■ B





俺が大学で初めてなまえを見た時思わず声が出た。

「あ!」
『ん?...あ、藤真くんでしょ』
「おう...確か山王のマネージャー...」

インハイや国体で会った時やけに美人なマネージャーがいるなぁとは思ってたけど近くで見ると余計に綺麗でなんというか、美しいな、うん。

『私またマネージャーやるんだ、よろしくね』
「そうなのか?こちらこそよろしくな」

どうやら秋田から神奈川へ出てきたらしい。なるほど、まさかこんなところで同じになるとは思わなかったけど正直ラッキーだった。なんせインハイやらで会った時は話しかけようにも無理だった。それどころか顔すら見させてもらえない始末。イガグリ頭の連中が徹底的に彼女を隠して目を光らせていたからな。特にエースの沢北な。



俺がなまえを意識し始めたのはいつからだったかもう覚えてないけれど、気が付けば好きだったみたいな感じだな、うん。でもなまえはやっぱり大学でもモテモテだったし部内でも高嶺の花として見られていた。藤真ならいけるとか藤真ならお似合いだとか散々言われて俺も少し意識してたけどなまえは俺のことなんてちっとも眼中になかったわけだ。なんと悲しいことか。

「なぁ深津、なまえって彼氏いんのか?」
「彼氏はいないピョン好きな奴がいるピョン」
「え?!そうなのか?」
「高校の時からずっとだピョン」

多分今もだピョンって言われて俺は驚いた。こんな美人が片想いなんてことありえるのか?もしやあのイケメンで若い監督か?!

「違うピョン、山王のチームメイトだピョン」

俺の心の声が読めるのかサッと否定された。そして明確になった片想いの相手。なんと、山王の時のチームメイト?!てことはやっぱりあのアメリカに行ったと噂のエース沢北か...

「沢北じゃないピョン」
「は?じゃあ誰だよ...?」
「一之倉って奴がいるピョン」
「一之倉...」

一生懸命に考えたがちっともわからないその一之倉。そもそも河田と深津と沢北くらいしかわからねぇよ俺...

「なまえは見る目があるピョン」
「へぇ...そんないい奴なのか?」
「見た目じゃなく中身を見ているピョン」
「な、なるほどな...」

その言葉が俺の胸にひどく刺さりなぜかショックだった。別に俺が見た目だけの男ってわけじゃねぇんだけど、なんか、な。そして感じてた違和感の正体がやっとわかった。普段かっこいいだなんだって見た目で寄ってくる女が多い俺に対して普通に接してくるなまえ。特に見た目に関して何か言われたことは一切ないし他の部員とも同じ扱い...あぁ、そうか。なまえにとって男の外見なんてこれっぽっちも関係ないってことか。

それ以来なまえに対する想いが変化してきて、ただ好きってだけじゃなくどうやったら振り向いてもらえるかとか秋田に帰省すると聞かされるたびに一之倉と進展がないかどうか気になったり、度々なまえについて深津に尋ねることも増えた。

ある日俺は練習終わりに残って自主練してたんだ。その時そっと体育館の扉が開かれて目を向ければ控えめに顔を覗かせるなまえがいたわけだ。

「あれ、どうしたんだ?こんな遅くまで」
『藤真くんこそ...私は先生に用があって』
「へぇ、俺は自主練だよ」
『すごいね、こんな時間まで...』
「牧深津と同じ大学になったからな、スタメンの座が危うい」
『同じポイントガードだもんね...』

納得したような顔で俺を見上げるその顔に胸が高鳴るのがわかった。ヤベェ...相当好きだ...でもその心は俺になんてちっとも向いていない。あぁ、なんと悲しき恋心...

「な、なぁ」
『うん?』
「...なまえって彼氏とかいんのか?」

もしかしたら違うんじゃないかなって、深津の言ってること全部本人から聞いたわけじゃねぇし仮にそうだったとしてももう違うとか、そういう可能性だって...どこか半信半疑だった一之倉という男の存在をハッキリさせるべく俺はなまえ本人の口から出た言葉だけを信じようと尋ねたわけである。

『え?いないよ』
「じゃっ、じゃあ、好きな奴とか...」
『あー...うーんまぁ、いないけどいたっていうか...』

ヤッベ、なんだよこの煮え切らねぇ返事は...自分から聞いておいていよいよ信じざるを得ない一之倉の存在に危機感を感じながら冷や汗が止まらない。

「山王の奴?」
『まぁ、うん、へへへ』

へへへ?!か、可愛い、なにその顔...恋する乙女の顔か?見たことねぇぞそんな照れた顔...クソ...

「深津とか?」
『そんなわけないよ!同じ大学来たからそう思うかもしれないけど...』
「じゃあ、沢北?」
『ううん、あのね結構控えが多かったから知らないかもしれないけど...』

“ 一之倉聡 って人がいるの、その人 “
“ 3年間ずっと好きだったんだ “

鈍器で頭を殴られたような衝撃で俺はその場にうずくまりそうになった。ヤベェ、イテェ...痛すぎる...

「へぇ...付き合ってたわけじゃねぇの?」
『全然そんなんじゃないよ、もしかしたら嫌われてたかも』
「へ?そうなのか?」

おい3年も片想いなんて初耳だぞ深津め!しかし嫌われてたってそんなこと深津言ってなかったけど?確か...

(2人は両想いだったピョン)
(付き合わなかったのかよ?!)
(まぁそこはすれ違いがあったピョン)

あぁ、そのすれ違いのせいでなまえが勘違いしてるってわけか。

『何度か告白しようとしたけどねその度に逃げられてたの』
「逃げられた...?」
『多分諦めてくれって意味だったんだと思う』
「そ...そうなのか...」

でも、ちゃんと振られたかったなぁってそんな悲しそうに笑うもんだから思わず抱きしめそうになった。ヤベェ、俺かなり重症だなぁ...

『でももう普通に友達みたいに接してるの、告白するのは諦めたから...』
「...そっか」

俺もなまえも一之倉に対するモヤモヤっとした感情をスッキリさせないまま月日が流れ、それでも俺は確実になまえとの距離を縮めていった。1年が終わり2年に上がる時にスタメンになる機会が増えてその勢いで告白した。返事はOKだった。

「俺を選んで良かったって絶対思わせるから」
『...ありがとう藤真くん、お願いします』

涙目で微笑んだなまえを絶対世界一幸せにするんだって誓ってから早数年。あっという間に時は流れて今日という特別な日を迎えた。

隣には純白のドレスに身を包んだ世界一綺麗ななまえがいる。あぁ、俺頑張ったなぁ。こんな綺麗な嫁さんもらえるなんて。とんだ幸せ者だよ...

控え室に深津が入ってきた時、後ろに2人付いてきてるのが見えて片方が沢北なのはすぐわかったけどもう1人、初めて見るはずなのにすぐわかったんだ。あ、コイツ...一之倉だな。

沢北と共に至近距離でジロジロ見てくるからなんだよ...と思ったけどどうやらそういう絡みをしてくる面倒な奴らしい。友達としての絡みってことか。

「藤真も米食うなよ、秋田を裏切ったんだから」
「え、俺も?」

なんだよ、俺にも別に普通に接してくるってわけかよ。あぁそうか、随分と大人な奴なんだな。

「ずっと大切に想ってた相手だから泣かせないでほしい」

その一言を聞いた瞬間なまえは目を見開いて少しの驚きとかなりの切なさが混じった表情でジッと一之倉を見つめていた。一之倉の視線は俺に向いている。ほら、嫌われてなんかなかっただろなまえ。大切に想われてたんだとよ。

「わかってる、ありがとうな」

精一杯の強がりだった。本当なら言い返してやりたいような言葉が出てくるわけだが...別にいいんだ。もうお前が今更そんなこと言ったってなまえは俺のもんだから。

『イチノ!』

出て行こうとした一之倉に対してなまえは声を上げて奴を呼び止めた。その時ついにこの時が来たんだと思ったわけだ。なまえが言おうとしていることが何かすぐわかったし何ならやっと伝えられるんだなと思ったりもした。別に構わない。なまえがスッキリするならそれでいいし今更取られるとも思わない。それくらいの自信と信頼関係はある。

『私ね、ずっと、イチノのこと...』
「なまえ」

別に止めもしない新郎である俺のことを思ってなのかはたまた自分の為なのか、それは一之倉にしかわからないことだけどなまえの懸命の告白を遮ったのは他でもない一之倉本人だった。言わんとしていることがわかっての制止。これには驚いた。

「これからもずっと友達でいような」

一之倉は守りきった。なまえとの関係を友達のままで。新郎の俺の前でそんなこと言わせないようにしたのか、それとも聞いてしまえばもう友達ではいられないと思ったのか、わかんねぇけどこれだけは確信した。

コイツ、いい男だな。最高にカッコイイ...

なまえはやっぱり見る目があるんだな。いつかの深津の言った通りだ。そんななまえに俺だって選ばれたんだ。大丈夫。負けてねぇよ俺!

『ごめんね健司くん、私何言おうとしたんだか...』

3人が出て行った後なまえは謝ってきた。

「謝るなよ、それに嫌われてなんかなかったな」
『うん...これからも友達でいるよ』
「そうしろ、いい男だ。俺の次くらいにな」

そう言うとなまえは笑った。一之倉がこの先なまえに手出すことも気持ちを伝えることももう絶対的に無いだろう。なんたって奴は最高にいい男だから。だから別に気にならない。

「よし、行こうか花嫁さん」
『うん、健司くん...今後ともよろしくお願いします』
「こちらこそよろしく、藤真なまえさん」

照れたように笑うその綺麗な顔が向けられるのは俺だけになった。うん、最高だ。さぁ、明るい未来へ共に行こうか。




手を取り共に歩き出す、まだ見ぬ未来へ

(なまえ綺麗だピョン)
(...ほんと、綺麗な花嫁だな)
(イチノさん!今ならまだ間に合うっすよ!)
(...とっくの昔から間に合ってないから)







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