■ 朝焼けの海
隻腕の恋人はくるぶしまで海に浸って、ぼんやりと霞み静かに凪ぐ朝焼けの海を眺めていた。
「どうしたの」
微動だにしない彼が儚く蜃気楼のようで、ふと海に消えたりしないだろうかと不安に駆られ思わず声をかけると、振り返りざま淡い色を湛える海とのコントラストが眩しい赤髪がちらりと揺れた。
「おお、冷たくて気持ちいいぞ」
「ふうん」
「ほら」
「わ、引っ張らないで!」
せっかく濡れないよう波打ち際ギリギリにいたというのに、腕をぐいと引かれ脛にまできゅんとする冷たさが襲った。さらに一拍遅れて靴が浸水する。なんてことしてくれたの。お気に入りの靴を台無しにされてさっきまでの心配は水平線彼方まで吹き飛ぶ。
「シャンクス!」
「そう怒るなよ」
悪びれもせず緩く口角をあげる表情が様になる彼になんだか腹が立った。だからおもむろに屈んで海水を掬い取り、察しはついるはずなのに避けようとしない彼めがけて放ってやる。
ばしゃり、赤髪が濡れて朝日を受けた分一層きらめく。美的感覚なんて持ち合わせてないはずだったけれど、その赤はどんな店に並べられた高価なルージュの赤よりも艶めいていて美しいと思った。
「はい。水も滴るなんとやらの出来上がり」
「いい男、だろ」
「腹が立つから言いたくないの」
「傷つくな」
濡れた赤髪を後頭部へ撫でつけ眉を下げる仕草ですら格好がつくのだから勝手に負けた気分になる。次は顔じゃなくて下腹部にでも浴びせてやろうか。
「ねぇ、シャンクス」
「なんだ?」
「好きよ。......好き」
隻腕も、赤髪も、赤銅の肌も、その声も、体中至る所にある傷跡だって。
彼の頬を伝う雫を拭って見上げると、わたしの頭に大きな掌が乗せられる。
「ナマエ......不安か?」
「違うの、いなくならないでね」
「ああ」
分かってる、そう言い聞かせるかのように髪を梳かれ、わたしは黙って燃えるような赤を見つめた。
その赤になら両の目を焼かれたっていい、そう思いながら。
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