■ 海賊は葡萄味のキスをする
スタンピード公開前捏造
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乾杯、と目線まで上がった2つのワイングラスの中で葡萄色の液がそれぞれ揺れる。室内を芳醇な香りが満たしつまみにクラッカーやチーズなんかがあれば良かったのに、なんてただ喉を潤すのみの年代物ワインを残念に思った。
「時にナマエ……その服、一体どこで買った?」
それなりに値段の張った宿にしては座面の硬いソファで彼が呆れたように息を吐く。ワインは一瞬にして体内に流し込まれたようで、目線を向けると既に2杯目がグラスへ注がれているところだった。
「そこらのお店ですよ。海賊っぽい格好をしろってスモーカーさんが言ったんじゃないですか」
丈短な、いかにも布切れっぽい黒のスカートの裾をつまんで笑いかけると、やめろという冷静なお叱りが返ってくる。
「まぁでも、スモーカーさんほど海賊が似合う人なんて他にいませんよね」
ワイルドに開けられた白シャツの胸元、サングラス越しでもわかる強面に2本の葉巻、背中の十手。思わず懸賞金いくらですか?と聞いてしまい頭をガツンとやられたのは記憶に新しい。
「ほっとけ。まァなんだ……お前も存外似合うな」
「え」
スモーカーさんがそんな素直に褒めてくれるなんて……酔うほど飲んだ訳でもないのに。驚いていると目線が絡んで熟成した香りに誘われるように、なんとなく甘い雰囲気が漂いはじめた。ソファが軋んで距離が詰まり、上からこちらへ覆いかぶさるように影が降りる。彼の口の端が赤く濡れているのが妙に胸を高鳴らせた。
「っと」
触れそうなまでに近づいた唇が不意に遠ざかる。
「海賊なら欲しいモンは奪ってみろ」
楽しげに歪んだ口元までの距離がもどかしい。
「いじわる」
「たまにはいいだろ」
誰も部屋を訪れないよう願ってめいいっぱい背を伸ばし、ようやく重なりあった影は、暫くそのまま離れなかった。
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