを取るため自主練禁止の指示が出されていた。困ったなぁ…と眉を下げたのは神で、どうにかしてでもスリーポイントは五百本打たないと…と彼は近くの公園に行こうかと考えていた。日課となったそれをやらずにいるのはすっきりしない上にやらない日が一日でもあればシュート成功率が下がるような気がしてならないのだ。


共に帰ろうと声をかけてきた信長に断りを入れて神は自転車に跨ると公園めがけて走らせた。誰もいないそこにドリブルをしながら近寄れば日頃体育館という閉められた空間で練習することが多い分、開放的な気持ちになりまだ明るい空や穏やかな風がとても気持ちいい。とりあえず、と一発スリーポイントラインを無視してその場からシュートを放てば距離感バッチリでどこにもあたらず綺麗にリングを潜り抜ける。なんともいえない清々しいような気持ちにほんの少しだけ口角が上がり、確かに監督の言う通り休養も大切だとさほど時間をかけずに五百本を終えようとスリーポイントラインに立った。









「次で450…」


四百五十本目もまたどこにも当たらず綺麗に決まる。神にとっては普通の何気ないシュートでも側から見て見たら息が止まるほど綺麗なスリーポイントシュート。公園のフェンス越しに足を止め、彼の指から放たれる綺麗な弧を描くそれに目を奪われた人物がいた。


「…よし、あと十五本…」


その時だ。神は少し離れたところでこちらをジッと見る存在に気付いた。あまり公園で自主練をしない神は自分のスリーポイントに見惚れる人がいるという考えには至らずその相手をジッと見つめ返す。そして気付く。どこか見覚えのある雰囲気の女だった。


神はボール片手にスタスタと近寄った。女はそれに気付き慌ててフェンスから手を離し離れていくものの神がそれを阻止する。


「みょうじさん、だよね?」

『うっ……』


神の声を聞くなりその場に立ち止まったのは最近よく会う桜木軍団のメンバー、みょうじなまえであった。後ろは振り向かずジッとその場に立つなまえに神は駆け寄ると「どうしたの?何かの帰り?」と問う。


『別に…関係ないじゃん。』

「関係ないわりには…俺のこと、見てたよね?」


目を合わせずとも顔を赤く染めるなまえに気づいた神は「んなわけないだろ!」とキレ気味な彼女の言葉に「そっか」と楽しそうにニコニコ笑う。


「あ、待ってよ。帰るなら送るよ。」

『いい、放っておいて。』

「そんなこと言わずに、ここで待ってて。」


半ば強引に彼女の腕を引っ張りベンチへと連れて行く神。無理矢理座らせると「あと少しで終わるんだ」と一方的に告げてスリーポイントラインへと立つ。残りをテンポ良く決めていく神の姿に気付いたら見惚れている自分がいて、彼の「よし、終わった」という言葉になまえは慌てて目を逸らした。


「お待たせ、送るよ。」

『べ、別にいいってば!』


スタスタと歩くなまえの後ろを自転車を押してついていく神。二人の微妙な距離感は共に帰っているとは言い難いものであった。


『ついてくんなって…』

「違うよ、送り届けてるんだよ。人聞き悪いこと言わないでほしいな。」

『ストーカー…』


もうすぐ暗くなるということに加えて、神にはもうひとつ、彼女を送り届ける理由があった。


「俺が見てれば喧嘩しないでしょ。」

『…マジでうざい…』


瘡蓋が目立つなまえの顔に新たな傷が増えるのは避けたい。一定の距離感を保ち自転車を押してついていく神は「一体どうして女の子相手にこんな傷を負わせるのだろう…」と考えたって解決しない疑問に悩んでいた。赤信号になれば止まり青になればまた歩き出す。当たり前のことだというのに何故だかなまえがそれをやることが可愛く思えて神はバレないようにクスクスと笑っていた。


「随分と遠いんだね。」


神の声を無視するなまえは歩みを止めずどんどん前へと進んでいく。気付けば神の知らない街へと足を踏み入れていて、彼女は随分と遠くから湘北に通っているんだなぁ…なんて感心する自分がいた。辺りは薄暗くなってくる時間帯でどんな形であれ送り届ける選択肢を選び正解だったと心の底からホッとする。


それでもまだ前へ前へと進み、しばらく経った頃だ。すっかり会話もなく静かに一定の距離感で歩いていた二人。なまえはピタッとその場に止まると神の方へと振り向いた。


『…ここだから、早く帰れ。』

「……道場……?」


物凄く立派な門構えの家の前。神はそこを見上げてみょうじ道場と書かれた看板を目にした。


「空手の道場…」


なるほど、強いわけだ…と納得する自分がいるがそれを口にはしない。女の子相手に言っていいべきか悩んだ自分がいたからだ。以前は思ったことを比較的簡単に口にしていたように思えるが最近は彼女に対してかける言葉を選ぶ自分がいる。なるべく傷つけるようなことは言いたくないし、彼女の心の内を知りたいとも思う。


『……』


ぷいっと顔をそらして門の中へと入っていくなまえ。神は慌てて「おやすみ」と声をかけるも返事はなかった。


「道場の娘さんか…」


喧嘩に技を使ってもいいのだろうか…だなんて変なことを考える自分がいる。来た道を引き返せばいい話だがよくわからない道で迷子になるのも嫌だとまだかろうじで明るいうちに帰ろうと自転車に跨った時だ。


『…ねぇ!』

「…ん?…あ、どうしたの?」


ぴょこっと顔を出したのはなまえで自分をジッと見つめてくる。


『…道に、迷うなよ…!』

「…ふふっ、…うん、大丈夫。」


わざわざそれを言いに出てきてくれたのか…?となんだか嬉しい自分がいて「またね」と手を振って前を向く。


機嫌よく一歩、漕ぎ出したかどうかの微妙な時だ。


『…ありがと…!』


そんな声が聞こえてピタッと止まり後ろを振り返る。緊張したような面持ちでこちらを見るなまえが続けて口を開いた。


『…送ってくれて、』

「…!」


神が驚いて目を見開いた頃には勢いよく家の中へと入っていくなまえがいてバタバタバタと音が聞こえた後に思いっきりバン!と何かが閉まる音がした。


「……なんだ、いまの……」


呆気にとられて固まってしまう。


「なんなんだよ、いまのは……」


散々手当てもしたしお礼を言われるようなことはしてきたはずだ。それなのに送ったといっても微妙な距離にいただけの自分の自己満足である行為にまさかお礼を言われると思わなくて神はしばらくその場から動けなかった。


「……あ、なるほどなぁ……」


そして思う。


「俺は、あの子が好きなのか…」


ストンと落ちた。何かがおさまった。ありがとうと言った彼女に「好き」という気持ちが溢れて、それによって今までの全てに納得がいった。


「…案外簡単なんだなぁ…」


人を好きになることに理由はないのだと、何かでそう読んだ気がする。自分の元に訪れたそれはいとも簡単で、ただ緊張気味に言われた「ありがとう」に「好き」と思った自分がいた。それだけだった。







恋に落ちたのは、ほんの一瞬

(これが恋かぁ…変な感じだなぁ…)











Modoru Susumu
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