中編





思えばオーディションに合格した頃から何もかもが順調に進んでいた気がする。中学時代も「読モやってるんだって…」と女子からは嫌な目で見られて友達はほとんどいなかったけれど、スタジオに行けばライバルだけれど同志として共に励む仲間がいたし、高校に入るなり超強豪といわれるバスケット部のスタメンを一年なのに勝ち取ってしまうような超人の友達ができて、それはそれですごく充実していて、周りにどう思われるかよりも自分を変えると決意したあの頃の志を失わずにいられることの方が私には大きかったのだ。


だからこそ、中学三年間は読者モデルで、高校に入るなり専属モデルとなった自分の歩んできた道は中々どころかかなり順調で怖いくらいなのだったと今になって思う。そして今日、私ははじめての挫折を味わった。


二ヶ月連続で表紙を飾る予定だったはずが、先月号の売り上げがあまり良くなかったことに加えて「可愛いのにどこか地味で華やかさに欠ける」との厳しい声をもらってしまったことでその話はなくなり、組まれる予定だった特集も白紙に戻されたとのことだった。


何がいけなかったんだろう…


誰にでも挫折はあるものだし、そもそも何もかもがうまくいくなんてそんな世界は存在しない。どんなことにおいても、だ。それはわかっていても、自分の全てを表現しようと臨んだあの撮影で、「どこか地味で華やかさに欠ける」と言われてしまった暁には私にはあれ以上出せるものはないしもうどう足掻いたってどうにもできない。あれが私の全てなのだから他に引き出しはないのだ。


とりあえず夏服特集ページの中の何着かを着させてもらいいつもより短い撮影が終わって帰路につく。とぼとぼと帰る道のりは随分と長く感じられて次第に足取りが重くなった。自分自身を全否定されているような感覚が私の中から抜けていってはくれなくて、「モデルに向いてない」というハッキリとした文字がぐるぐると頭の中を駆け回る。


「あれ…なまえちゃん?」

『………』


泣きたい…元が地味だから…それが自然と出ちゃってるのかな…


そんなことを考えながら歩みを進めると「おい」と腕を掴まれた。びっくりして顔をあげればそこには心配そうな顔で「どうした?」と眉間にシワを寄せる水戸くんがいて。


『水戸くん……』


目が合うなり私の中の何かがプツンと切れて止めどなくポロポロと涙が溢れてしまった。


「わわわっ……そうだな……ちょっと話すか……」


「おいで」と連れて行かれた先はどこかの家の前で、そこにたどり着くまでの間、私の頭に長いタオルを被せて周りに見えないようにしてくれたのか視界が悪い私を優しく引っ張ってくれた水戸くん。


「ここ俺ん家。」

『えっ…?』

「なんもしねぇよ、話すだけ。」


そう言うとグイグイ引っ張られ玄関へと連れて行かれる。彼が「ただいま」と挨拶をすれば中から「おかえりー」との間延びした声が聞こえてなんて挨拶をしようか考えているうちに涙は引っ込んでいた。しかしお母さんとみられる声の主の登場を待たずに水戸くんはズカズカと階段を上り「入って」と部屋に案内してくれたのだった。


『ご、ごめんね…私が泣いたから…気を遣わせて…』

「いや…逆にごめん。来たくなかったよな、別に…」


そんなことないよと答えれば水戸くんは「ありがとう」と笑った。私が話し出すのを待っているかのようでただただ無言のまま時間が流れていく。ベッドの上に座っている水戸くんがたまに動くとギシギシと軋む音がして、本当にそれ以外は静かで何の音もしなかった。


『あの、ね……』


あまりに沈黙が続けば口を開くのが怖くなっていく。勇気を出してそう言えば水戸くんはベッドにあぐらをかいて座りながら「おう」と答えてくれた。


『地味で華やかさに欠けるって…言われたの…』


ただその一言を伝える自分もどうかと思うし、それに何かアドバイスを貰おうとする自分もどうかと思う。彼は業界人ではないし、この話をするのであれば一から事細かく話をしなきゃいけない気もする。それなのにうまく説明できなくて、次に口を開いてもやっぱり「地味かな、私…」とそんなことばかり言ってしまうのだった。


「んなことねぇけど…誰に言われたの?」

『雑誌の編集長…本当は予定されてた特集も表紙も全部無しになったの…』


ここまで言ってやっぱりガクッと項垂れてしまう。自惚れていたのだろうか…勘違いしていたのだろうか…のぼせ上がっていたのだろうか…トントン拍子に進む物事に楽勝だと思っている自分がいたのだろうか…いや、いないはずなのに…


『可愛いけどどこか地味で、華やかさに欠ける…なんだか自分自身を全否定されたみたいでビックリしちゃって…』


水戸くんは黙って聞いてくれた。少し間が空くなり口を開いてくれる。


「その人がプロなのかもしんねぇし、俺にはさっぱりわかんねぇけどさ…」

『うん…』

「あの日、俺にはすげぇ輝いて見えたんだよ。一歩踏み出そうと…勇気を出そうとポストの前に立っているなまえちゃんが。」

『あの頃の、私が…?』

「あぁ。あの日からずっと今の今まで、俺にとってなまえちゃんは何よりも輝いてて綺麗で、すげぇ可愛い女の子だよ。」


言われた瞬間胸の奥がドキッと音を鳴らして脈を打った。泣きたくて再び溢れそうだった涙は引っ込み、かわりに顔がみるみるうちに熱くなっていく。


「何をどう変えたらいいのか全然わかんねぇしアドバイスもできねぇけど…立ち止まっちゃダメだ。」

『………』

「君は夢を追う姿がよく似合う、素敵な女の子なんだから。」


だから踏ん張れ。きっと道はある。


水戸くんがそう言い終わった頃、私の頭の中はパンク寸前であった。水戸くんに目を向ければ「応援してるから」と笑ってくれるけれど、そんなの追い討ちをかけるだけで今の私にとっては「ありがとう」じゃ済まないセリフである。あぁもう…どうしてこんなに……


『無理かもしれない…』

「えっ…そんな…諦めるなよ…、大丈夫だ、絶対になんとかなるし、それに…」

『違う…』


へ?とキョトンとした顔をする水戸くん。


言わずにおきたいけれど、言ってしまいそうな自分がいて彼を困らせる自分が容易に想像がついてどうにかこの場を切り抜けたい。けれども高鳴る鼓動を抑え切れず結局私は口にしてしまうのだった。


『水戸くんと友達でいるの…無理かも…』

「…えっ、俺、なんか気に触るようなこと言った?」


だったら謝るよ、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ…と必死な彼を見て余計に心臓が痛くなる。


『そうじゃないよ。』

「えっ…じゃあ、どうして…」

『好き…』


私の一言を聞いて水戸くんは固まった。


こんな状況なのに、頭のどこか冷静な部分で「随分自分に自信が持てるようになったなぁ」と感心する自分がいる。それはオーケーを貰えるとかそういうことではなくて、思ったことや感じたことを素直に口にして、悩み事を誰かに打ち明けたり、そんな人間らしいことが出来るようになったんだなぁという、昔の自分と今の自分とを比較したところからくるものであった。


「本気で言ってんの…?」

『うん…』

「モ、モデルさん…だろ…?そんな、俺みてぇな一般人なんか…」

『水戸くんだから好きなの…迷惑だよね、ごめん…』


別に何かを求めているわけではなかった。そりゃもちろん同じ気持ちであれば嬉しいけれど、こんなにかっこいい人に彼女がいないってこと自体可能性が低いように思えるし、いくら前から知っていたとはいえ再会してから会うのだってまだ二度目で…


「本気なら…俺も本気で答えるけど…、」


それでも答えをくれるというのなら途端に緊張してしまう自分がいるし汗をかいた掌をグッと握っている自分もいる。


「俺も…好きです。」

『えっ……?』

「出来ることなら…ずっと近くで守っていきたいと思ってた。」











君は恩人、そしてなにより強い味方


(付き合いたいです…お願いします…)
(本当に俺でいいの?)



後編→
















Modoru Susumu
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