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『平気や、こんくらい....ありがとうな....』

「何言うてるん、休んでなあかんやろ?」


なまえがシングルマザーになってからあっという間に月日は流れた。息子はもうすぐ中学生。そしてなまえは息子の中学校入学を機に大阪にある実家へと引っ越したのだった。実理に教えてもらう形で幼い頃からバスケットを嗜んでいたなまえの息子はメキメキとその才能を開花させ、強豪校である大栄学園の中等部から誘いを受けたのだった。いろいろな感情が絡みバスケット自体にも複雑な感情を抱いていたなまえではあったが、本人が目をキラキラと輝かせ「行く!」と言うのだから断る理由がない。実家もあるし、と何年かぶりに戻ってきた大阪。特に何かを話し合わなくとも自然と二人に合わせて自分も実家へ戻り転職することにした岸本は相変わらず息子から懐かれ良い兄貴扱いされている。


「俺公園で自主練してくるけど、母さん寝てなあかんで?わかった?!」

『わかったよ....気をつけて行くんやで....』


なまえは珍しく風邪をひいて熱を出していた。それでも家のことをやらなきゃとバタバタ動き回るなまえに息子は口煩く寝ているよう伝え家を出る間際にも「ポカリ飲むんやぞ!」と玄関から叫んでいる。


『わかっとるわ....ええ子に育ってママ感激や....』


バスケットに夢中な息子は近くのコートで自主練に励む日々。この春休みが終われば大栄の中等部に入学し強豪校のバスケ部員だ。期待に胸を踊らせてしばらくの間自主練に励んだ後の帰り道で、熱が出たにもかかわらず掃除しようと雑巾片手に動き回っていた母親のことを思い出す。


「薬でも買って行くか......ポカリもや。」


そう言って少しだけ遠回りをして帰る。近くに薬局はあったかと考えながら自転車を漕ぎ、昔ながらの店構えをした薬局を発見するなり迷わず店内へと足を踏み入れた。


「....いらっしゃいませ。」


どこに何があるかちっともわからない上あまり時間もかけられない。そう思ってレジのカウンターへと真っ先に向かった。


「あの、すみません。風邪薬はどこに......」


そう口を開くなり驚いて目を見開き言葉は途中で切れてしまった。そして息子が驚いて目を見開いた先には、カウンター越しにこれまた驚いたような顔をしてなまえの息子を見つめ返す白衣を着た男がいた。


「えっ......」

「......は、?」


お互いに驚きの声が漏れて沈黙が流れる。その後なまえの息子は静かな声で「ドッペルゲンガー...」と呟いた。カウンター越しに固まったままの薬局の店主、南烈は突然現れた客である少年に驚きを隠せなかった。


あまりにも自分とそっくりな顔をしているからだ。


それはまたなまえの息子も同じで、歳をとった自分を見ているような感覚に襲われて何をしにきたのか一瞬で忘れてしまっていた。


「ドッペルゲンガーって...まさかな......」


単なる偶然だとそう自分に言い聞かせ「すみません、風邪薬ください」と本来の用件を思い出す。南もまたハッと我に帰り「あ、あぁ...」と呟いた。


「風邪薬......どんな症状で......?」

「あー....母さんそういやいつも飲んでるのがあったんよなぁ....」

「母さん......」


どんなパッケージだったか...とぶつぶつ呟く息子の目の前に黄色いパッケージのカプセルをドンと差し出す南。なまえの息子はそれを見るなり「これや!」と声を出した。


「そうです!これです!すごいなぁ、風邪薬だけで伝わるんやなぁ...!」

「母さん、具合悪いんか?」

「熱出とるのにちっとも休まれへんのです。働きアリなんすよ。これとポカリもください。」


そう言って「いくらですか?」と南に問う。しかし一向に値段を教えてもらえないなまえの息子は不思議そうな顔をして「あの...?」と南の顔を覗き込んだ。


「いくらですか...?はよ帰らなあかんので....」


そう呟いたなまえの息子は龍生堂のレジにあるガラス越しに、外を歩いている人物を見て「あ!」と声を上げた。振り向いて直接外を確認する。


「実理くんや!どこ行くんやろ....うち来るんやろか....?」


ポカリ持ってへんかったか?母さんの分やろか?と独り言が止まらないなまえの息子。南はその子の腕をガシッと掴むと自分の方へと向かせた。


「....金はいらん。サービスや、持ってけ。」

「えっ....いやいや!払いますよ!」

「いらん。俺、母さんの友達やねん。」


南がそう言うと「えっ...?」と声を上げるなまえの息子。「友達って、いつのです?」と確認され素直に答えた。


「幼稚園から高校まで一緒やった。」

「え、実理くんとおんなじや....!そうやったんですね、何も知らんでごめんなさい。」


そういうことやから、持ってけと風邪薬にポカリが二本入ったビニールを強引に押し付ける南。


「友達やと、よく飲んでる風邪薬の種類まで把握してるんですね。」

「....薬局の息子やからな。」

「それもそうですね。ありがたくいただきます。ほな、ありがとうございました。」


そう言って頭を下げ店を出て行こうとする後ろ姿に南は思わず声をかける。


「....伝えてくれ。はよ元気になれ、って....。」


ピタッと止まりその言葉を聞き入れるも振り向きもせず返事もしないなまえの息子。変だと思った南が「なぁ、」と声をかけると「伝えません」とそう言い放った。


「....アンタの言うことなんて、絶対に母さんには伝えない。」

「.....それは、どういう意味やねん。」


握り拳を作り目に涙を溜めた12歳の少年が南へと振り返る。


「何が友達やねん...人のこと散々苦しめといて...何が元気になれ、や....ふざけんのも大概にせえ....」


その怒りは12歳の少年としてではない。なまえの息子として、ひとりの「男」としての、「父親」である南に対しての怒りであった。


「お前....なまえの息子やろ?」

「そや。見たらわかるやろ。なんで母さんに似なかったかいつもいつも悔やんでんねん。」


南にそっくりである理由がただの「偶然」ではないことに風邪薬を差し出してもらった時点で気付いていたなまえの息子。まさかこんな出会いになるとは思わなかったものの母には黙っていようとそのまま店を出るつもりだったのに。話せば話すほどこの男に対しての怒りが込み上げてくる。


「どういう意味やねん、さっきからお前....」

「顔も見たことない「父親」に似てしまったんや、きっと。似たくなんかなかった。母さんを苦しめてひとりにさせた最低な男なんかに。」

「お前......」


そう言うとなまえの息子は店を出た。自転車にまたがり見慣れた後ろ姿を追いかける。南は急いでカウンターから店の外へと出た。


「実理くん!どこ行くねん!」

「おぉ、偶然やな。ちょうどお前ん家行くとこやったんや。後ろ乗せろや。」

「はぁ?!実理くん重いやん、無理やて!タイヤパンクするやろ!」

「はよなまえに薬渡さな!熱出てんのにまたアイツのことやから掃除でもしとんのやろ?」


仲良く二人乗りをするなまえの息子と疎遠になってしまった幼馴染の岸本。南はとてつもない喪失感に襲われた。自分とそっくりな少年を見た瞬間自分の中の何かが壊れた気がした。風邪薬を差し出した瞬間「これや!」と言われ確信した。なまえが昔から愛用していた風邪薬だ。これが効くんだとそればかり言っていた。なまえがひとりで産み、母親思いの立派な男に育ったこの子の父親は自分だったのかと、なんて言葉にしたらいいのかわからないドロドロとした感情に襲われた。


「なんやねん....なんの仕打ちやねん.......」


自分の入る隙は無さそうだ。見るからに親子にも兄弟にも見える二人の後ろ姿に南の目には涙が溜まったのだった。













血縁だけじゃ家族になれない


(実理くんいつになったら母さんと結婚してくれるん?)
(ハァ?まだそんなこと言うてるんお前は)
(だってー!正式に家族になれたら幸せやん)
(もう家族みたいなもんやろが。あんな紙切れ一枚に俺は縛られんぞ)







Modoru Susumu
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