■ The language of a black rose

   ドアを開けた先、玄関に男物の黒い革靴。珍しい来客、と彼がいることに胸が高鳴るのを感じてパンプスを脱ぎ捨てリビングに向かう。

「ジン、ただいま」
「それはなんだ」

   もちろん出迎える言葉はなく、代わりというようにジンの視線はわたしが無造作に持っていた一輪の薔薇に向けられる。

「ああ、これ?心配しないで、盗聴器も何もついてなかったから」
「誰からだ」

   煙草の匂いが充満した部屋の空気を揺らす低い声。もしかして怒ってる?

「例の若社長から。キザったらしくて困ってるって話したでしょ?」
「奴か......まだバラす算段はつかねぇのか」
「小賢しく情報を隠して組織
われわれ
から金をふんだくろうとしてるみたい」
「フン......気の触れた野郎だ」

   そう言って薄く煙を吐く唇に呼び寄せられて、わたしはジンが座る方に1歩2歩と近づいた。

「なに?盗聴器は確認済みだけど」

   ソファの目の前で立ち止まり口を開いた刹那、ジンの愛銃がストッキング越しに突きつけられる。

「まさか奴に惚れ込んではいねーだろうな」
「当たり前でしょ、鼻の下伸ばしてるのはあっちの方。......はい、これは好きにして」
「疑わせるなよ、ナマエ」

   それ以上詮索するつもりは無いらしく、ひやりと当たる銃はあっさりジンの胸元に収まった。そのままその手は短くなった煙草を灰皿に押し付け、マッチを取り出す。かと思えばジンは煙草ではなく、薔薇の花弁にその火を放った。

「ちょっと、ジン」

   甘い香りを撒き散らしながら静かに燃え上がる赤い花弁と炎。投げ捨てるわけにもいかず、ただわたしの手にある薔薇が萎れ黒ずんでゆく様は存外美しい。なんて眺めているうちにとうとうラッピングにも火が燃え移った。
   どうするのこれ、とジンの方を見遣ると彼は新しい煙草を取り出しその薔薇から火をつけ、ようやく興味が失せたのかテーブルに放置されていたコーヒーをぶちまけ消火する。
   滑らかなフローリングにぼたぼたと形作られる水たまりはまるであの薔薇の涙のよう......なのは置いておいて、掃除するのはわたしなんだから、と非難の目を向けるとこちらを見据える鋭い瞳と視線が絡む。

「“お前はあくまで俺のモノ”だ......そいつが元には戻れねぇようにな」
「残念。“決して滅びぬ愛”でも囁いてくれるのかと期待したのに」
「フン......どの口が言ってやがる」
「その口をキスで塞いでくれたって構わないけど?」

   薔薇と同じくコーヒーに濡れたジャケットを脱いでジンの隣へ滑り込むと、今日は任務に出向いていないのか彼愛用の香水の匂いはせず、煙草の香りだけが強く香った。

「今日は随分と強請るじゃねぇか」
「たまにはいいでしょ。......あいつの上書き、して」
「どういうことだ」
「やだ、怒らないで。腰をしつこく撫で回されただけ」
「なるほどな......今日はたっぷり付き合ってやる。明日には奴の死に顔が拝めるだろうよ」

   真新しい煙草を口元から抜き取ってわたしの腰に回される腕は、同じ動作でもあの若社長とは比べ物にならないくらいの高揚感を誘って、体の奥からどくんと脈打つような感覚をもたらした。
*

黒薔薇の花言葉
“あなたはあくまでわたしのもの”
“決して滅びぬ愛”

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