後編







そうだ!私に足りなかったのはこれだったんだ…!


「いいねぇなまえちゃん、何だか色っぽくなった。」

『ありがとうございます…』

「これ来月号の表紙にする予定だから、よろしくね。」


そう思わずにいられないほど洋平くんとお付き合いを始めてから再び仕事が順調に進み出すようになったのだった。足りなかったのは色気?というよりも「恋」だ。誰かを恋しく思いその為に美しくなろうという向上心。こんなもの今まで感じたこともなかった。その人を思い苦しくなって次会うまでにもっと可愛い自分でいたいだなんて、きっと私を地味にさせてたのも華やかさを欠かせていたのも「乙女心」だ。これが無かったんだ。


高校も違えば洋平くんはアルバイト、私は撮影に忙しく滅多に会える機会もないのが現状なのだけれど、たまに時間が合う時に会えば彼の家で甘い時間を過ごしたり…しちゃったりして…。つい先日ついにそういう事を為して大人の階段を上り始めてしまった時には彼の色気で七日間程頭がいっぱいでどうにもこうにも何しても何も手つかずであった。隣の席になった清田くんには「どうした?売れっ子すぎて狂ったか?」と心配されたしニュースで茨城県の水戸市の地名が読み上げられた時だって頭がおかしいほどに飛び上がって母親に働きすぎだと心配された。いや、そうじゃない。


リーゼントを下ろした洋平くんの色気はこれまた絶品で、上半身裸の彼もそこに汗が滴る姿も…と、いかんいかん。ここまでにしておく。何はともあれ現状に満足せず上へ上へと突き進むのみ。いつだって「止まるな、夢を追え」と背中を押してくれる味方がいるのだから。











『あと一時間しかない…!』


東京のスタジオまでさほど遠くはないのだけれど授業を終えるなり早々電車に乗り込まないといけない。海南を出て小走りで駅へと向かう最中、何故だか背後に人の気配を感じて怖くなって走る速度を上げた。同じ方向に向かって歩く人なんてたくさんいるし、何を勘違いしているのかと冷静な自分もいるのだけれど、先ほどからどうにもこうにも気味が悪くて気づいたら駅までダッシュしていた。


『ハァッ、ハァッ……』


駆け込むようにして電車に乗る。走り出した電車の窓からチラッと自分が来た道を盗み見ればぼうっと踏み切り前に立ち尽くしこちらを見ている男がいて思わず声をあげてしまった。


『ひっ……!』


「大丈夫ですか?」と誰かに声をかけられて冷や汗が止まらないまま「はい」と答える。まさか今の男があとをつけていたなんてことは……










撮影が終わるなりあたりは薄暗くて。普段なら母親が駅まで迎えに来てくれるのだけれど生憎今日は用事で家にいない為、駅に着くなりバスで帰ることになっていた。あまりにも怖くてゾッとして寒気が止まらないせいかアルバイトだと言っていた洋平くんに何度も電話をかけてしまい当然永遠と続くプルルルルルという機械音にため息が漏れる。


電車は駅へと到着しバスターミナルまでを警戒しながら歩く。バスに乗り込みホッと一息ついた瞬間だった。扉が閉まる直前にギリギリで乗り込んできた人がいて、まばらな座席を見渡すなり一番後ろへと座った。


う、うそ……?!


顔を見るなり心臓がバクバクバクと音を立てる。鼓動は早く汗も湧き出てきた。先ほど踏み切り前で電車を眺めていた気味の悪い男に違いないからだった。どこかで降りてくれればいいけれど、もう後ろを振り向くことなんて出来なそうで緊迫した時間が続く。結局その人は降りることなく私の家の最寄りの停留所へと着いてしまったのだった。


どうしよう……走って帰ろう……


ICカードで支払いをするなり慌てて歩道を走る。後ろから同じようにピッと支払いを済ませる音が聞こえて誰かが降りたことを知らせてくる。怖くなってただひたすら走る私の後ろから「ねぇ、待ってよ」と声が聞こえたけれど気付かないふりだ。あまりの恐怖に涙が溜まって前が見えなくなる。家まであと数十メートルだ。なんとか走って走って…


「みょうじだろ?随分と変わったよなぁ…」


何故だか自分でもわからない。それなのに私はその言葉を聞いた途端走るのをやめてその場に立ち止まってしまった。最大級に乱れる呼吸を肩で息しながら抑えつつ掌を握りしめて後ろを振り返る。


「久しぶりじゃねぇか、すっかり綺麗になって。」

『……ハァッ、……』


ジッと顔を見るなり思い出す。目の前の少し小太りの男は小学生時代に私をいじめていたグループのリーダー的存在の男で、隣の学区の中学へと進学することになった直接的な理由となる人物なのだった。


『なんなの…話があるんなら聞くから、追っかけ回すような真似しないで…』

「驚かせたか?悪い悪い…」


一歩詰められた距離を一歩下がることで再び戻す。男はフッと鼻で笑ってあろうことか「俺と付き合おうぜって言いに来たんだよ」とそんなことを言うではないか。


『え…?』

「みょうじ可愛いし俺のこと好きだったろ?付き合おうぜ。」


ポカンとして何をどう返したらいいのかわからなくて、昔とのあまりの態度の変貌ぶりに恐怖を感じながら「いや、彼氏いるから…」と正直なことを口にしてみる。


「…は?」

『だから、付き合ってる人いるから。そういうのは出来ないし、もうあとをつけるようなことしないでほしい。』


毅然とした態度を崩したらダメだと頭が指令を出してその場を立ち去ろうとした時だった。「ハァ?!」と大きな声が聞こえるなり思いっきり腕を掴まれて「キャーッ!」と自分でも驚くような大きな声が出てしまった。


「テメェ何様なんだよ?!モデルになったからって調子乗ってんのか?!テメェ勘違いすんな?!お前なんかあのクソ地味な根暗女なんだから、こんなのボランティアに決まってんだろ?!」


突然浴びせられる罵声に怖くて目をギュッと瞑る。こんなに騒げば誰か駆けつけてくれるだろうという期待を捨てずに早く、早く…と見ず知らずの誰かの到着を待つ。怖い…怖いよ…


「もらってやるっつってんのに、何が彼氏だふざけんな!!さっさと別れてこいよ!!」


それともなんだ?!この場に連れてこいよ、オメェみたいなブスを彼女にする物好きな馬鹿野郎をさぁ!


早口で告げられて恐怖で目からはポロポロと涙が溢れる。声を上げるたびに握られた腕に力が込められてそれがとてつもなく痛い。どうしよう…誰か早く…









「…誰が物好きな馬鹿野郎だって?」


ギュッと目を閉じて耐えていた時、私の頭上から聞こえた声は私にとって一番安心する人のもので。ハッと顔をあげれば「遅くなったな」と笑う洋平くんがいた。


『よ、洋平…くん……』

「汚ねぇ手で触んな。」


パシッと簡単に叩かれたその手はようやく解放されて血の巡りがよくなったように思う。背中にギュッとしがみつけば私の前に立つ洋平くんは「少し離れてた方がいいかも」と小声で呟いた。


「誰だテメェは?!」

「お前が言ったんだろ、この場に連れて来いって。」


お前が言う物好きの馬鹿野郎だよ


洋平くんはそう言うと「どうする?死んどくか?」と一言放った。たった一言な上に不良にしては当たり前のような言葉なのかもしれないけれど私にとってのその一言は声色もあまりに低くその言葉だけで死人が出そうなほどに怖いものであった。いろいろな意味を込めて自然と離れる自分がいる。


「ハァ?!調子乗んな!!」


洋平くんは飛んできたパンチを軽々避けると拳一発で数メートル先まで男を吹っ飛ばしてしまった。あまりの一瞬の出来事に瞬きも忘れてその場で固まる私と「立てよ、足りねぇだろ」と詰め寄る洋平くん。


「あんなに痕がつくまで握ってたんだよな…」


おそろく私の腕を言ってるのであろう。見れば確かに赤く痕がついていて血の巡りが悪かったことにも納得がいく。しかし洋平くんの怒りは収まらないようで「テメェの首に同じことしてやろうか」と容赦なく近づいている。それはまさしく息の根を止めるとでも…?!


『よ、洋平くん!もう、いいよ!』

「…よくねぇよ、ちっともよくねぇんだよ。」

『私がいいって言ってるの!』


思ったよりもずっとずっと大きな声が出て、しかもいろいろな感情が混ざって涙声で。洋平くんはビクッと肩を上げた後うしろを振り向き「わかった」と呟いた。


「…おい、もう二度と彼女に近づかねぇってここで誓え。」


そのかわりきちんとそう誓わせて土下座までさせた洋平くん。男がおぼつかない足取りで逃げるなり私を抱きしめた。


「ごめん俺…本当に…遅くなったし…」

『ううん、来てくれてありがとう…』

「それに…マジでアイツのこと殺すとこだったわ…」


抱きしめられながらもビックリして目を見開く私に洋平くんはぐったりと項垂れて「守るとか言っておいて…本当にごめん」と泣きそうな声で呟いた。


『なんで謝るの…?守ってくれたのに…』

「我を忘れて気が狂ったまま殴ったんだよ、今のは助けたって言わねぇの。」


私にとっては完全にヒーローだっていうのに、洋平くんは納得がいかないらしい。そのまま水戸家へお邪魔するなりすぐさま手当てされていっぱいいっぱい抱きしめられた。ドキドキとうるさい心臓を抑えるのに必死で、洋平くんといると数分前の出来事さえも忘れてしまうのだから恐ろしい。


『洋平くん…好き……』

「俺も…めちゃくちゃ好きだ…」


抱きたいけど我慢する…けど抱きたい


洋平くんはそんなことを言いつつも「もう遅いし帰さないとなぁ」とかなんとかボソボソ呟いていた。結局洋平くんが家に電話してくれて、用事から戻った母親が血相を変えて水戸家まで迎えに来てくれた。洋平くんが拳一撃で退治したと伝えるなり母は洋平くんの両手を包み「ぜひうちにお婿に来てください」と感謝していたけれど私が嫁に行くという方向性で固めていきたいと思う。


「またな、仕事頑張れよ。あと、いつでも遠慮なく電話して。今日みたいに。」

『…あ、そういえばアルバイトは?抜けてきた?』

「急用出来たって早上がりした。別に平気だから気にすんな。じゃあな、おやすみ。」


車に乗り込むなり洋平くん家の玄関の扉がパタンと閉まる。それを見届けてから発進した車内で母は「いい彼氏がいたのねぇ、最近生き生きしてると思ったら」と笑ってくる。


『オーディションのね応募用紙、出したのは洋平くんなの。』

「えぇっ?!そうなの?!」

『小学生の頃ね、ポストの前で投函するか迷ってて…突然現れた洋平くんが奪い取ってポイッて入れちゃったんだよ。すげぇな、頑張れよって。』


そんなエピソードを聞くなり母は「大したことない人間こそ人の夢にケチつけたがるのよね」と言う。「私自身も貴方の夢に初めは賛同できなかった」と反省のようなものも一緒についてくるのだけれど。


「本当にできた人なら、夢は叶うんだとそう思わせてくれるはず。彼のこと、大事になさいね。」

『…うん!』


まだまだこれからだと思ってる。人としても、モデルとしても。その先を夢見て現状に満足せずやれるだけのことをやってみるつもりだ。そしてその隣には必ず洋平くんがいて…夢の始まりも、いつか何かが終わるような時も、私の隣に彼がいるようにとそう願いながら暗い窓の外を眺めて笑みが溢れた。








振り向けばそこには君がいる

(そんな人生を歩んでいきたいと思うのです)







洋平くんの良さを出せたかな〜と思いながら完結にしておきます。ありがとうございました!







Modoru Susumu
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