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『おはよう、洋平くん。』

「おぉ、なまえちゃんおはよう。」


校門に差し掛かる少し前で偶然洋平くんと鉢合わせした。自然と隣に並んで「偶然だな」と笑ってくれるこの安心感。なんともいえないほどに心が満たされて「うん」と笑って返事を返してしまう。


少し前を並んで歩く二人に目がいって、男の子の方が自転車に跨り、女の子の方はその隣を歩いている。周囲の視線が自然とその二人に注がれていて顔を確認しなくともそれが私の幼馴染であることに察しがいく。


不思議なことに楓を見たって、その横にあの女の人がいたって、以前のようにモヤモヤとした何かを感じる自分はいなくて。楓を理由に親衛隊に標的にされていたことなんかも含めて、私自身が楓を見て何かを思うことは一切なく、それどころかあの二人を客観的に見て後ろ姿だけでも美男美女でお似合いだな…なんてそんなことすら思う自分がいた。


「どうかした?」

『あ、ううん…昨日は楽しかった?』

「花道の奴がさ、もうマイク片手に離さなくって…」


昨日はカラオケに行くと張り切っていたみんな。洋平くんはそれはそれは楽しそうに昨日のことを話してくれる。「なまえちゃんいなくて良かったよ、鼓膜破れてたかもしんねーし」と言った洋平くんは「次は一緒に行こうな、カラオケ以外で」と付け加えて私の頭をポンと撫でた。


『…行きたい!』

「おう。」


何気ない会話で満たされる自分がいる。もし洋平くんたちがいなかったら…そう思うと今ここにいられることが奇跡だとも思えるし、あの二人の邪魔をするような存在にならなくて済んだことにも安心してしまう自分がいる。私が「楓のせい」でひどい仕打ちを受けたとして、それをアイツが黙って見過ごすような真似はしないことを私は知っている。自惚れや贔屓目に見たわけではなく、彼はそういう卑怯な真似をする奴を許す男ではない。たとえ相手が女の子だったとしても、だ。


それがあの二人を引き裂くことには繋がらないにしても、二人の間に入ることとなる自分自身なんて想像もしたくない。楓のお荷物にもなりたくないし、一度振られた身として、大人しく過ごしておきたいものだ。


「そんじゃ、また昼休みにな。」

『うん、また後でね。』














「なまえちゃーん、迎えに来たよー。」

『待って、大楠くん……あっ、先行ってて!』


大楠くんの「わかったー」と間延びした声が聞こえるなり私はトイレへと向かった。昼休みはついついみんなとお喋りしすぎちゃって、やろうと思っていたことを忘れがちになってしまう。お手洗いの後五時限目の支度もしておこう。


トイレを出るなり移動教室であった次の授業の支度もし、ようやくお弁当を持って教室を出た。早くみんなのところに行きたいし、昨日の話もたくさん聞きたいな…そう思いながら廊下を歩いていた時だ。


「…おい」


その声にピタッと体がその場に止まってしまう。無意識のうちにそうなってしまった自分にドキッとしながらも振り向けばそこにはやっぱり楓の姿があった。


『な、なに…?』

「…なまえ、オメェ…」


目の前に楓がいる。生まれてからずっと、それは当たり前のことだったし今更緊張すべき相手でもない。それなのにどういうわけか私の心はザワザワと落ち着きがなく次第に早くこの場から去りたいという今まで楓に関して感じたことのない感情が湧き上がってくる。今朝マネージャーさんと並んで歩いていた姿を見た時はこんな感情にはならず随分と心の内は穏やかだったはずだ。


「どあほうの仲間と仲良いのか…」


楓に話しかけられることが怖くて逃げたくなるような…こんな感情、今までなかったっていうのに…


「おい…なまえ?」

『か…楓には…関係ないでしょ…』


なんでだろう…いつからこんなに、この人が怖くなったのだろう…。確かに以前親衛隊に目をつけられたこともあったし、みんなが見ている前で楓と会話を交わすことは避けたい案件でもある。けれどもじゃあ仮に家の中でだったらいいのか?と聞かれるとそれも違う気がして、やはり私はどの場面だろうと楓に対する感情が以前と変わってしまったようだった。


「んだよ、オメェ…」

『別に誰と仲良くしようが、関係ないじゃん…』

「あ、おい…!」


まだ何かいい足りなそうな楓の前から逃れるようにして急いで走り抜ける。廊下の角を曲がり階段に差し掛かるところで何かとドンッとぶつかり尻餅をつきそうになったところを「危ねっ…」と言った男の子に腕を掴まれて助けられた。


「誰かと思ったら、なまえちゃん…!」

『洋平くん……』


どうした?遅いから迎えにきたんだけど…


そう言って顔を覗き込んでくる洋平くんと目が合うなり私の中の何かがストンとおさまって、「あ、そうか…」と納得する自分がいる。


「大丈夫?随分慌てて…」

『ううん、大丈夫。迎えにきてくれてありがとう…』


頭の中に浮かぶたった二文字。短いそれが全ての理由として通用するのだった。楓の前から逃れたかった気持ちもこれが原因なんだと納得がいって、そう思えば思うほど私は洋平くんから目を逸らせないでいた。


「…どした?俺なんか変?」

『ううん…』


隣にいるだけで感じるこの安心感。話すだけで満たされる心。顔を見ただけで胸が高鳴りずっとこの時が続けばいいと願ってしまう頭の中。


そっか、私は…









君の隣にいたい理由

(おせぇぞ!なまえちゃん!)
(ごめんごめん…桜木くん昨日何歌ったの?)
(ふふふっ、それはですねぇ〜)






Modoru Susumu
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