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「大栄学園中等部…二年のみょうじ選手…、」

「なんや珍しい、新聞なんか読んどって…」


今から雪でも降るかもなぁ…と呟く母親の声は完全にスルーして南龍生堂のカウンターで新聞に目を通す南烈。県内版の欄に載ったスポーツの記事に目を通すなり何度も何度もその名前を呟き確認する。


「みょうじて…なまえんとこの息子よな…?」


その名字には聞き覚えがあり、そしてちょうど一年以上前に、突然この薬局へとやってきた少年の顔が思い浮かぶ。アイツ…今中学二年…確かそんぐらいやった気がすんねんけど…逆算しても俺となまえが別れてすぐに妊娠がわかったっていうレベルやと思うねんけどなぁ…


アイツ…、なんで言うてくれんと勝手に産んだんやろ…


実家の場所だって知っているし、ここから近いその場所に住んでることもわかっている。けれども今更どんな顔をして何を言って顔を合わせたらいいのかなんてわからず、南はこの一年近く苦しい日々を送ってきた。いくら自分の息子とは言え、自分のいない元で育ったあの息子と、どんな風に距離を縮めたらいいかもわからず…それに前回だってめちゃくちゃに反抗的な態度をとってきたことに加えて、岸本には随分と懐いていたのだから。


入る隙なんて、あらへんよなぁ…


自分に似た血筋なのか、はたまた岸本が教えたのか定かではないが、どうやらバスケットに長けているらしく新聞に名前が載るくらいには有名人のようだ。いっそのこと自分に関わることには全て関係なく育っていて欲しくて、よくわからないモヤモヤとしたものがため息となって現れた。あぁ、もう…なんやねんな……


「バスケット……」


もし俺がアイツに近付くんなら…、これしかないんじゃ……?


もはや考えるのすら疲れてきた。今更父親にならせてほしいと頭を下げるつもりもないし、籍を入れる、夫婦になるなんて到底そんな考えもない。けれども放っておくには存在が大きすぎる。あの頃俺の子を妊娠したとわかったなまえがどれほど苦しみ、悩み、そして勇気を出して未婚のシングルマザーで産む決意をしたのかと思うと、いてもたってもいられない自分がいた。それにまだよちよち歩きの頃見かけた際には、酷い言葉を浴びせた覚えもある。


「…これや、もうこれしかない。悩んどったって、なんも変わらへんねや…」


南は白衣を脱ぎ捨て新聞を雑に置き「店番頼む」と言い残して店を出た。ジーパンにTシャツ、スニーカー。ラフな格好で自転車に乗る。荷物はボールひとつのみだ。













「…なぁ。」


大栄学園中等部から出てきたみょうじ少年ははじめこそ自分に向けられたものではないと無視して歩いていたが「みょうじ」と呼ばれてその場に立ち止まった。後ろを振り向くなり自分と同じ顔のいつかの薬局の店主が立っていてゾッと寒気がしそのまま走り出した。


「…なんでっ、追っかけんねや…!」

「待ちやがれ…、話しかけとるやろがっ…!」


そこらへんに自転車を止めた南はダッシュでその後ろ姿を追っかけた。部活帰りのクタクタとなったみょうじ少年は呆気なく南に捕まったのだった。


「足はやいやん……、なんやの……」

「逃げんなや、ガキ。」

「誰がガキやねん…ほんまに怖すぎて引くわ…」


「何の用や、母さんに用なら俺が聞く」とあくまで母親を守る体制に入ったみょうじ少年に南は「勝負しろ」と言う。


「…は?中学生かてそこまで暇やないねん。」

「うっさいなお前、いいから来い。」

「痛いな!引っ張んな!やめろ!」


ずるずると引きずられたみょうじ少年はバスケットコートのある公園へと連れて来られるなり「1on1や」と言われ全力で拒否した。疲れてるのだから早く帰りたい。


「あのなぁ、暇つぶしに付き合っとる暇はないねんで?アンタも薬局放ったらかして遊び呆けてる場合かい。」

「お前が勝ったらもう二度とこんな真似はせえへん。」

「…アンタが勝ったら?」

「定期的に俺とバスケや。」

「意味わからへんやん…」


しかし南の本気の目に「しゃあない…勝てばいいんやろ…」と背負っていたリュックサックを下ろす。仕方がないから一発で勝って早いうちに引き上がる他ない。


「…し、かかってこい。」

「バスケやってたんか?えらい自信やん…」


ドリブルをする南を見て素人では無いことは見抜くもののどの程度の実力者なのかまでは見抜くことはできない。みょうじ少年は早い所退散する為に全力を尽くすもののそう簡単に倒せる相手では無いと知り「やるやん…」と呟いた。


「どした、さっさと取ってみいや。」

「…そうや、実理くんと仲良かったんやろ。」


昔に実理くんと一緒に写った写真見たことあんねん…と呟けば目の前の南からは「せや、高校まで一緒にプレーしてん」との返事が返ってくる。ということは、だ。実力に差はあれど実理と同じくらいの実力者だとしたら……


「相当上手いってか…」


その後も幾度となくボールを奪いに行くも尽くやられ結局みょうじ少年は現段階では南を負かすことは叶わなかったのだった。


「……俺が負けたから、またアンタと会わなあかんのか。」

「お、素直やなぁ。また声かけるからここでバスケしようや。」

「中坊やって甘く見られとんのかもしれへんけどなぁ、俺かてそこまで暇やないねんぞ…」

「んなことわかっとる。たまにしか誘わへんわ。しっかり勉強もやれよ。ほな、またな。」


ボール片手に南は去っていく。その後ろ姿を見つめて不思議な感情になった。少し前までずっと恨めしいと思っていた存在だった。母と自分を見捨て、家族にならなかった存在だった。自分の人生を選び、自分たちのことなど知らないまま、さぞ楽しい生活を送っているだろうと予測していた。自分の中での父親像はあまりにも最悪のものすぎて、実際に目の当たりにすればどこか拍子抜けしている自分がいたのも確かだった。だってあんな近くの商店街に薬局のおっちゃんとして存在していたとは夢にも思わんかった。


ずっといなかった存在なのにいざ目の前に現れたとなると「案外普通の人なんやな」と冷静な自分もいれば、「結局同じスポーツに魅了されてんねんな…」と遺伝子の恐ろしさに苦笑いする自分もいるし、できることならまた会いたいとどこかでそう願う自分もいて、その全てを受け入れるにはまだ整理がつかずみょうじ少年は下ろしたリュックを背負い帰路へとついた。














「…ちっ、また負けた…」

「せやけど前より上手くなったんやないの?」

「ほんまに?この為にめちゃくちゃ自主練してん!」


みょうじ少年はそう口にしてからハッとする。それを聞いた南は一瞬不意を突かれるも途端にニヤッと笑い「それはご苦労やったなぁ〜」とにやけ始める。


「…負けてばかりは性に合わんねん。」

「おうおう、俺もおんなじやったで。そうやって上手くなっていくんや。」


みょうじ少年は高校受験を控えた中学三年生になっていた。あれ以来こっそりと母や実理に隠れて定期的に南とバスケに励んでいた。大栄の中等部のバスケ部顧問の先生と遜色ないほどに実力のある南にアドバイスをもらうことはとても自分のためになり、また、南と会うようになって自分の実力がメキメキと上がっていったこともまた事実であった。普段仕事で忙しい実理と違い、薬局を母親に押しつけてフラフラと好きな時間に出歩ける南はみょうじ少年にとって頼りになる存在だったのだ。


「ほんでれつくんは、結婚せえへんの?」

「ぶっ……、」


いつからか南烈という名前を知り読めなかったことから「れつくん」と呼ぶようになり、父親という認識よりも近所の兄貴的存在で懐くようになっていた。初めこそ突然現れたこの男に警戒心もあったのだがあまりのバスケの実力に父親だとかそんなものを通り越してバスケット選手として尊敬し始めた自分がいてみょうじ少年は素直にその自分の心を認めてあげていたのだった。


「汚いやん、お茶吹くなや!」

「お前が変なこと言うからやろうが。結婚なんてせえへんわ、ボケ。」

「ふぅん?母さんと実理くんはもうすぐ結婚しそうやけどな?」

「…待て、今なんて言うた?」


途端に真剣な顔となった南にみょうじ少年は「せやからー、」と同じ言葉を繰り返す。鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った南はクラクラする頭で「なまえが岸本と結婚…?!」と同じことを何度も復唱する。


「俺にとっては父さんみたいなもんやったし、ずっと実理くんにお願いしててん。母さん働き詰めなん不安やったし、はよ母さんと結婚してくれー言うてな。」

「…ほんでなんで今になって結婚することになってん…?」

「俺が高校に入るやろ?そのタイミングで、や。」


そのまま大栄学園の高等部へと進学が決まっているみょうじ少年の高校入学と同時に二人はついに幼馴染という長い長い歴史から一歩踏み出し婚姻届にサインを書くと言う。


「れつくん彼女おらんの?一生独身のつもりか?」

「…んなもんどうだってええねん。」


南の頭はそれどころではなかった。なまえは未婚のシングルマザーだし、岸本は独身。ずっと長い付き合いがあった二人にそういうことが起こったとしてもなんら不思議なことではない上に、コイツだって「父親みたいなもんやった」と岸本をそう言うではないか。今更父親になれるとも思ってはいなかったし、なまえとどうこうなるという選択肢も自分の中にはなかった。けれども息子と関係を持ってしまった以上、その婚姻を快く受け入れる気になんて毛頭なれない。


「れつくん、なんで母さんと……、」


みょうじ少年はそこまで口にしてハッとした。聞くつもりなんてなかったけれど深刻な顔をした南を見るなりそう自然と口から出てしまっていたのだ。それを聞くなり南はゆっくりと彼の方を見た。「違うねん、今のは…」と慌てるみょうじ少年に「情けないけどな…」と口を開く。


「知らんかったんや。なまえが妊娠してたこと。」

「…知らんかったって、どういうことや?」

「俺ら長く付き合ってん。それこそ今のお前の頃から大学出てもずっと付き合ってたんやけど結婚云々の話になって別れたんや。お前を妊娠したのがわかったのは逆算するときっとその後すぐの出来事や。」

「…じゃ、じゃあ…結婚しないっちゅう選択肢を選んだわけやないの…?」

「選ばせてほしかったけどな…情けないことに俺ん家に薬買いに来たお前を見るまでサッパリわからんかった。なまえが産んだ子が俺の子やったなんて…」


岸本とも疎遠になり自分もずっと独身でなまえのことが気がかりだった。みょうじ少年は心底驚いた。南には捨てられたものだとばかり思っていたのにそれは間違いだった。彼に選択肢はなかった。内緒にしたまま産んだ母さんと秘密を守った実理くん。どうして話さなかったのか、南に本当のことを伝えなかったのか、その理由は二人にはわからない。


「なんで言うてくれへんかったかはわからんけど…俺正直嬉しい気持ちもあってん。お前が俺の子やったって知った時、もちろんめちゃくちゃ衝撃的でしばらく店に立てへんかったけど…なんていうか、たとえ一人でも俺の子を産もうとしたその決意が嬉しかったし…他の男の子供やなかったんやなぁって安心した自分もいたわ。」


ほら、なまえが出産したの俺と別れてすぐやったから、結婚もせんだらしない男の子供を授かったんやとばかり思っとってなぁ…


南はポリポリと頬をかきながらそう言った。みょうじ少年は静かにその話を聞いていた。


「そんなこと思う時点で、未練がましいよなぁ…」

「なんか、謝るわ…れつくんに対してひどいことばかり思っとった、俺…」

「んなことせんでええわ。隣におらんかったのは事実やし変えられへん出来事や。岸本が支えだったのもまた事実やし…二人の隙に入ることなんて俺にはできへん。」

「ええの…?二人、結婚すんねんで…?」

「ええもなにも…俺にはどうにも…」


割って入り込むことなんてできない。どんな思いで岸本がなまえを支えてきて、なまえもまた岸本を頼りにしてきたのかなんて、自分には想像もつかない。受け入れるには時間がかかりそうだし、もしかしたら受け入れられないのかもしれない。


「俺はこれからもお前の味方でいる。もし許されるなら二人のことは抜きにして、またバスケしようや。」

「…おん。れつくん、ありがとう。」

「何がや…ありがとうはこっちのセリフや。」


すんごい今更やけど、元気に生まれてきてくれてありがとうな。


南はそう言ってみょうじ少年の頭を撫でた。それはそれは優しくて彼にしては珍しく穏やかな表情で。みょうじ少年はその手の温もりに目頭に涙を溜めた。一瞬の出来事なのに、まるでずっとその時を待っていたかのような、やっとやっと、この人に触れてもらえたと思ってしまうような、そんな感覚であった。ポロッと目からこぼれ落ちた涙。その様子を少し離れたところで見ている男がいるとは思いもしなかった。





僕らの関係性はとても複雑で、とても温かい


(アイツ…いつのまに南と…)





しっかりと完結にしていなかったので続きを書きました。最後はミノリくんにバレたけど…なまえちゃんとミノリくんは結婚すると思います。ミノリくんは二人に交流があることを知りながらもちゃんとお父さんになりみょうじ少年を支えていくことでしょう。南くんがあまりにも不憫だったので…失礼いたしました( ; ; )!







Modoru Susumu
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