彼視点







気にいらねぇ、気にいらねぇ........


「...藤真、何かあったのか?」

「なんでもねぇよ、たらこ唇。」


あぁ、むかつく。なまえが俺以外の男に笑いかけてるだなんて今まで生きてきた十八年間の間に一度でもあっただろうか?....いや、あったな。あったけど、でもそれとこれとはちげぇっつーか...


「たらこ唇.......」

「落ち着け高野、気にすることじゃない。藤真は今苛立っているだけだ。」


俺の言葉に面食らった高野がどんよりと落ち込む中、花形の奴がいつも通り「まぁまぁ」と間に入っては高野のフォローに徹している。もうそんなことどうだっていいんだよ。高野のたらこ唇も永野の変な髪型もどうだっていい。


「....そういや、花形。お前いいのか?」

「....何がだ?」


練習終わりに苛立ちながら部室で着替える俺の耳にどうでもいい高野の声が入ってくる。右から左へ受け流していたその声が次の瞬間俺の脳内でピタッと止まるのだから恋とは恐ろしい。


「みょうじさんだよ、お前が助けたみょうじさん。」


花形に向けてそう言った高野は衝撃を喰らい手を止めた俺なんて気にもせずに「いいのか〜?」とおちょくるような口調で花形に話しかけている。一瞬チラッとこちらを見た花形が「何の話だ?」と聞き返していた。


「何の話って...お前、仲良いんだろ?」

「みょうじとか....?いや、仲良いってわけじゃなくて....」


どこか遠慮がちで誰かに気を遣っているような雰囲気の花形が「俺」という存在を使わずに必死になまえとの関係を説明しようとしている中、高野はそんな話聞きもせずに「沖田にとられちまうぞ」と言い放った。


「お、沖田.....?なんで、沖田......?」

「沖田、みょうじさんと仲良いんだよ。塾が同じらしいんだけど、みょうじさん音楽に興味あるらしくって、今度一緒にオーケストラ聴きに行くとか!」

「....ぶっ!!」


たまたま鞄に忍ばせていた多めに買いすぎた野菜ジュースのパックを飲みながら「みょうじ」という名字に過剰に反応してしまう自分を自分でなだめていたら、高野のそんな声が耳に入り俺は目の前の永野へと野菜ジュースをぶちまけてしまった。しかも口から。永野は信じられないといった顔で紫色に染まった自分のワイシャツを眺めていた。


「ど、どうしたんだよ藤真....!」

「藤真........」


慌てる高野と絶望したような顔で俺を見る花形。なんとなく予想していたそれが現実になった瞬間、俺はどこからか湧き出てくる殺意で心の中がいっぱいになりちょうど空になったパックを片手で握り潰した。クソ野郎が.....クソ野郎が.......!!


「....いいのか、花形。彼女、とられちゃうんじゃねぇの?」


ジッと視線を花形に向けて俺がそう言えば高野は「そうだぞ」とどこまでも乗り気で花形は「そ、そうだな....」と呟いていた。目は完全に泳いでいるし早くこの場から逃げたくて仕方ないって顔してる。


オーケストラ......。生憎縁のないそのカタカナが俺を苦しめることになるとは.......。


「どうするんだ、藤真.......」


帰り道、並んで前を歩く高野と永野に聞かれないようコソコソと花形が耳打ちしてくる。


「どうするもこうするも....潰す以外ねぇだろ。」

「そんな物騒な.....!手を打った方がいいのはわかるが.....あまり焦って乱暴な手を使うのはよした方が......」


花形の忠告なんて聞いてやらねぇよ。こうなりゃもう手段は選んでられねぇ。あのチラシに書いてあった日付は今週末。正直言ってマジで時間がねぇ。静かに二人っきり、特別な空間でいい音楽聴いていいムードになんて....させてたまるかってんだ。














「なまえ、朝だぞ〜.....」

『....もう朝....、おはよう....藤真....』

「おー、おはよう。」


相変わらずひょこっと目だけ掛け布団から出したなまえは俺を見るなりまた朝が来てしまったことに嫌な顔をする。もっと寝てたいよな、俺だって同じだよ。


机の上にはこの間のオーケストラのチラシとその上には座席番号まで書かれたチケットが二枚、置いてあった。


「....これ、良い席なのか?」

『S席だから結構良いと思うの。』

「へぇ........」


なまえはモゾモゾと起き上がるとベッドの上に座り眼鏡をかけた。眼鏡の奥で何度か瞬きを繰り返し重いまぶたを開けようとしている姿がすげぇ可愛い。あぁもう、朝から心拍数が.....。


『でも、行けなくなっちゃったんだよね、友達。』


急に断られてさ....と呟いたなまえはどこか残念そうで「そのチケットどうしよう...」と続けた。


「どっかに売れば?良い席なんだろ?」

『でも公演明日だよ?多分売れないよ.....』


残念そうに下を向くなまえは「服まで買ったのに...」と呟いた。確かにオーケストラやクラシックのコンサートに行くと聞いて思いつくのは綺麗に着飾ったいわゆるドレスコード的なもので、もしやドレスを買った...?!と俺が部屋をキョロキョロすればクローゼットの取手部分にハンガーでかけてある服があった。


「....あれで、行く予定だったの...か........」

『うん、持ってなかったから買ったの。』


そこには花柄のワンピースが掛かっていて、少しだけ丈も短いような気もして.....。下には箱の上に淡い色のヒールも置いてあって、まさかこの格好で男と二人で出かける予定だったと思うと俺は全身鳥肌に包まれた。うおぉ、さぶいぼが止まんねぇよ......


「ま、まぁ....そういうことも、時にはあるんじゃねぇの.....?」

『....あ!そうだ!行く人見つけた!』

「えっ......?」


ハッと閃きニコニコと笑い出すなまえに俺の頭には二通りの選択肢が浮かぶ。ひとつは他の友達でオーケストラが好きそうな子を見つけた。しかしそれが男なのか女なのかはまだわからずかなり危険。


そしてもうひとつは........この俺を........?!


『お母さんと行けばいいんだ!そうだそうだ!』

「.....そ、そうだな。それがあったな。」


......ま、まぁ、俺の知らねぇ性別不詳の友達よりかはおばさんとならいいだろう。


『藤真朝練は?遅れるよ?』

「.....あ、そうだ....行ってきます.....。」


とりあえず一安心した俺が部屋を出て行こうとした時、後ろから「頑張れ、監督」と声がした。


「.....あぁ、任せろ。」






一難去ってまた一難


(....とりあえず、沖田はやっつけた。)



沖田くんは沖田総司からとりました!(笑)






Modoru Susumu
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