■ 日常の一片
「ナマエ!」
「はーい」
「手空いてたら来てくれ」
スモーカーさんが声を張り上げてわたしの名を呼ぶ。
どこにいるんだろう。とりあえず自室のドアを開けると、キッチンの方からお肉の焼けるいい匂いがした。
「キッチンですか?」
「あァ」
がらりと引き戸を開けるとこちらに背を向けて洗い物中の彼。
「どうしたんですか」
「袖、上げてくれねェか」
わたしが横に立つと、水を止めて左腕を鬱陶しそうに上げてみせる。
その動きにつられて見れば確かに右腕はしっかり捲られてるのに左の袖はもう手首近くまで落ちてきていて今にも濡れそうだった。
「ああ! ......はい、どうぞ」
「助かる」
逞しい腕に触れ、下がりかけの袖をきゅっと上に引き上げるとスモーカーさんはなんだか妙な表情で動きを止めている。
「? 濡れちゃってました?」
「いや......妙な気分だと思ってな」
「新婚さんって感じですね」
「......そういう訳じゃねェが」
そう言ってまた水を出して洗い物を始めるスモーカーさんの顔はちょっとだけ緩んでいて。
「ふふ、照れてる」
「......ほっとけ。それにおれたちはまだ新婚じゃあねェだろ」
「まだ、ね?」
悪戯っぽく笑ってみせると、スモーカーさんが濡れた両手も気にせずお手上げのポーズを取った。
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