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『あ、洋平くん……』


待ち合わせの時刻、待ち合わせの場所。洋平くんがその場にいることはある意味当たり前なのだけれど、キョロキョロと辺りを見渡しながら何かを探している素振りを見せる彼がやけに眩しくて、そして心の底から愛おしくて、思わずその場に立ち止まった。早く駆けていきたい気持ちもあるのだけれど、洋平くんが「私」を探していると自惚れる心がまだ彼を遠くから見つめていたいだなんて欲張りなことを唱えて、そして何よりも、浴衣…洋平くんも…浴衣…!


『すごい、かっこいい…』


どうにもこうにも緩む頬を抑えるのに必死でひとつ咳払いをした後に彼に近寄ってみる。あんまり待たせるのもよくないしな…一緒にいる時間が減るのも嫌だし…と思いながらも、やっぱり眺めてるだけでも充分幸せだなぁ…なんて、そんな贅沢な悩みを持つ自分がいるわけだ。


『よ、洋平くん…!』

「おぉ、なまえちゃん…よかった…」


道に迷ったかと思ったよ、と笑う洋平くんにはまさか数分もの間、こっそりと洋平くんを盗み見ていたことなんて言えるわけもなく、わがままな自分のせいで心配させてしまったことを何度も謝る。洋平くんは笑って「いいんだよ、にしても…」と続けた後に黙り込んで私をジッと見つめた。


『…ゆ、浴衣…変かな…』

「ううん…、すげぇ可愛いなって、思った。」


似合ってるよ、と頭を撫でられてブワッと心が熱くなる。可愛い……可愛いだって……浴衣、可愛いって……どうしよう……!


洋平くんはついつい癖で私の頭を撫でてしまったらしくセットされたお団子ヘアに向かって「やばっ、ごめんな…」と謝っていた。


『い…いいの、大丈夫だよ!』

「ついつい…、気をつけねぇとな…」


自然と歩き出す洋平くんについていく形でその場から動き出す。「腹減ったなー」と呟きながら辺りを見渡す洋平くん。何を食べるのか考えているみたいでとっても微笑ましい。微笑ましいんだけど…しかしまぁ…いつにも増して…


ドキドキが、止まらないんだけど…!


そりゃこんなシチュエーションで冷静でいられるとは毛頭思っていなかったけれど、それでもこんなに…息するのすら音を立てないようにしている私、どうなんだ…さっき「可愛い」なんて言われたから余計に意識しちゃって…いや、可愛いって思われたくて着てきたんだけどさぁ…?でもいざ言われると例えお世辞でも……


洋平くんを見れば見るほどに、浴衣からチラッと見える腕とか、筋肉の筋とか、血管…とか…わ、私も浴衣似合ってるって、言いたい…!


「何食う?買ってくるよ。」

『えっ…、あ…えっと……』


不意に彼の視線が私に向いてチラッと顔を上げた先にあった屋台を見つけて慌ててそれを口にする。


『ベビーカステラ…!食べたい…!』

「お、あれね。ここで待ってて。」


洋平くんはそう言うと足早に去って行った。ふぅ…と息を吐きその場で深呼吸をしてみる。帰るまでずっとこのままってわけにもいかないし…なんとかもうちょっと冷静になれるように…でも考えれば考えるほどにやっぱり緊張する…!


『どうして、二人で行こうって……』


通る人通る人がみんなカップルで、仲睦まじそうに手を繋いでいたり、ひとつのものを二人で分け合ったり…そういえば、誘われた時舞い上がりすぎてあまり深く考えてなかった。どうして洋平くんは、私を誘ってくれたんだろう…いつもみたいにみんなで行くことだって出来たわけだし、そもそも最初はそうだったはず。それなのに…


夏祭りに異性を誘う理由なんて、ひとつしか思い浮かばない。


いやでも、洋平くんに限ってそんなことはない…だろうなぁ。バイト先でも年上の女の人に人気だって大楠くんが言っていたし、楓関連の出来事から助けてくれたことをきっかけに仲良くなったわけだし…ただの友達と思われていることに変わりはないだろうし、別に友達とだって夏祭りに行くよね…!


何を勝手に期待してるんだ、馬鹿。それよりも私が洋平くんのこと好きだって態度か何かでバレないようにしないといけない。だって…そんなのバレて面倒だと思われて…友達ですらいられなくなったらどうするんだ。


「お待たせ、あっちで食べようぜ。」

『ありがとう。あ…いちご飴…!』


不意にキュッと手を掴まれる。手首辺りを洋平くんに持たれて触れ合うそこが熱く感じた。「好きかなって思ったから」と歩きながらそう言った洋平くん。この見た目の可愛さと美味しさから私はりんご飴よりもいちご飴が好きなのだった。まんまと見破られたそれがあまりに嬉しくて「ここで食べようか」とたどり着いた先で「ありがとう」と何度もお礼を言った。


「…うん、美味い。食べる?」

『た、食べる…』


たこ焼きを頬張っていた洋平くんからひとつ「あーん」と言われて口の前に差し出された串に刺さったたこ焼き。そのシチュエーションのあまりの破壊力に口を開けることすら出来なくて固まっていたら「熱くないよ、大丈夫」と笑っている声がする。そういうことじゃないんだよ…!


ゆっくりと口を開けば結構強引に口の中にたこ焼きが入ってくる。モグモグとしている間に「美味しいでしょ」と隣から声がしてそちらを向けば穏やかな表情で笑う洋平くんがいた。不意に視線が交わって一気に心拍数が上がる。どうしよう…口いっぱいに頬張ってる顔…見られた…!


「ハハッ、俺いつも思ってたんだけどさ。なまえちゃんって、食べてる時もすげぇ可愛いよな。」

『…?!』


ビックリしてたこ焼きを喉に詰まらせてしまってゲホゲホと咳き込む私の背中を洋平くんは「大丈夫?!」とさすってくれた。いやいや…もう…やめて…!


「ごめん、変なこと言った…かな…」

『び、びっくり、しまして…』

「本心だったんだけど…」


本当に私をどうしたいんだ…この人は…!


何とか飲み込んだたこ焼きの味を消す勢いでいちご飴を食べ始める。洋平くんは「美味しい?」と何事もなかったかのように聞いてくるのだから結局こんなにもドキドキしているのは自分だけなんだなぁ…と虚しくなったり…


『うん、美味しい…』
















「おぉ、始まった!」


しばらくその場に座り込んで洋平くんと他愛もない話ばかりしていた。もう一切余計なことを何も考えないように決意を固めて打ち上がる花火に目を向けた。今年初めて見た花火。自然と声が出る。


『うわぁ〜…綺麗…!』

「ね、やっぱ花火っていいよなぁ…」


そうだね、と答えるものの洋平くんの耳には届いていないだろう。落ち着いた穏やかな優しい表情で空を見上げる洋平くん。この顔……


桜木くんたちといる時も、同じ顔するよなぁ…


いつも少しだけ羨ましいと思ってた。桜木くんや軍団のみんなは私よりもずっと前から洋平くんのことを知っていて、長く共に過ごした時間と思い出がある。長い人生で見れば大したことないものなのかもしれないけど、私にとってはすごく重要なことで…それ故に洋平くんの今の穏やかな表情を向けられるみんなが羨ましかったし、その視線の先にいたいと何度も願ってきた。花火め……ずるい……確かに綺麗だけど……


「…なぁ、なまえちゃん。」

『うん…?』


花火の音が広がって、パチパチパチと火花が散って、その合間合間に隣から洋平くんの声がする。前を向いたまま、空を見上げたまま。


「俺、ずっと言いたかったことがあって…」

『うん…、』


一番大きい花火が打ち上がった。夜空に美しく広がって、時間差で大きな音がする。火花として散りゆくタイミングで、洋平くんは私の方を見た。突然視線が交わりハッとする。


そこには先ほど花火さえも羨ましくなるような、穏やかな洋平くんはいなくて。真っ直ぐで真剣な瞳に射抜かれるような気分だった。バクバクと心がうるさくなるものの目は逸らせない。


「なまえちゃん…、」

『は、はいっ……』

「…俺と、付き合ってください。」


見つめ合う私たちの頭上にヒューと音を立てて花火が打ち上がる。周りが「綺麗」だとか「すげぇ」だとかそんなもので騒がしい中、言葉のない空間が続いて…


「なまえちゃんが、好きです。」


先に沈黙を破ったのも、目を逸らしたのも、洋平くんの方だった。


「…あ、あれっ…泣かせるつもりは、なかったんだけどな…」


困ったように眉を下げた洋平くんが私に向かって手を伸ばす。そっと優しく頬に触れて零れ落ちるそれを拭ってくれた。


「嫌、だった…?」

『…信じられなくって……、ご、ごめん……』


泣くつもりはなかった。けれども気付いたら涙が溢れて、洋平くんにこんな顔をさせて困らせていた。


『私も……洋平くんが、好きです……!』


もう、夢でも何でもいい。洋平くんが私を好きだなんてそんな現実、あるわけがないのかもしれないし…どこからか夢を見ていたのかもしれない。でも、もういいんだ。今が何だろうと、もう関係ない。


『お付き合い、お願いします……』

「…ハハッ、ありがとう…よかった…」


遠慮がちに頭を撫でられて触れられたそこが信じられないくらい熱かった。恥ずかしくて、照れ臭くて、それでも好きで…洋平くんを目に焼き付けておきたくてジッと見つめる私に「あんま見ないで…」と彼は掌で目隠しをする。


『うわっ…、?』


そして唇にふにゃっと柔らかいものが触れて、パッと視界が明るくなった。隣を見れば空を見上げながらも耳が赤い洋平くんがいて、そんな彼を見て「まさか…」と思う自分の耳もきっと負けじと赤かっただろう。







二人を照らす恋花火













Modoru Susumu
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