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『あの、いい加減にしてもらえます?』
「馬鹿!やめろ!本気で殺す気かよ!」
ジワジワとなまえが詰め寄れば隣にいた松本が声を上げる。それでもなまえは歩みを止めず、安定の鼻血を出してなまえの美貌にクラクラしている松本の隣に座り込んだ野辺は「無理、可愛い...」と魂が飛んでいったようだ。
『私もう深津さんに怒られるの嫌です。あの人はキャプテンだから忙しいの。その為の副キャプテンでしょう?いい加減役割果たしてもらえます?』
毎度毎度このザマで野辺の仕事は全て深津に回ってしまう。それ故副キャプテンを河田に変えろと何度もお願いしてきたのに野辺は頑として副キャプテンの座を譲らず今に至るわけだ。結局のところ鼻血が出るばかりで何も解決していない。
『あのねぇ、使えないノッポはただのトーテムポールなの。これ、野辺さんの仕事ですからね。』
なまえが近づいてきたことによりティッシュ片手にアワアワする野辺に向かって無理矢理プリントを差し出すと押しつけるようにして三年の教室を去って行くなまえ。
「....野辺、俺がやるよ。」
「いいんだ、松本....みょうじに慣れるためにも俺がやる....。」
『で?犯人は私だって言いたいわけだ?』
「....開き直ってやがるピョン。」
部活が始まる少し前、部室へと向かうはずの深津河田松本一之倉の四人は二年の教室へと足を運んでいた。目当ては不機嫌に四人を見上げるなまえであり、彼女の態度に深津はため息を吐いた。
「みょうじ以外いないだろ!あんな強引にプリント押し付けるから!野辺は....!野辺は....!!」
なまえが無理に押し付けた本来なら野辺の仕事であるため当然と言えば当然であるあのプリント。みょうじに慣れるためにも、と鼻血が止まった野辺は必死に副キャプテンとしての務めを果たそうとしたらしいのだが、どうにもこうにもなまえを思い出してしまい、ついには授業中に倒れたのだと。
「保健室で寝てるけど、おそらく貧血だろうって。」
一之倉の優しい口調に「イチノさ〜ん」と駆け寄ろうとしたなまえだが目の前に仁王立ちする松本に阻まれる。
「あのなぁ!事の重大さを受け止めろ!お前のその顔面は美しすぎて罪なんだよ!」
『...だったら、整形してブサイクになってこいって言いたいわけ?!』
鼻血の原因であるなまえと、野辺の親友松本はよく喧嘩をする間柄ではあるため普段なら放って置かれることも多いが、今回ばかりはお互い引くところを知らない為、キャプテンの深津が間に入った。
「まぁまぁ、落ち着くピョン。」
ピョンやらベシやらその語尾への共感は出来ないけれどこの人がとんでもない大物だと、それだけはわかっているなまえ。深津の言うことなら基本的にはなんでも聞いてしまう為、軽く舌打ちをして松本とのいがみ合いを終えた。
「俺らが言いたかったのは今日の部活、野辺は休むってことと、副キャプテンに行くはずの仕事は今後イチノが引き受けることになったってことだピョン。」
毎回毎回この騒ぎじゃ野辺もいつか死ぬピョン。
深津はあっさりそう言ってなまえの肩をポンと叩いた。
「みょうじ、俺はみょうじの顔、好きだピョン。」
『はっ.......?!』
言い逃げするかのように「部活遅れるピョン」と去って行った深津。何故だかさきほどまでヒートアップしていた松本が乙女のように「何あれ」と顔を赤く染めている。
「すげぇ野郎だな、意外と女タラシ説あるな....」
河田の呟きもなまえの耳には入らない。
「ま、そういうことだからさ、みょうじ。何かあったら俺に言って。それと何も気にしなくていいよ。深津もあんな風に言ってたけど、見た目を弄られるの嫌だよな。ごめんね。」
いつだって柔らかくて優しい一之倉がそうなまえに投げかける。一之倉は一瞬にして深津が言わんとしていることがわかったのだ。好きというのは所謂、もう気にするなという意味であり、見た目をあーだこーだ言われたなまえへの配慮であったのだ。なまえもその真意をわかってはいたけれど深津のあまりの男前ぶりに不覚にもトキメキを隠せずにいた。
『なんなの....ピョン吉め....。』
これが深津一成、なまえが絶対的に信頼を寄せる男の魅力なのであった。
「....ほら、なんともないだろう?」
『あのねぇ....そんなことどうだっていい。やり方が気に入らないって言ってるんです。』
とある日、部活が終わった野辺は片付けの最中であるなまえに自ら駆け寄った。「みょうじ」と声をかけあろうことか自分から目を合わせたのだ。
松本が遠くから「早まるな!野辺!」と叫ぶ中、野辺の鼻から血が垂れることはなかった。なんと彼はついに克服したのだった。珍しいと思ったなまえが何かしたのかと問えば、彼はなんてことなしに「みょうじのソロ写真を毎日三時間眺めたんだ」と答えたのだった。
『そもそもソロ写真って何?』
「沢北にもらったんだ。去年の学祭の写真。」
そう言われなまえは過去を振り返る。去年の山王祭、自分は何をしていただろうか。
『.....もしや、チャイナドレス?!』
なまえがそう声をあげれば野辺は「そうだ」と当然のように返事をする。なまえは鼻歌まじりでモップをかける沢北に目を向けた。
『栄治!!!』
「んあっ?...何!なまえ!呼んだ?!」
なまえに呼ばれブンブン尻尾を振る沢北。なまえは彼に届かない舌打ちを連発する。
「あんなセクシーなみょうじに慣れておけば、もう鼻血は出ないだろうと、そう思ったんだよ。」
野辺は自信満々にそう言うものの、あんなにスリットが入って足を全面に出したエロさすら感じる、いや、エロさ以外何も感じないあんな姿を盗撮されさらには毎日三時間も眺められてたと思うと寒気が止まらない。なまえは肩を落とした。嫌だとあれほど断ったのにやらざるを得なかった去年の自分を悔やむ。
「だからイチノじゃなく、俺に任せておけ。」
野辺はそう言ってなまえの元を離れようとした。その時だ。なまえの頭の中には瞬時に悪知恵が働き少しいじめておきたいだなんて、そんな血が騒ぐのだ。
『野辺さん.....』
「ん?何か.......?!」
野辺の腕を掴むなり自分の方へと振り向かせたなまえは背伸びして野辺との距離を詰めた。上目遣いになることを利用して、普段なら絶対使わない自分の顔面を最大限利用し、自分でも寒気がするほどの甘い声を出してみる。
『じゃあ....こんなに近い距離で話しても....いいってことですね。』
ニコッと微笑み付きでそうコテンと首を傾げればなまえの目の前で彼女を見下ろす野辺の鼻からはタラーンと血が出てくるのであった。
「.....可愛い.....何今の......」
「うあぁ!野辺!鼻血!つーかみょうじ!テメェ野辺に何してんだよ!!」
せっかく克服したって....と松本が半泣きで駆け寄ってくる。やり方が気に入らないんだよ、変態め...なまえは心の中で呟きながらその場を去る。向かったのは沢北の元だ。
コイツもいっぺんこらしめなきゃ....盗撮魔....
なまえはモップ片手に鼻歌まじりの沢北に近づくと「栄治」と囁いた。
「ん?.....なまえ、どした?」
沢北は目をまん丸くしてニコニコ顔でなまえの言葉を待っている。まさに犬そのものだ。
『栄治....今日の練習も、かっこよかったよ。』
「えっ....、そ、そうかな....?!」
『私だけのものに、なってほしいくらい。』
なまえは耳元でそう言うと至近距離でニコッと微笑み沢北に背を向けた。一瞬で真顔に戻りスタスタとフロアを歩き何事もなかったかのようにマネージャーの業務へと戻っていった。
「.....なるよ、全然、なる......。」
「沢北!おい!鼻血!」
制裁という名の美の暴力(...なまえ、俺いつでもなるよ、なまえだけのものに)
(栄治は皆の沢北栄治だもん。)
(そんな...俺はその気満々だよ!)
どんだけやねんって自分でも思いました(笑)