■ 綿毛とばし

「もうすっかり春ですね」

   ね、スモーカーさん。と先を歩く彼女が海軍のキャップを被り直しておれの方へ振り返る。

「あァ」

   春にしては暑く照らす太陽、遠慮がちに花を咲かせる雑草と成長しすぎた背丈の菜の花。そして花に戯れる小さな蝶。
   どこを切り取っても春のはずだが、笑う彼女はさながら真夏の向日葵畑で笑う少女のようであまりに眩しい。

「あ、たんぽぽ」

   おれの数歩前で呟いた彼女はその場にすっとしゃがみこんで綿毛になったたんぽぽを失敬する。

「スモーカーさんも小さい頃よくやりませんでした?」

   そう悪戯っぽく笑ってふうっと綿毛を飛ばした。
   綿毛が風に乗りおれの目の前をふわふわ飛んでいく。

「ったく......業務中だろ」
「いいじゃないですか、春を楽しみましょうよ」

   それに、綿毛って飛ばすとスモーカーさんの煙みたいじゃないですか。
   へへ、と照れたようにはにかむ彼女におれは瞠目する。

「? スモーカーさん?」
「......さっさと戻るぞ」
「はぁい」

   戻れば仕事は山積みだが、この笑顔を守れるならば容易いことだ。

   柄にもないことが頭の片隅に浮かび、惚れた弱みとはよく言ったものだ、楽しげな彼女の背中へ静かにため息をついた。

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