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今日も今日とて金髪が眩しい大楠雄二は周りの注目の的となっている人物へと声をかける。その人物は呼ばれるなり眠たそうな瞳で彼を見た。


「よー、なまえ。今日も眠そうだな。」

『大楠…朝の挨拶はおはようでしょ。』


眠たげな瞳でジーッと大楠を見つめるみょうじなまえは今日も今日とて長い茶色い髪の毛をゆるく巻いておろし、その髪をなびかせて一歩、また一歩と正門から校舎へと歩いていく。相変わらずの綺麗な容姿に当たり前のようについた傷。それを絆創膏やガーゼで隠すこともせず堂々と傷だらけの顔で歩いているではないか。スカートの丈もいつもと変わらず短いままで大楠は苦笑いしながら辺りを見渡す。


本人こそ「どうでもいい」と気付いてはいないがなまえは色々な意味で目立っていた。それはもちろんこの美しい美貌が理由の大半なのだが、美しい容姿に反して傷だらけの顔や、日頃から常に桜木軍団とつるむその友好関係も目立つ原因になっていたのだった。


「また派手にやったなぁ…で?どこのどいつだ?」

『知らない。相手にならなかったら気にしなくていい。』

「へいへい…お強いですもんね…」


大楠の言葉にやはり眠たそうな顔でジッと睨むなまえ。その顔すら愛おしく思える大楠は「その顔やめろ」と色々な意味で彼女にデコピンした。「痛っ…」と呟くなり舌打ちしたなまえだが大楠の隣を並んで歩くことはやめたりしない。


「おー、来たかー。」

『朝の挨拶はおはようだってば…』

「なまえどうしたんだ?やけにだるそうだな、生理か?」

「いや…まだのはず…だよな?」


仮にも女の子に向かって「生理か?」と口にするのは高宮で「まだだよな?」と念を押すのは洋平だ。二人よりも先に登校し廊下で屯っていた二人は揃ってなまえの返事を待つ。


『ちげぇわ…生理じゃねぇわ…寝不足なだけだわ…』

「やっぱな。で?何に睡眠時間捧げたわけ?」


この場には誰もいない。「なぜ人の生理を予測できるほど情報を持っているのか」とツッこむ者など。一応言っておくが洋平はなまえの彼氏ではない。しかし毎月のことゆえに具合の悪そうな日を覚えていれば来月の予定日も大体わかるというわけだ。それをここにいない野間も含め全員が共通した認識を持っている為、誰も何もツッこむ奴がいないのだ。


『借りてた映画見てた…今日返さないといけない。』

「じゃあ帰りにTSUTAYA寄るか。高宮、お前本屋に用があるんだろ?」


「じゃあちょうどいいなー」と大楠が言えば洋平が「そういうことで、解散」と呟く。それを聞くなり自然と各々の教室へと散っていく桜木軍団。なまえが入った自身のクラスである1年10組。彼女が入室するなり男子生徒がザワザワと騒ぎ出す。


「みょうじさんまた傷増えてる…!」

「また喧嘩したのかー…綺麗な顔がー…」


どれもこれも余計なお世話なのだが本人にこそ届いていない。窓の外をぼんやりと眺める。近くには朝からすでに夢の中へと飛び立っていった大きな背中があってそこにはクラス中の女子生徒の視線が注がれている。


日頃から桜木花道を見に足を運ぶ体育館で、親衛隊なるものから黄色い声援を浴びスターとして扱われる張本人。丸くなった背中はとても広くてシワひとつないワイシャツを見るなり「コイツの母さんアイロンがけ上手いな」と思う自分がいてなまえは再び窓の外に視線を向けた。そんなどうでもいいことに時間を使いたくはないし、変にじろじろ見て親衛隊に目をつけられたらたまったもんじゃない上に、仮に親衛隊に勧誘でもされたら気が狂って相手が誰だろうと殴ってしまいそうだ。










休み時間になるなりなまえは花道と洋平のクラスへと向かっていた。なんの躊躇いもなく教室に入るなりクラスの男子が「みょうじさんだ…」と騒ぎ始める。彼女の視線は二人にしか向けられていなくてその全てを察した洋平は苦笑いを浮かべる以外他なかった。


『ねぇ、暇なんだけどサボらない?』

「お、なまえじゃねぇか!オメェちっとはこの天才を見習え!授業もバッチリ受けるこの天才を…」

「なまえのサボるは「帰ろう?」だもんな。」


洋平は続けて「珍しいな、高校入ってから初めてじゃねぇか?」と問う。和光中時代、何度も学校から抜け出しふらふらと遊びに行っては先生に怒られた。そのことを思い出していた洋平だったが、やはり違和感が抜けない。なまえは湘北に入学して以来いまだかつてそんなことを言い出したことがなかったのだった。真面目に受けているかは別としても彼女はきちんと毎朝登校し帰りも共に花道のバスケを見てから帰る。だからこそその違和感を敏感に察した洋平が未だに「この天才…」と続ける花道をよそに「TSUTAYA行くのはまだ早えぞ」と告げる。


「放課後になってからな。」

『…あぁ〜、ほんとにつまんない。』


洋平は思う。きっとなまえの身に何かがあったのだと…。でもその「何か」までは流石にわからない。良くも悪くもあまりしつこく問いただしてしまっては彼女の気分を害するだけだし、言いたいことがある時は決まって自分の口から話してくれるのでそれを待つ以外に方法ないと思った。


「…にしても、また昨日も喧嘩したのか?懲りねぇ相手だな…」

『平気。大した相手じゃない。』

「そうだぞ洋平。ここらになまえを倒せる連中なんかいるもんか。」


花道の言葉に「そういうことだよ」と納得するなまえ。中学時代にちょうど今みたいになまえの顔に切り傷を作った相手がいた。不良グループの番長的存在の男だ。洋平と大楠は二人揃ってブチ切れるなり相手に二人がかりで掴みかかった。ただでさえ強いポテンシャルを持った男が二人がかりで殴ることによっていくら番長とはいえ呆気なくやられたのだった。しかし洋平、大楠の二人は手を止めることなく相手の意識や下手したら命さえも奪いそうな勢いであった。


それを止めたのは紛れもないなまえ張本人であった。自分の顔の傷を理由に二人が激怒したことを見抜き「やめろ」と二人を止めた。そして手を止めた二人に言い放ったのだ。


女の子扱いはやめろ、と。


対等に軍団の仲間として見てほしいとなまえは切に願った。自分一人が「女」という現状は変えられない。けれどもその通りの扱いをされ、顔に傷をつけたくらいで騒がれるのは御免だったのだ。


以来洋平も大楠も、ある程度の怪我なら黙認するようにしている。本当は心の底から心配で、相手の連中をひとり残らず潰したい気持ちで溢れているのだが…自分たちだってこの程度の傷は日常茶飯事なわけだし、なまえにだけ喧嘩を禁ずるわけにもいかないのだ。ここはなまえの「唯一」の居場所なのだから。


それに彼女の強さはピカイチで、力も女だからと劣らない。過度に心配しすぎる必要はないが一応女の子なのだ。なるべく放課後は一人で帰らせないようにしているつもりだし、誰かしらがそばにいるよう心がけているつもりでもある。できない日もあるけれど…


洋平はまだ気付いてはいなかった。


この「女の子扱い」という問題が彼女を悩ませる原因であり、そしてとても厄介なものなんだということを。












君の悩みの種


(今日も見にこいよ、バスケ部)
(ごめん、今日はTSUTAYA行くの)
(この天才を見捨てるってか…なまえ…)






Modoru Susumu
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