■ 七夕に煙草は戯言を燃す

「今日が何の日か知ってる?」
「......」

   わたしの問いかけに革張りの黒いソファに深く腰かけたジンが日付を跨いだばかりの掛け時計をちらりと見遣り、答える代わりというように無関心に煙を吐き出す。

「七月七日、七夕よ」
「だからなんだ」

   早くも苛ついた様子の彼はそれを隠そうともせず煙草を強く灰皿に押し付けた。そんな態度も慣れっこで、わたしは気にせず続ける。

「ジンが短冊に願いを書くなら何を願う?」
「フン......くだらねぇ」
「例えばの話でしょ。夢のない男」

   鼻で笑って一蹴する彼へ、言い返しついでに街中で配っていた短冊をハンドバッグから取り出して見せつけてやった。

「世間は盛り上がってるの」

   ずい、と彼の無駄に高く整った鼻先に短冊をつまんでぶら下げると、器用にも、煙草を咥えたまま燃焼部を押し当てて紙を焦がし穴を開ける。

「ちょっと!......折角これからもジンの傍に居れるよう願おうと思ったのに。酷いことするのね」

   わざとらしくむくれた振りをして彼の隣にどかりと腰を下ろすと、腰に腕を回され引き寄せられた。ゴロワーズが強く香り思わず眉根が寄る。

   「願いを叶える神なんざいねぇ。……望むなら俺自身へ誓え」
「じゃあ織姫と彦星みたいなロマンティックな恋をしたい、はどう?」

   ジンの薄く笑みをたたえる唇が動くごとに煙が揺らぎ、わたしを惑わせているような気がした。

「あとは素敵な場所でデートしたい、でしょ、ああ、さっきの傍に居れるように、もよろしくね」
「ハッ......随分欲張りな織姫だ」
「年に1度きりの逢瀬ならこのくらい可愛いものでしょ?」
「口も減らねぇらしい」
「そう思うなら塞いでくれたっていいのに」

   生憎雨がしとしと降る音に目を瞑ると、かさついた唇がわたしの唇を食むように重なる。

「ふふ、欲に忠実な彦星ね」
「今晩は雨......天の逢瀬もベールがかかってちゃあ誰にも見えねぇだろ?」

   いかにも至言が耳打ちされるものだから、よく言うわ、とせめてもの抵抗に月のごとく煌めく彼の髪を引いてやった。

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