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ようやく、人が大勢いるところに紛れ込むことができ、轟と八百万はとりあえず安堵した。
しかし、それは凛の傷を見るまでのつかの間のものであった。
「凛さん…!あぁ!なんてひどい…!」
「凛…」
ああ、本当に凛がここにいる。
凛の体温、重み、息つく音。
離れていた時は、生きているのかさえわからなかった。
轟はようやく落ち着いて凛が自身の腕の中で生きていることを実感した。
彼は凛の傷に触らぬよう気をつけながら、ぎゅっと優しく彼女を抱きしめた。
彼女の存在を確かめるように。
緑谷たちと連絡を取り、向こうも無事に離脱することができたらしく、作戦は成功だった。
あと自分たちにできるのは、オールマイトたちプロに任せるて勝利を信じるのみだった。
「轟さん。今すぐ凛さんを病院に」
「そうだな」
八百万の当然の提案に轟は頷いたが、すぐに自身の胸元が弱々しく引っ張られていることに気がついた。
「…まって…みと…ど…け…なきゃ…」
「んなこと言ってる場合じゃ…!」
彼女の見ている先には、オールマイトが敵と戦っている映像が映っていた。
そんな彼女に今の自分の状況がわかっているのかと、轟は怒ろうとしたが言葉が続かなかった。
「たのむ…」
彼女の目には、強い意志が宿っており、ここで止めたら一生の後悔を抱えて生きることになると轟は思った。
「わかった」
「轟さん!?」
「ただし、少しでも容体が悪くなったらすぐに病院だからな」
轟の言葉に八百万は、驚きの声を上げるが彼はすぐに妥協案を出した。
彼の譲歩に凛は、感謝の意味を込めて弱々しながらも微笑んで頷いた。
オールフォーワンとグラントリノに補佐をされたオールマイトの激しい戦いは続く。
平和の象徴と謳われるオールマイトにたった1人で渡り合う敵に映像越しの誰もが戦慄し、ただオールマイトなら大丈夫だと思い込むしかなかった。
オールフォーワンから大きな一撃が放たれた。避けるのは簡単だった。
しかし、後ろには護るべきものがありオールマイトは身を呈してその攻撃を正面から受け切った。
「まずは、怪我をおして通し続けたその矜持。惨めな姿を世間に晒せ。平和の象徴」
『えっと…何が。え…?皆さん見えますでしょうか?オールマイトが…しぼんでしまってます…』
やせ細ったガイコツのような男に誰もが唖然とした。
アナウンサーの言葉が、オールマイトの本当の姿を見た者たちの心境を表していた。
名前#は、オールマイトが本当の姿を晒した時から不安、焦り、絶望、そんな感情は一切わかなかった。
知っているからだ。
父さん。大丈夫。
あなたの本当の姿を見たって、今まで勝って救ってきてくれたものを皆知っているんだ。
どんな姿であっても、あなたは皆のNo.1ヒーロー。
皆があなたの勝利を願っている。
彼女の思いに呼応するように、皆の声援が願いが響き渡った。
凛は、傷の痛みなど感じなかった。
ただ、自分が持てる限りの力を振り絞った。
思いが届くように。
「勝って!オールマイトォ!!」
「ああ…!多いよ…!ヒーローは…守るものが多いんだよ。オールフォーワン!だから負けないんだよ」
オールマイトの右手には全ての力が集中していた。
何度も大規模な攻撃を相殺したオールマイトはとうに活動限界を超えているはずだった。
まさにその姿は、渾身の最後の一撃。
ただ、オールフォーワンもそれを黙って受けることはなかった。
低い音を響かせながら個性を掛け合わせ続ける。
出来上がった彼の右手は、凶悪を形にした禍々しい何かだった。
最後のぶつかり合いが始まった。
オールマイトは最後のパワーを左手に咄嗟に移し、右腕を囮にした。
振りかぶったその腕は決まるが、浅くオールフォーワンは迎撃しようとした。
だが、最後の一撃と思われたその拳はさらに力を上げた。まさにプルスウルトラ。
「おおおおおおおおお!!」
さらばだ。オールフォーワン
「UNITED STATESOF SMASH!!」
さらばだ。ワンフォーオール
凄まじいい衝撃とともに、オールマイトはワンフォーオールを地に沈めた。
ワンフォーオールが動くことはなかった。
スッといつものマッスルフォームで上げる右手に、誰もが勝利を確信した。
『敵はーー…動かず!勝利!オールマイト!勝利の!スタンディングです!』
わっと皆が湧き、轟と八百万もオールマイトのその姿に安堵しつつも喜ぶ横で凛は、じっとその姿を目に焼き付けていた。
平和の象徴…No.1ヒーローとしての最後の仕事をーーーー…
朝日も昇る頃、凛たちは彼女を病院に向かわせつつ、緑谷と合流しようと動き始めた。
現場では、今まさにオールフォーワンは厳重体制の中、連行されようとしていた。
『次は 君だ』
映像越しに映った、指を指すオールマイトの姿に国民は皆沸き立った。
短く発信されたメッセージ。
それは一見、まだ見ぬ犯罪者への警鐘。
平和の象徴の折れない姿。
しかし、凛と緑谷には真逆のメッセージ。
《私はもう出し切ってしまった》
後継者の緑谷に対する思いが込められていた。
凛は、そんな父の姿に悲しみ、苦しみ、安堵、焦燥、言い表せない感情がぐちゃぐちゃになって湧き上がった。
「おい!凛!?」
「凛さん!?」
そんな精神状態に、怪我の状態も相まって凛は気絶するように意識を失った。
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