花形視点
藤真の様子がおかしいのは今に始まったことではない。最近で言うのならみょうじが倒れた日も朝から様子がおかしかったし、その理由の全てはあの子なんだとわかってはいるけれど。
「.....俺はな、見た目だけの男じゃねえんだ。」
沖田という吹奏楽部部長の長身イケメン。成績はいまいちらしいがとにかく音楽をこよなく愛しているようで高野曰く結構モテるらしい。それにみょうじを選ぶときたではないか。こりゃ見る目もありそうだし藤真にとって中々のライバル出現だと思ってはいた。そして藤真は突然冒頭のような台詞を吐き出しては「綺麗なのは顔だけだぞ」とかなんとかひとりで誰かに向かって呟いている。
「やる時はやるんだからな....ふざけやがって....」
やる時はやるその手段が、俺は結構荒っぽいんじゃないかと心配になるのだけれど。オーケストラまで日がないとなれば藤真が何かアクションを起こす以外に阻止する方法はない。みょうじが藤真をどう思っているか俺にはわかりかねるけど、どうかいい方向に進んで欲しい、とばっちりを受ける羽目になる部員たちのためにも.......
「藤真......?」
オーケストラを二日後に控えた放課後、部活へ行く前の俺は中庭で監督でもある藤真を見かけた。何やら神妙な面持ちで......もしや、みょうじに告白でも.....?!と慌て始めた俺がコソコソと隠れてその場を盗み見れば、藤真の前に立っていたのはみょうじではなく、あろうことか沖田本人だったのだ。
アクションをかける相手がみょうじではなく沖田だということに完全に焦りを感じた俺がいつでも助けに行けるようにと姿勢を変えてスタンバイする。いつもの監督の時のように冷静な藤真ではなく、みょうじのこととなると熱くなり前が見えなくなる暴力的な藤真が沖田に襲いかかることが必ずしも無いとは言い切れない。
「.....やめてくれないか、なまえの周りをウロウロすること。」
いつ何があっても必ず俺がなんとかすると勝手に誓っていた俺の耳に入ってきたのは、普段の監督モードの時よりももっと落ち着いた冷静な藤真の声で。そう言い切ると沖田に「頼むよ」と頭を下げていた。
「....なんで藤真が?みょうじさんとどういう関係なの?」
「なまえにとって俺はただの幼馴染だ。でも俺にとってのアイツは違う。だから、手を出さないで欲しい。」
藤真はそう言って再び頭を下げた。あまりの格好良さと潔さになんだかこっちが面食らってしまう。
「....好きなの?みょうじさんのこと。」
「あぁ。もう、こんな餓鬼の頃からずっとな。」
藤真はそう言って自分の腰あたりに手を出していた。
「えぇ.....あの藤真がみょうじさんと幼馴染で、しかも好きだったなんて、全然わからなかった....」
「嫌がるんだよ、俺と幼馴染だってことを周りに知られるの。俺は別になんだっていいんだけど。」
沖田は一生徒として当然の感想を述べていた。とにかくこうなった以上、学校中のモテ男である藤真と、どちらかといえば地味な感じのみょうじが繋がっていたということ自体、そもそも驚くべきポイントなのだから。そしてあの藤真が彼女のことを「好き」だと言うではないか。
「そっか....藤真がみょうじさんのこと......好き......」
「そうだ。もうわけわかんねぇくらいな。」
だからオーケストラは行かないで欲しいし、必要以上に仲良くしないで欲しい
藤真のその言葉に沖田は「知ってたんだね」と笑った。
「まぁ....我儘言ってるってのは分かってる。人を好きになるのは自由だし、俺にそれを止める権利がないってことも。でも、俺にはアイツじゃなきゃダメなんだよ。沖田に他の子にしてくれって言うのは違うのかもしれねぇけど......」
なまえだけは、絶対に譲れないから......
藤真のその言葉は何故だかとても心に響くものであった。聞いてる俺ですら身を引こうと思ってしまうくらい。あの藤真が、引く手数多でファンクラブも存在する藤真が、ひとりの女の子の為に必死になって何度も何度も頭を下げるのだから、無理もないのかもしれないけれど。
「....そっか。藤真の大切な女の子なんだね。」
「そうなんだよ。」
「じゃあ、俺が入る隙は無いのかなぁ........」
沖田という男は吹奏楽部のみならずだ。奴が藤真並みとは言わないが、それでも女子にモテる理由がわかった俺はほっと肩を撫で下ろした。「握手しようよ」と沖田は藤真に手を差し出していた。
「お、おう.....」
「藤真、よかったよ。今ならまだ、引き返せる気がするから。」
沖田はそう言って「頑張ってね」と笑って藤真の元を去っていく。藤真の大きな瞳がその後ろ姿をとらえると「ありがとう」と声をかけた。
「....本当に、ありがとう。」
「....どういたしまして。その代わり、必ず結ばれてね。」
「...よし、今日の練習はここまでだ。」
その日、藤真はいつも通り練習を終えると心なしか機嫌が良さそうな顔で着替えていた。苛立つ理由も機嫌の良い理由もその全てにあのみょうじがいると思うと、彼女はただの「幼馴染」、されど「幼馴染」なのだと、何故だか俺が実感させられるのであった。
顔のみならず、真の男前(....にしても、沖田は沖田でいい男だったな....)