■ 番外編






私が山王工業に入学しバスケ部に入部するまでに既に数々のドラマがあったわけだ。親からは勉強が出来るんだからもっと進学校へ行くよう口うるさく言われたしやっとの思いで入学したと思ったらバスケ部は女子マネを取らないとただ名前だけ副顧問という位置に置いてあるよくわからない強面の先生に門前払いを受けたわけだ。

(悪いが女子が入っていいような世界じゃないんだ、ついでに君のような美人が色仕掛けで入られちゃ困るよ)

私は小さい頃からバスケが大好きで秋田に住んでる以上山王工業は憧れの的だった。何度もインターハイや冬の選抜の予選に足を運んだし本大会だって観に行ったこともある。その会場でこの副顧問を見かけたことは一度もなかった。どうせ名前だけなんだろ、偉そうに...やっとの思いで辿り着いたのにそう簡単に引き下がるわけにいかない。

(お言葉ですが副顧問とはどう言った立ち位置なんです?試合会場や公開練習でお見かけしたこともありませんけど?どうせ名前だけなのに偉そうに見た目だけで人を見下して...)

偉そうなのはどっちだよって今なら思うけどそんな風に食って掛かってたなぁ...若いって恐ろしい。それから負けじと同じクラスの深津と仲良くなってバスケ部の情報聞き出してたし毎日練習だって覗きに行ってた。あの頃深津の語尾は何だったかな?やっぱりピョンだった気がするけど...

ある日廊下で河田とすれ違った時向こうからしてみたら私なんて大勢いる観客の1人のはずなのに突然”頑張れよ”なんて声かけられて驚いたし深津にはさっさとマネージャーになれピョンとか言われてたしなんだかんだ楽しい日々を過ごしてたんだよね。このままマネージャーになれなくてもバスケ部に友達が出来れば応援し甲斐もあるしなんて思ってたある日の放課後だった。

「あれ、もしかして先生に食ってかかったって噂の子じゃない?」
『え...』

体育館へ向かう途中声をかけられて振り向いたらそこには私を見ながらやっぱりね、なんて笑う堂本監督がいたわけだ。

『か、監督...!』
「見た目だけで判断するなんてひどいよな、ハハ」

確かに美人だから仕方ないかもしれないけどね、なんて言われて私は緊張で何も喋れなかった。でも監督は私をじっと見つめるとウンウンと頷いてきたんだった。

「いいね、一応聞くけどマネ志望の理由は?」
『...昔から山王のバスケをよく見に行ってて...勝って当たり前なのはすごく大変だと思うけどでも最高にカッコよくて...少しでも力になれたらと思って...』

最後の方は自信なくてごにゃごにゃってなっちゃったけどそれでも監督は笑ってくれた。

「いいね、特別に採用する」
『...えっ?!』
「監督直々の採用だから大丈夫、キミ新入生の一之倉に似てるね」

その時バスケ部の知り合いは深津と河田しかいなかった私は一之倉と呼ばれる子が誰なのかはわからなかったけど、それは見た目とかじゃなくて中身を指してるってことはわかったし良い意味で言われたんだってことも理解していた。

『初めまして、今日からよろしくお願いします』

大勢いる部員の前で挨拶して私はやっとの思いでバスケ部のマネージャーになったわけだ。

しかし想像以上だった。
キツイ練習に耐えかねて倒れる部員の介抱をしながら私もついでに倒れそうになる日々だった。慣れるまで慣れるまでって言い聞かせてたけど結局慣れる日なんて来なくて毎日しんどかったし長い歴史の中で3年間マネージャーをやりきった女子は片手で数えられるほどしか居ないってどこかの噂も簡単に信じられた。こりゃ無理だ。でもそれ以上に楽しかった。元々レベルが高い上にそれでもさらに毎日うまくなるみんなを見ているのが楽しくて嬉しくてしょうがない。

ある日の練習終わり、重い荷物を持ちあげた瞬間フラッときて倒れそうになった時があってヤバイと思ったら後ろからグッと腕を支えられてヒョイッと軽々荷物を奪われたことがあった。

『あ...ありがとう...』
「いいよ、俺やっとくから帰りな」

練習着で1年だってことはわかったけど話したことのない小さな部員で見かけの割に力持ちなんだなぁって感心してた。

『ありがとう、でも大丈夫、私やるから』
「...じゃあ手伝うよ」

それでも疲れてる部員に片付けを任せるなんて出来ないから意地で荷物を奪い返せば私の思いを尊重してくれたのかサポートに回ってくれた。気の利く人だなって印象だった。

『名前聞いてもいいかな?』
「...一之倉聡」

大勢いる部員をすぐ覚えるのは無理だったからわからない子も多かった中で私と同じくらいの身長で寡黙なこの男は自分の名を一之倉と名乗った。

『あ、一之倉くん...』
「ん?何?」

そうだ、あの時監督が言ってた一之倉くんだ。この子だったのかと勝手に頷いていたら不思議そうに見つめられた。

「イチノって呼ばれてるから」

そう言うとさっさと手伝いを始める一之倉くん。あぁ、そう呼んでってことかと理解して私はなぜか嬉しくなった。

今思えばその頃からだったと思う。初めから私にとってイチノは特別だったんだ。あっという間にイチノ!イチノ!って何かあるたびに相談する相手になって気が付いた時にはもう大好きだった。寡黙なとことか男前なとことか3年間陸上部を抑えてマラソン大会で優勝したとことかテスト中だからって腹痛に耐え続けて結局救急車に運ばれたとことかもう全部が愛おしくて全てがイチノらしくてたまらなかった。

「イチノのこと好きすぎだピョン」
『えっ?!うそ、なんでそれを...』
「見てればわかるピョン」

いつか深津に指摘されて自分が周りにバレバレなくらいイチノに惚れてるんだって気付いて、それでも諦められなかった。部活の邪魔になんてなりたくなかったから高3になるまで勝手に想っていたわけだけど、卒業が近付くにつれて焦りが生じるのは当然だった。

『イチノ、私ね、イチノのこと...』

高3の文化祭で遂に伝えようと試みたけどイチノは松本に呼ばれてるとか言って逃げるように私の前から消えた。その後も何度か日々の生活の中でチャンスがあれば伝えようとしたけどことごとく失敗して結局伝えることは出来なかった。

わかってたんだと思う。賢いイチノのことだし、私の気持ちくらいとうの昔に気付いてただろう。その上告白は聞かないことにしたんだからきっとお前とは付き合えないって意味だったんだろう。しつこく追い回したから嫌われても仕方ないのにイチノはいつだって普段通り私をからかったり相談に乗ってくれたり一向に態度を変えるなんてなかったから最後の方はもう普通の友達として接していた。

恋心が消えることなんてなくて結局卒業後もぼんやり思っていたけど選択肢の1つとして入っていた海南大を選んだのは私のせめてもの強がりだった。もう秋田にはいたくない。イチノの前からいなくなりたい。2度と会いたくないわけじゃない。でも会うたび心が痛むのはもうやめにしたかった。伝えることさえさせてもらえないんだから。せめてスッキリ本人にフラれてしまいたかった。

神奈川に出てからも私はイチノのことを考えてる時間が多かった。それでも離れてる分だけまだマシだった。近くにいるとつらいから顔を合わせないだけいい。

そんな時仲良くなったのが未来の旦那になる藤真くんだった。スターが揃っていたバスケ部の中でも群を抜いて女の子のファンが多くてこりゃすごい人だなって印象だった。話してみると気さくで話しやすくてついついイチノのこともベラベラ話しちゃったんだけど友達感覚の私とは違い藤真くんは好意を寄せてくれていたのだ。

「藤真ならいいピョン、いい男だピョン」
『そうかな...』
「イチノの見た目もよくなったのが藤真だピョン」
『なにそれ...全然わかんないよ』

付き合う前に深津に相談してたなぁ。あいつならいいとか必死に力説された気がする。それからトントンと話が進んで結婚までいったわけだ。うん、人との出会いは不思議だなぁ。






「まさか藤真と結婚するとはなー」
『監督それどういう意味ですか?』
「旦那は絶対一之倉だと思ったんだよ」
『あー監督も知ってたんですね』

結婚の報告に秋田へ戻って母校へ顔を出せば少し老けた堂本監督が迎えてくれた。体育館を見上げながら監督は相変わらずかっこよく笑っている。

「お前ら両思いだったのに結ばれなかったんだな」
『両思い?まさか...片思いですよ』
「気付いてなかったの?一之倉もなまえにゾッコンだったろ」
『え...?』

目を丸くして監督を見上げたら気付いてないのはお前と沢北くらいだろって笑ってた。

「それに俺、本人に聞いたことあるよ」
『ええっ、イチノにですか?!』
「うん、そしたら好きですって答えてた」

俺に聞かれたらそんなことまで答えなきゃいけないなんてかわいそうだよな部員たち...とか言ってるけどそれどころじゃないよ、そんなの初耳だ...

『え、でもずっと...』
「まぁいいんじゃないの、初恋は叶わないって言うだろう」

そうなのかな?でも私ずっと...

(ずっと大切に想ってた相手だから泣かせないでほしい)

この間のイチノの言葉が頭に響いた。あぁ、もしかしたらそうだったのかな。...ありがとうね、イチノ。

「男の子が産まれたらバスケやらせろよ」
『...言われると思いました』
「藤真のDNAか、楽しみだな」

山王に入れるんだぞって言われてその時まで監督でいてくださいねって答えたらハハハって笑ってた。あぁ、今日はとっても夕日が綺麗で自然と涙が出そうになる。ありがとう、イチノ。そして、さようなら。これからもずっと友達で...!




さよなら私の恋心

(青春はいつだってこの体育館にあった)








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