■ 忘れないように、吸い込む
急に言い渡された長期の潜入捜査。彼の頼みとあっては断る理由はないのだけれど、やっぱり彼の元を離れるのは気が進まない。
だけどこれは任務。それにこんな大事な仕事を任されるなんて、信頼されてる証拠じゃない。自分に言い聞かせてだらだらと荷物をまとめ玄関に立つ。
「行ってこい」
「サー!」
まさか見送られるなんて思わなかった。数歩遠くで鉤手を磨く彼が早く行け、と促すようにこちらに煙を吐く。大丈夫、寂しくない、わたしが帰るべき場所はこの香りの元。
長い間会えなくても、いつまでも忘れないように、揺らめく煙をめいいっぱい胸に吸い込んだ。
「拝命いたしました、行ってまいります」
「クハハ......期待してやる」
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