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とある日、流川は仕事が終わるなり速攻で帰宅する。家の中で珍しく落ち着かない様子を見せ今日何度目かの時計を見るなりハァと息を吐いた。


今朝「行ってくる」と少しだけ不安そうな顔をして出て行ったなまえの顔が頭から離れやしない。「頑張れ」と一言だけ声をかければ「うん」となまえは振り向かずに答えた。


大丈夫だろ、アイツなら.......


そんな時だった。流川の携帯が部屋に鳴り響く。慌てて「はい」と出れば電話の主はえらく興奮しているようだった。


『楓ちゃんっ....!!』

「....どうだった、」


ストレートに聞いていいものか悩んだが「受かった」か「落ちた」かの二択しか無いのだから。流川は自然と握り拳に力が入る。


『......受かった!』


電話の主、なまえはそう言うと「受かったの!楓ちゃん!グランプリだよ!」と嬉しそうに叫ぶ。


「よかった......」


そんななまえとは裏腹に静かに喜びを噛みしめる流川。あまりにも安心したような気持ちのこもった流川の「よかった」という呟きに、電話の向こうで叫んでいたなまえは静かになり「ありがとね」と呟いた。


『ありがとう、本当に。楓ちゃんのおかげだから。』


高校二年の冬を迎えたなまえは相変わらず流川の家に出入りしていた。全く家へ帰らないわけではなく、時間が経つにつれ父である花道との距離感も徐々に元に戻りつつあった。しかし互いに進路の話を持ち出すことはなく、絶対的に地元で就職するよう薦めてくる考えを曲げない花道と、モデルになりたい一心のなまえは結局意見が噛み合わないままであった。


そんななまえはついこの前、流川と共に実家へと顔を出し「オーディション受けるから」と花道と晴子に宣言したのだった。眉間にシワを寄せた花道は何も言わずに自室へこもってしまったし晴子は困ったように眉を下げながらも「応援してるわね」と笑ってくれた。その最終選考が今日だったのだ。


「....さっさと帰ってこい。待ってる。」

『うん!そうする!寝ないで起きててね。』


なまえの声を聞くなり「うす」と呟いた流川は電話を切った。携帯電話をローテーブルの上に置くなり喜びがこみ上げてくる。ひとり、ソファに腰掛けていた流川はぼうっと天井を見上げた。夢が叶うということはいつになっても素晴らしい、だなんておじさんくさいことを思うようになった自分に苦笑いが漏れる。


かつて自分もそうだった。なりたいものがあって、目標としているものがあって、倒すべき相手がいて。その全てを一つずつクリアしていくたびに、自分には自信がついたし、何より最高に嬉しかった。幸せだった。生きてるんだって実感出来た。努力を積み重ねた結果体験することのできたその「幸せ」を、今自分にとって一番身近な存在であるなまえが掴み取ったと思うとやっぱり喜ばずにいられない。


『ただいま...楓ちゃん!!』


走ってリビングへ入ってきたなまえを、流川はソファから立ち上がるなり思いっきり抱きしめた。


『受かったぁ.......』

「おめでとう.....なまえ。」


流川の腕の中でなまえはポロポロと涙を流した。幸せを閉じ込めた綺麗な涙が溢れ出すたびに、流川は優しくなまえの頭を撫で続けた。


「よく、頑張ったじゃねぇか....」














「おいおい、モデルさんよ。スカート短ぇんじゃねぇの?」

『ミッチーどこ見てんの?訴えるよ?』

「....あのなぁ。俺は教師なの!!」


なまえは雑誌の専属モデルとなるなり瞬く間に人気を爆発させた。当初は売名行為を避けるため桜木花道の娘だということは秘密にしていたが人気が出るなりどこからか次第にバレてしまい、あのバスケット界のスーパースターを父に持つ最強のスタイルを誇るモデルだとたちまち評判になったのだ。それはもちろん湘北の生徒や教師たちにも知れ渡り......一番最初になまえを芸能人扱いしたのは何を隠そう三井であった。


「でもよかったのかよ?あんな仲良かったのになぁ、水戸の息子と。」

『いいの。私そんなに器用じゃないから、結局傷付けちゃうだけだし.....』


なまえは洋平の息子との別れを選んだのだった。「これからもずっと応援してるよ」と笑って背中を押された時なまえは柄にもなくボロボロ泣いた。「ありがとう」を何度連呼したかわからない。水戸は父親に似てとても優しく男前な性格で彼女が夢を叶えたと知るなりさっと身を引いたのだった。


「んまぁ、今後は引く手数多だろうな。いろんな男から声かけられんだろ。気を付けろよ?男はみんな狼だかんな?」

『ミッチーなんかやらしい。黙ってて。』

「あのなぁ!!とりあえずオメェはスカートの丈直せってんだ!!」













『楓ちゃん、遊びに来たよ。』

「おー」


なまえは夢を叶えるなり花道の「帰ってこい」との言葉に完全に実家へと戻った。自力で夢を叶えたなまえに花道はもう何も言わなかった。晴子は「頑張ったわね」と笑顔で迎え入れてくれてなまえは玄関先で思い切り泣いた。


流川との関係は曖昧で言葉にするのは難しい。苦しい時に助けてくれた恩人にして元々憧れの人物であり自分の住む世界での大先輩だ。気まぐれで遊びに行けばいつもソファに座って視線を向けずに「おー」と返事をしてくれる。在宅中は家の鍵をかけない流川の部屋には無言で勝手に入っていいことになっているため、いきなりなまえがリビングへ現れても流川はとくに反応を見せない。なまえがいる日常にすっかり慣れてしまったのだ。


「仕事....してきたのか。」

『うん、今日の撮影早く終わったの。』


よく見ると流川の座るソファのローテーブルにはなまえが初めて表紙を飾った専属モデルを務める雑誌が置いてあった。なんだ、チェックしてくれたんだ...と嬉しくなるなまえは流川にバレないところでクスクスと笑った。


「腹減った。なんか作れ......」

『仕方ないなぁ。冷蔵庫の中のもの使うからね?』

「おー」


手慣れた様子でキッチンへと向かうなまえの後ろ姿を見て流川はいつかのように胸が熱くなった。


「なぁ、なまえ。」

『どうしたの?楓ちゃん。』

「.......戻ってくれば。」


流川はそう言うと「ここに」と付け加える。なまえはエプロン姿に包丁片手。手を止め流川の方を向くなり「へ?」と間抜けな声を出した。


「嫌ならいいけど.....」


流川の言葉になまえはクスクス笑い出し、「寂しがり屋だね」と言った。


『私がいなくなって寂しくなったんでしょう?』

「別にそんなんじゃねーよ。」


そうかなぁ...?と首を傾げ再び野菜を切る作業に戻ったなまえ。曖昧なままにされた自身の一種の告白に流川は腹を立てなまえの後ろ姿へと近づいていく。


『.....うわっ?!』


持っていた包丁を奪い取られまな板の上に置かれたと思えば優しく包まれるように後ろから抱きしめられた。ふわっと香る流川の匂いになまえの心は何故だか安心感を覚える。


「....ここはお前ん家でもあるだろ。」

『そうだけど....ど、どうしたの?楓ちゃん、なんだか変....』


なまえはそう言って胸の高鳴りを落ち着かせようと静かにゆっくりと長く息を吐いた。


『楓ちゃ、ん.....?なんだかおかしいよ.....』


ギュッと抱きしめたまま離さない流川。


「おかしくさせたのはオメェだろ....」


責任とれよ、と耳元で囁かれなまえの肩はビクッと跳ねた。好きとかそんな感情を通り越して流川楓というひとりの男に体が反応してしまう。


『楓ちゃん...?』

「手元に置いておきてぇんだよ....」


なまえを腕の中におさめる流川の頭にはとあるひとりの男が浮かんでいた。赤い頭をした非常識なのぼせ男にして身体能力抜群のとてもめでたい名前のあの男だ。初めて高校の屋上で会った時から今まで、桜木花道とはライバルでありいい意味で仲間であった。互いに共通であったバスケットから引退しようやく離れたと思ったのに。アイツとの腐れ縁はなまえを通して永遠に続くのかと思うと何故だかよくわからない感情で笑ってしまう流川なのだった。









僕の大切なキミ


(嫁にくれ)
(....ッハァ?!手ェ出したら容赦しねぇって言ったよな?!お前ずっとヤラシイ目で俺の娘を見てたのかぁぁあ!!!)
(....いいからくれよ)




あとがき

はじめは1話完結だったのですが、ありがたいことに娘設定なのが評判が良くて流川くんに出会わせたいだとか色々と欲が出てしまいました...(笑)花道晴子は絶対的に結ばれて欲しい二人でもあり、楓ちゃんとは永遠に繋がっていて欲しいとも思います(^^)娘つながりで切っても切れない縁があればいいな。歳の差もだいぶあるので結ばれるかどうかはご想像にお任せです!!お付き合い頂きありがとうございます(^^)






Modoru Susumu
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