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「そんでさぁ、そん時に花道の奴が…」
「そうそう、あれはやばかったよな〜」なんて楽しそうな四人の中で私はひとり、みんなの楽しそうな声を右から左へと流していた。年相応の無邪気な笑顔で笑う洋平くんは今日もリーゼントがバッチリ似合っていて私にはとてもとても眩しいのだった。
「そういやもうすぐ夏祭りだな〜!」
「夏と言えば、海だろ!」
「なまえちゃん一緒に海行かねぇ?」
『う、海……!』
海といえば…幼い頃ころ、まだ楓がバスケットを本格的に習う前…家族ぐるみで流川家と行って以来だったような…そもそも私水着持ってないしあんまり泳ぎも得意じゃないけど…
「海嫌い?」
『あ、あんまり行ったことなくて…』
「えぇっ?!ここらに住んでんのに?!」
確かにそう言われてみればそうだ。神奈川の湘南地区に程近いところに住んでいながら夏は家の中で涼んでばかりいるなんてもったいないのかもしれない。でもこの歳で水着ときたら…まさかスクール水着なわけにもいかないし…ビ、ビキニ…とか?洋平くんの前で…?
『む、無理…そんなの無理…』
「まぁ誰だって苦手なもんくらいあるよな。」
勝手にひとりであれこれ考える私に洋平くんはそう言って笑ってくれた。そ、そりゃ私だって…海…行きたいけど…!洋平くんと行きたいけど…!でも…
『夏祭りの方が、好き…』
「っし、じゃあ祭りにするか!パァッと盛り上がろうぜ!」
大楠くんにそう言われて「うん!」と返事を返す。浴衣ならまだ着られるような気がするし、水着よりかは着こなせるような…水着のハードルが高すぎるんだよ…!
いつもの場所での食事を終えて教室へと戻る最中、大楠くん、高宮くん、野間くんの三人は寄る場所があるとかなんとか言って私は洋平くんと二人になった。一気に全身がカッと熱くなって、彼の存在を思いっきり意識してしまう。意識しないようにと思えば思うほどバクバクと心臓がうるさくて…こんなんじゃ聞こえちゃうんじゃないかな…困った…
「楽しみだな、祭り。」
『うん…洋平くんもお祭り好き?』
「好きだよ。うまいもん多いしね。」
楽しそうに笑う洋平くんを見てバクバクとうるさい心臓と自然とつられて笑顔になってしまう自分と彼が浴衣を着てきたら…と想像する脳内とがごちゃごちゃになりパニックに陥ってしまう。スーハーとバレないようにたくさん息を吸っては吐いてを繰り返していたら洋平くんは「あのさ、」と低い声で口を開いた。
『…うん…?』
「祭りだけど、なまえちゃんが良かったらさ…」
洋平くんは目を合わせなかった。真っ直ぐ前を見たまま私にそう言ってくる。心なしか耳元が赤く染まっているように見えて確かに今日は暑いよなぁ…とそんなことを考える自分すらいた。
「俺ら、二人で行かねぇ?」
『…ふたり…?!』
「嫌だったらいいんだけど…俺は二人で行きたいなぁって、そんなこと思ってたんだよ。」
目が合ったと思えばプイッとそらされて全身が余計に熱を帯びる。よ、洋平くんと…ふたり…?
それって、もしや、デ、デート…?!
『あ、あのっ…』
「うん?」
『私と洋平くんで…二人って…ことだよね?』
「そうだよ、嫌だったら嫌って言っ…」
『行く!い、行きたい…です!』
勢い余って結構大きめの声で放った私が恥ずかしさで下を向き縮こまっている間に洋平くんからは「良かった…」と呟いたような返事が聞こえる。顔をあげればホッとしたような表情の洋平くんと目が合い「楽しみにしてるわ」と微笑まれ彼は教室へと戻っていったのだった。
『ど、どうしよう……どうしよう……!』
『ねぇ、変じゃないかな?この色似合ってる?』
「大丈夫よ。あと髪の毛はお団子が似合うわね。」
『今やってみて!お願い!』
はいはい、と呆れたように笑って母は私の髪の毛に触れる。手際良く進めて整髪料を使わずにヘアゴムひとつでまとめてしまうあたり母はやっぱり凄いと思う。パパッとお団子ヘアを作ってもらい「出来たわよ」と微笑む母の声を聞き鏡の前へと向かう。そこには淡い紫色の浴衣を着て髪の毛をアップにまとめた自分が映り、頭の中にはひとりの人物が思い浮かぶ。
『可愛いって、思われるかな…』
鏡の中に問う。返事が返ってくることはないけれど…それでも、当日バタバタと慌てるよりある程度今の自分がどこまで自分自身を綺麗に見せれるか知っておきたかった。にしても、浴衣というものは三割増ほど可愛さを追加してくれる気がする。ありがとう…夏祭り…
これであとは気合いを入れすぎないほどにメイクすれば普段よりかは可愛く彼の目に映ることが出来るかもしれない。そう思いよしよしと気合いを入れた時だ。家のインターホンが鳴り台所からは「ちょっと、出てくれる〜?」と母の忙しそうな声が聞こえてくる。
『この格好で…?!』
バタバタと料理中らしく返答が返ってこないことに諦めを感じ渋々「はい」と扉を開ければそこには無愛想な男が目を丸くして立っていた。
「なんだ、その格好は…」
『楓…?!』
白いビニール袋を手に持った楓は「浴衣…」と呟きその場から動かない。祭りがあるわけでもないのにこんな格好をしている自分が恥ずかしくなって「何の用?」とキレ気味に言えば「これ」と差し出された袋。中にはたくさんの夏蜜柑が入っていた。
「甘夏…母さんから」
『あ、ありがとう…いただきます…それじゃ、』
「っ、待て」
閉めかけた扉を腕一本で引き止められ半分閉まった扉をグイッと元に戻す楓がいる。勘弁してくれ…と心がガックリと項垂れた。
『何…?』
「なんだよその格好…、祭りでもあんのか?」
『無いけど…まだ着れるか試してたってだけで…』
「着る予定があるってことか…」
そう言うとジッと私を見下ろす楓。頭の中で自分の彼女の浴衣姿でも思い浮かべて「全然似合ってねぇな」と私と彼女を比較しては見下してるとしか思えなくて「もういいでしょ」と扉を閉めようとするもまた阻止された。
「…いいんじゃねぇの、似合う」
『っ…、別に、楓に言われたいわけじゃないし…!』
「…ちょ、おい!」
バタン
隙をついて思いっきり閉めた扉。心臓がバクバクとうるさい。
『…なんなんだよ、もう……』
私は知っている。アイツは、楓という男は、お世辞を言えるようなタイプの人間じゃないということを。思ったことをすぐ口にする野生的な男なんだということを。
だからこそ、バクバクとうるさい心臓がここにあるわけだけど、それでも言葉通り、「楓に言われても意味がない」と思う自分がいて、やっぱり自分の心に嘘はつけないんだな…と改めて再認識する私がいた。
『洋平くんに言われたいんだってば……』
君で頭がいっぱいだ(濃すぎずに可愛くなれるメイクってどうすればいいのかな…意外と難しい…)