グッバイ、純情 (豊玉)







『実理、私妊娠したっぽい......』

「.......はっ?!」


神戸市のとあるマンション。なまえが借りたその部屋に呼び出された幼馴染の岸本は部屋に上がるなり開口一番聞かされたセリフに目を見開いて固まった。次第に喋る気もないのに口がガクガクと震え出し情けないことに掌は汗でジトッと湿っている。


「.....なっ、.....おまっ.....、あー........」


まず最初に正直に「誰の子や?」と問いたい気持ちがあったが、先日長く付き合っていた南と別れたばかりのなまえにそんなこと軽々しく聞けやしない。別れた後散々遊び歩いて誰の子かわからんなんてことになっていたらと思うと岸本は何からどうやって声をかけたらいいのかうまく言葉にできなかった。


『....南や。南で間違いない。』

「....あ、そ、そうなん....やっぱりな......」


そや。なまえはフラフラ遊び回る女の子やない。何を疑うような真似して.....


岸本は心の中で何故だか安心しながらも、今のこの状況にはちっとも安心できないと再び慌て始めた。何を隠そうなまえと南はひと月ほど前に別れたのだ。岸本を含めた三人は幼少期からの幼馴染であった。岸本と南の家は数秒の距離にあり、そこから少し離れた場所に位置するなまえの家。元々親同士が仲が良かったこともあり三人は幼稚園から高校まで全て同じ場所に通い何をするにも一緒であった。


南となまえは中学時代から恋人同士となり間に岸本を置いて友達のような仲の良いカップルとして巷では有名であった。実家を継ぐ為、薬科大を出て南龍生堂の店主となった南とは反対に四年制の大学を出たなまえと岸本は偶然にも神戸市に就職を決め、なまえと南はここ数年の間、大阪と神戸を行ったり来たりしながらの生活であった。


しかし二十代も後半に差しかかり、そろそろ結婚を考え自分の元へ戻ってきてほしい南とまだまだ神戸で仕事を頑張りたいなまえとの間で溝が生まれ始め二人はとうとう別れることを決意したのだった....が。


「ど、どうするか....一緒に考えようや....南にも連絡して....」


そう言って岸本が携帯を手にした瞬間なまえは「やめて」とひとこと言い放つ。岸本の手から携帯を奪い取ると「南には秘密や」と言うではないか。


「な、何を言うてるん....?南の子なんやろ?いくら別れたからて....俺ら元々幼馴染なんやし、南かてそこまで薄情者やないで....?」

『....南に言えば、ほな結婚するかて言うかもしれん。でも私、それを理由に南を振り回したくないねん。』


私らはもう終わってるんや。


なまえはそう言って岸本の携帯をテーブルの上に置いた。「言わんといて」とお願いするように岸本に頭を下げる。


「ほ、ほな....どうするん....南に秘密にするんやったら....」

『....堕ろしたくもない、今日エコー見せてもらってん。』


産婦人科行ったらな、こんなちっちゃいのにもう立派に心臓動いてんねんで。あんなん見たら無理や。


なまえはそう言って目に涙を溜める。そんな彼女を見て岸本は「だったら!」と声を上げた。


「産め。なまえ、産むんや。」

『....実理....私、大丈夫やろか.....?』

「赤ん坊は片親でも十分生きていけるやろ。なまえが産むんやからその子はなまえの子や。相手が誰とか関係ない。ここで堕ろしたら一生後悔すんで。」


岸本はそう言うと「俺もいるやん」と続けた。


「こんなガキの頃から一緒にいた俺が隣にいるやんか。その子の父親やないし親になることもできひんけど、なまえの力になるから。安心して産め!」


岸本はそう言うとなまえのまだまだぺたんこなお腹に向かって「ママの友達やぞ。おっちゃんでもなんでも好きに呼んでええから、無事に産まれてこいよ〜」と優しく声をかけた。


『ありがとう....実理....ほんまにありがとう....』

「困った時はお互い様や。転んだり体冷やしたり無理したりすんなよ?」

『めっちゃ頼りになるやん......』














なまえは里帰りで元気な男の子を産み産休が明ける頃に神戸へと戻って行った。幸い大阪にいる間、南に会うことはなく子供の存在や出産したこと自体を知られることもなかった。なまえの両親は子の父親についてあまり詳しく聞かなかったが大体はお見通しであった。それでももう立派な大人である娘の意思を尊重し、南家に何かを言いに行くような真似はしない。なまえの両親は頻繁に神戸へと足を運び、普段保育園に預けられている初孫をそれはそれは可愛がった。


『実理、助かったわ。ありがとうな、ほんまに....』

「かまへん。逆に飯作ってもらって悪いな。」


岸本は当初の宣言どおりなまえの力になれればと父親よりも濃くなまえの息子の世話に勤しんだ。今日は残業があり少し遅くなるなまえから連絡を受け代わりに保育園へとお迎えに行ったのだった。家へと着くなり二歳になったばかりのなまえの息子と戯れ合うようにして遊び、慌てて帰ってきたなまえが作った夕飯をご馳走になるといういつもの流れが出来上がっていた。


「ええなぁ、料理上手なママでなぁ。いっぱい食べるんやで。」

『実理ほんまに子供の扱い上手いよなぁ。』

「そうかぁ?めっちゃ可愛がっとるだけや。」


なまえは日に日に仲を深める二人を見てなんとも言えない気持ちでいっぱいであった。頼りになる存在でありこれからもできれば力を貸してほしいと思う。けれども実理には実理の生活があるわけで。こんなことしてたらいつまで経っても実理にはプライベートの時間が無いなぁ...と、なまえはそれなりに悩んでいた。


「そや、今度の連休実家に帰るんやけどなまえも来るか?」

『お、そうなん?ええなぁ、たまにはおばあちゃん家行こか?』


二歳の息子に問えば「んー」と返事が返ってきた。













『見ない間に店変わったなぁ?』

「そやそや。全然知らへんかった。」


なまえは息子と手を繋ぎ、その隣に岸本を連れフラフラと商店街を散歩する。怖くて龍生堂の近くには寄れない為、自然と反対方向へと歩いていたはずなのに何故だか目の前からよく知った顔が歩いてくるではないか。


「....なまえ?....と、岸本.......」

「....南....」


ピタッと目の前で立ち止まった男は随分と久しぶりに見る幼馴染でなまえの隣に立つ岸本は警戒した顔で様子を伺っている。


「久しぶりやな......その子、どしたん?」

『息子や。』


なまえは間髪入れずにそう答える。その潔さに岸本は隣で静かに驚いていた。目の前の男、南烈はその答えを聞くなり驚いて「は?」と声を出す。


「息子て....なまえ、いつの間に結婚してん?」

『結婚はしてへん。せやけどこの子は息子や。ほな、急いでるから。』

「.....待てや。」


なまえは足早にその場を去ろうとするものの南はそれを阻止した。なまえの腕を掴むなり「どないやねん」と言う。


「いつからそんな女になったんや。結婚はしてへんけど子供は産んだって....随分変わったなぁ?」

「南.....!!」


なまえには南の心理が手に取るようにわかった。自分とは結婚について揉めた結果別れたはずなのに、自分の知らない間にいつの間に子供を産んでいたことが納得いかないのだろう。それ故になぜか結婚はしていないと言うのだから、自分と別れた後に散々男と遊んで顔も知らない男の子を産んだとでも思っているのだろう。南なら考えそうだとなまえは頭の中で推理する。馬鹿にしたような言い方もきっとそのせいだ。


『やめや、実理。行くで。』


今にも殴りかかりそうな岸本の腕を引っ張りなまえは南の前を去った。時々転びそうになる息子が母親であるなまえを見上げニコッと笑うもんだからなまえは不覚にも泣きそうになった。











世の中には言わなくていいこともある


(ムカツク...あんのクソ野郎...)
(知らぬが仏だよ、実理。放って置こう。アイツは家族じゃないし父親でもない。)
(....そやんな。偉いななまえ、大人やな....)







Modoru Susumu
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