恋敵撃退編







文化祭が近づくにつれなまえは洋平のマンションへと遊びに来る回数が減っていった。仕事帰りに「元気か?」と連絡をした日もあったが「元気は元気ですがじろちゃんのせいで...」とツラツラ続いた文章を見てすぐさま削除してしまった。とにかく、文化祭の日付だけ覚えておいた洋平は指の関節をポキポキ鳴らしながら母校である湘北へと向かった。


なまえちゃんの望み通りかは知らねぇが、やけに晴れたこのいい天気がむかつくんだよなぁ...


洋平は無表情でスタスタと母校への道のりを歩く。門を潜るなり「よかったらどうぞー」なんてチラシをたくさんもらってしまう始末。早くお目当てのなまえ考案、なまえ命名、「こんな暑いのに!焼きたてワッフルいかがでしょうか?」という名の屋台へと足を運びたいのだが....。


「お兄さんよかったら遊びに来てくださ〜い!」


元々の顔がいいことに加え、ヤンキーの象徴であった短ランやリーゼントを止めた洋平はすっかり22歳の年相応のお洒落なお兄さんとなっていた。女子高生からは明らかに年上男子であることに加えてこの見た目だ。客引きの係に集られた洋平は困った顔でチラシを全部受け取った。


「ったく...最近の若い子は勢いがスゲェな...」


明らか1年生ではないような少し化粧の濃い女子生徒にも集られた洋平は香水臭さに顔をしかめた。ガキがイキがってんじゃねぇよ...と思いながらもハッとする。自分の彼女は絶対的に1年に見えないこの子たちよりもさらに若くて自分の言う「ガキ」なのだ...と。洋平はひしひしと感じる歳の差にハァと肩を落とした。


別に悪いことをしているわけじゃない。正式に付き合ってるわけだし...


と、今更ながら言い訳を始める洋平はなんとかワッフルのいい匂いがする屋台へと辿り着く。店の前へと立つなり「いらっしゃい!」と聞き慣れた声が聞こえた。


『うわぁっ!よ、洋平くん.....!!』


洋平は久しぶりに見るなまえの姿に不覚にも胸をときめかせていた。普段あまり化粧気のないなまえだが今日はバッチリとメイクを施し髪もふわふわと巻いている。頭にはクラスみんなでお揃いなのか後ろでワッフルを焼いてる女子生徒と同じように細いカチューシャをつけていてスカートの丈はなんだか普段より短い。


「....なんだか雰囲気違うな。」

『えっ、そう?ど、どうかなぁ.....?』


可愛いと言ってやりたいけれども、自分以外の男も多くいるこの場で、こんな格好をさせるのは...自分の「男」としての部分がそんななまえを許すはずもなく。洋平は「スカートの丈が...」と言いかけて隣の生徒に目を向けた。やけに視線を感じるからだ。


なまえの隣に立ちこちらを見つめているのは男子生徒で。随分と背が高く整った顔をしており目が合うなりキラキラと輝いた瞳に変わったではないか。


「....あ、あのっ!!み、水戸洋平さん...っすよね...?」


何故だか自分の名前が出てきて不思議に思った洋平が頭の中はなまえの短いスカートから見える魅惑的な白い脚でいっぱいの中、コクッと静かに頷けば、その男は「かっけぇ...」と呟いた。


はて?こんな知り合いは居ただろうか?見覚えがあるような...ないような...


『なに?じろちゃん、洋平くんと知り合いなの?』


なまえの声を聞くなり洋平はピタッと動きを止めた。そしてやっとのことで頭の中からなまえの魅力的な白い脚を追い出し、「じろちゃん」と呼ばれていた男の存在を思い出す。そうだ、忘れていた。コイツがあの、じろちゃん.....。


今だって隣にいることを面白くないと思った洋平が無表情でじろちゃんを見つめる。そんなじろちゃんはなまえの方を向くなり「お前こそ...!」と呟いた。


「お前こそ...どういう関係だよ?!洋平くんだなんて馴れ馴れしい...っ!」

『えぇ〜?なに?洋平くんのファンなの?わかるけど!めっちゃわかりみだけど!』


でも馴れ馴れしいっておかしいよ!なれなれしくて当たり前だよ!となまえは両手を腰に当てて偉そうに威張っている。


「え?どういうこと?」

『だって、私の彼氏だもん。』


なまえはそう言うと洋平を見て「ね?」と同意を求めた。洋平は無表情でじろちゃんを見つめたままコクッと静かに頷く。するとじろちゃんはキラキラした目をガッと見開いて驚いたような顔に変えて洋平を見つめた。みるみるうちに顔は青ざめていき次第に額から汗がにじんでいる。


『じろちゃんこそ、どういう関係なの?憧れ?』

「あ、憧れ.....昔、助けてもらった.........」


かなり焦りながらもカタコトで返すじろちゃん。そのカタコトを聞いた洋平はじろちゃんの正体を一瞬で見破ったのだ。


「お前、野間の弟だろ。」

「(ギクッ......)」


じろちゃんは無表情でそう言った洋平に向かってビクビクしながらも「はい...」と答えた。


『野間って...嘘?!あのチュウくんの弟なの?!』


じろちゃんこと野間忠二郎は、桜木軍団のチュウこと野間忠一郎の6個下の弟であり湘北に通う一年生。そして何より彼は、幼い頃兄の友達であった洋平に助けてもらった経験があり勝手に洋平に憧れていたのだった。


そして、そんな彼はまた、入学するなりいつも明るいみょうじなまえという同じクラスの女の子に惚れ、必死に振り向かそうと努力していた普通の男子高校生であった。なまえには彼氏がいると分かってはいながらも、いつも楽しそうに彼氏のことを話すなまえの話を聞く限り、一方的になまえが思っているだけのような気がして、ぐいぐい攻めていた最中であった。


兄の忠一郎にそれを話すなり最近彼女が出来たと噂の「水戸さんにアドバイスもらってきて!」とお願いしていたのだった。しかしあの日、洋平はなまえのことで頭がいっぱいで野間の話なんてこれっぽっちも聞いていなかった為、アドバイスなんて全くなかったのだ。野間は帰るなり弟に「洋平は年下彼女で頭がいっぱいでそれどころじゃねぇんだ」と伝え、忠二郎は「水戸さんに思われるその彼女...羨ましい...」と男ではあるがそんな彼女を羨ましがっていた。


そして野間はこんなことも伝えていたのだ。「洋平は案外嫉妬深くて、恋路を邪魔する男がいるならばソイツの命は無さそうだ」と。忠二郎はそんな意外な一面も持つ洋平にも憧れを抱き「好きな女の為なら容赦しねぇってか」とますます洋平を尊敬していたのだった。


だからこそ、結びついた瞬間、心の底から湧き上がる恐怖に怯えていたのだ。忠二郎は震えながらゆっくりゆっくりとなまえと距離を開けた。このままでは命が....と危機感から掌も汗でびっしょりだ。


「....大きくなったな、忠二郎。」

「(ヒィッ......!!)」


洋平は忠二郎の顔を見てなんとなく感じていた既視感を、「昔助けてもらった」という言葉で確信に変えた。最後に会ったのはだいぶ前だったが自分にやけに懐いてくれていたのを覚えている。そして聞いてないフリを見せながらも実はちゃんと聞いていた洋平はファミレスでのチュウの話を思い出す。


「兄貴から聞いた。好きな子が、いるんだって?」


洋平はそう言って忠二郎を見る。汗びっしょりの顔した忠二郎は下を向いていた。


「その子、彼氏とうまくいってなさそうなんだってなぁ。」


洋平の言葉になまえは「じろちゃん好きな子いたの!」とパァッと顔を明るくして喜んでいる。


「きっとお前の方が「いい男」だよ.......頑張れよ。」


そう言って洋平は忠二郎の肩にポンと手を置いた。無表情、感情を何処かへ置いてきたかのような洋平の雰囲気に忠二郎は身震いしながら「すみませんでした!!」と必死に謝った。


『へ?なんで謝るの?じろちゃん?!』

「なまえちゃん、チョコのワッフルひとつ。」

『あ、うん!すぐ用意するね!』


忠二郎は土下座した。慌てるなまえの声なんて聞かず「すみませんでした!」とひたすら謝ったのだった。










敵は残らず潰しておく


(...これでじろちゃん排除っと)




伝説のいるかいないか定かではない野間の弟、忠二郎(笑)




Modoru Susumu
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