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「神さん、帰りましょう!」

「うん、待ってて…」


自転車を取りに行けば駐輪場の出入り口で「今日も疲れたっすねー」と俺を待ちながら呟く信長がいる。「そうだね」と返し隣に並べばいつものように二人で並んで帰ることになるわけだ。


「インターハイって…なんかワクワクしますね。」

「うーん…俺も試合に出るのは今年が初めてだからなぁ。」

「やばいっすね、スーパールーキー清田とスリーポイントの天才神さんのダブルお披露目じゃないっすかぁ!」

「どうだろう…流川の方が華やかにデビューするかもね。」


意地悪くそう言えば「そんなぁ〜負けねぇっすよ〜」と嘆く信長がいて「頑張れよ」と返す自分がいる。いつものようにまるで犬みたいに「はい!」と懐いてくれる信長がいてそれだけで平和な日常だとそう和む自分もいる。


「ん…?えっ、喧嘩っすかね…?!」


「テメェ!」とか「ふざけんな!」とかそんな声が遠くから聞こえて、この間といい最近はここらも随分と治安が悪くなったんだなぁ…とため息が漏れてくる。「いいよ、知らないふりして行こう」と放っておくことに決めた俺だったが「痛ぇな、この野郎!」と言う物騒な声が耳に届くなり俺は自転車を信長に預けて声がする方へと走っていた。


「ちょっ…!神さんっ?!」


何故だろう。聞き覚えのある声のような、そんな気がして胸騒ぎがした。走って辿り着いた頃にはあたりに人がたくさん倒れていてその中に「引っ込んでろよ」と捨て台詞を吐いた女の子が立っていた。


「また…ちょっと来て。」

『ハッ?!えっ…ちょ、おい!』


自分でもわからない。この子は湘北の桜木の仲間で喧嘩慣れしてるような連中の中の女の子なんだとこの間知ったはずだ。だから彼女が前回俺に言った通り放っておけばいいっていうのに、どうして言うことを聞かずに彼女を引っ張り出す自分がいるんだろう。


「神さっ……えぇっ?!大丈夫か?!」

『離せよ!なんなんだよ…!』

「信長、この子捕まえといて。」

「あ、はいっ…」


信長に託して鞄を漁る。出てきた簡易的な救急セットをまたこの子のために使うことになるとは…とそう思いながら開く。今日は目の下に結構深めな切り傷を作っていて血が溢れている。ガーゼを当てて血を拭えばその子は少しだけピクッと反応した。


「我慢して、止血しないと。」

『余計なことを……』

「…おい、なんなんだよその態度は…神さんこの子知り合いっすか?」


ガーゼを適度な大きさに切りながら「ほら、桜木の友達にいたじゃん。ひとりだけ女の子が。」と伝えれば信長は「えぇっ…?!こんなにやんちゃな感じ?!」とやんちゃな本人がそう呟く。自分も大概だと思うよ、信長。


『うるせぇな、野猿のくせに…』

「ハ、ハァ?!なんなんだよ…あの赤毛猿にはロクな友達がいねぇんだな…」

『んだと?!もういっぺん…』

「黙って、消毒塗るから。」


流石に目の近くには濡れないから他の切り傷やかすり傷に消毒を塗るなり女の子はやっぱり少しだけ顔をしかめる。喧嘩は強いのに…とクスッと笑ってしまった自分がいて「なんなの?」と怒られてしまった。相変わらず短気だ。


「よし…にしても、可愛い顔が台無しだって。」

『なっ…、か、かわっ……』


慌てて顔を真っ赤にして「何言ってんの!」と怒鳴ってくる。やっぱり今日も変わらず綺麗な顔をしていて顔を真っ赤に怒ってもその可愛さは半減どころか増すような気もした。言葉が強いから少し驚く自分もいるけれど。その場を逃げようと一歩踏み出され、自然とその子の腕を掴んでいる自分がいた。


『えっ……』

「…名前は?」


俺と目が合うなりやっぱり真っ赤な顔で「みょうじ…」と呟いた女の子。俺が掴んでいた手を嫌がるようにして振り払いその場を去ろうと背をむけてくる。掴んだ腕は温かくて少しだけ柔らかく女の子なんだなぁ…とそんな変なことを咄嗟に考えてしまった自分がいて…


「あ、おいっ…お前礼ぐらい言ってから…」

「みょうじさん。」


文句のひとつやふたつ投げかけようとしていた信長をよそに俺がそう声をかければ彼女はその場にピタッと止まった。こちらを振り向くことはしないものの聞く気はあるらしい。


「…もう喧嘩はしないでほしい。」

『…アンタに関係ないでしょ。』

「………」


確かにそうだ。関係ない。咄嗟に何も言い返せない自分がいて思わず下を向く。なんて声をかけたら正解なのかわからない。それなのにどうしても彼女に喧嘩をやめてほしい自分がいて変な気分だ。一体これはなんだというのだろうか…今までに感じたことのない新しい感情のような気もして…モヤモヤとした…何か…


『手当てが面倒なら…見かけても放っておいて。』


そう呟きスタスタと夜の住宅街へと消えていく。その後ろ姿はどこかたくましく、けれども可憐で、今日も変わらずスカートは短く長い脚が丸見えだ。


「なんなんすかね…礼のひとつも言えねぇのか…」

「いいよ、帰ろう。」


どうして気になるんだろう。別に放っておけばいいのに、手当てなんていちいちしなくていいのに…


「にしても女にしちゃかなり強くなかったですか?相当喧嘩慣れしてそうっすよね…」

「女の子ひとり相手によくもまぁ本気になるよね。」

「確かに…それもそうっすね…」


俺は相手が誰だろうと男だろうと女だろうと同じ対応をとったのだろうか?そう考えると違うような気もしてくる。


あの子だから……?


「あ、そうだ!俺またうまそうな店見つけたんすよ!」


今度行きましょう!と騒がしい信長の声がやけに遠くに聞こえて慌てて邪念を頭から追い出した。今の俺にはインターハイがある。余計なことに気を取られている場合ではないのだ。







君は僕の悩みの種


(あそこ曲がったとこにあったんすよね)
(あの中華屋さんなら知ってるけど…)
(えっ?!先どり神さん…さすがっす…!)






Modoru Susumu
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