人形姫・08
「とってもかるーい!」
名前は、帰路の途中クルクルと回ってみる。
紅に美容室へ連れて行ってもらった名前は、肩の長さまで短くしてもらった。仕事の為に長い髪でいなければならないが、戻れないとなれば短く出来ると思い切ってみた。
「良く似合ってる。名前ちゃん、ちょっと貸して」
紅は髪をカチューシャのように編み込む。
「紅さん、器用!」
「これだけじゃないのよ」
「?」
紅は手のひらを重ねる、グッと力を込めると隙間から煙が出た。
重ねた手のひらを離すと、小さな可愛い花がブーケのように現れた。
「すごい!!!」
「簡単よ」
紅は笑いながら、花を名前の髪に差す。
「うん、可愛い。これで、カカシも惚れ直すわ」
「ちょっと紅さん!」
名前は頬を赤らめる。カカシさん、褒めてくれるだろうか。カカシの笑顔を思い出す。と言っても右目しか見えていないから、あの人の表情は読み取りにくい。
「フフッ、もうすぐカカシも帰ってくる時間だわ。急ごう」
「はい!」
二人が家に着く頃に、カカシも帰ってきた。名前は、カカシに駆け寄り、まるで子供が父親の帰りを待ち侘びていたかのように出迎えた。
「おかえりなさい!カカシさん」
「名前……」
「カカシ、可愛いでしょう?」
紅が、名前の後ろから笑みを浮かべて出てくる。
「いや、ビックリ」
花を編んだ名前は、惚れ惚れとするほど愛らしい。お姫様みたい。ここでデレデレとすれば、紅とアスマに何を言われるかわからない。カカシはぐっと堪えて、言葉を紡ぐ。
「とっても似合ってるよ」
「ありがとうございます……とっても嬉しいです」
2人の雰囲気を見て、紅はさり気なく去っていった。おそらくそれさえも、2人は気付いていないくらいに2人の世界に入っていた。
「かなり短くなっちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
「これも雰囲気変わって良いよ」
凄く嬉しい。名前は実感する。
木の葉に来て初めてカカシと離れてみて、短い時間だが何だか心許ない感じがした。まだ木の葉に来て数日だが、何度も助けてくれるカカシに安心感を覚えていた。一緒に居るだけで、それだけで嬉しい。それは、カカシが木の葉で一番親しい人だからと言う理由だけだろうか。何でかわからないけれど、不思議な感覚だった。
「あ、ご飯作りますね!」
誤魔化すように名前はエプロンを巻くと、キッチンに立つ。カカシに褒められて、舞い上がった自分が少し恥ずかしかった。
「……………」
なぜかは分からないけど、カカシは衝動的にその後ろ姿を強く抱きしめた。細く白い首、細い腰、そのすべてを抱き寄せる。途端に名前の胸は、急旋回するように鼓動を速めた。
「カカシさん?」
「俺はワガママだ。」
「え?」
「あ、ごめーんね。気にしないで。」
カカシは、パッと離れると手伝うよと言って、手甲を外す。名前は、気になりつつも忍はお仕事のプレッシャーとか大変なんだろうなと、ご飯を作り始めた。
「いただきます」
カカシが口布を下げると、何やら目線を感じる。名前がじーっとカカシを眺めていた。
「……何?」
「カカシさん、そんなに格好いいのに隠しちゃうの勿体無いです」
「そう?」
そうです!彫りも深いし、髪も綺麗だし、スタイルも良いしモデルさんみたい!と、力説する名前にカカシは笑う。俺はそーいう柄じゃないしね、と言えば勿体無い……と名前は眉を下げた。
表情豊かな子だと、カカシは笑いながら、名前が作ってくれた味噌汁を味わう。胃に染み込む優しい温かさ、昨夜に続いて美味しいご飯。無茶されることも多いが、たまには三代目の提案も悪くないとカカシは思った。
「こちそうさまです」
「美味しかった。ありがと」
ご飯を食べ終え、一緒に洗い物をするとカカシはすぐにお風呂に入った。交代で名前がお風呂に入っている間、酒を飲みながら今日のことを考え込む。
もし、今日聞いた事が名前と同じなら、違う方法で帰る事を探さなければならない。
正直、名前を返す方法がダメになったことで安心する自分がいた。次の方法が見つかるまでは、これからも名前を側に置いておける。
しかし、それが彼女のためになるとは思えなかった。彼女の居場所が、もとの場所にはある筈だ。初めて森で出会った時の無意識ながらも美しい所作、身に纏う美しい着物、それは彼女の居場所の証拠なのだと思うから。
ワガママな自分に、カカシは嫌気が差した。
名前を返すのが、一番彼女のためになるはずだから。
ドライヤーの音が止まり、名前が戻ってきた。
「おかえり。酒飲む?」
「未成年なので……」
「そーだったね。じゃ、寝ようか」
「はい……うーん……」
名前が苦虫を潰したような顔をしている。
カカシはどうしたの?と、子供を相手にするように顔を覗き込む。実際、まだ17才だし。カカシからすれば、妹のような感じだ。
「あ、あのワガママかも知れませんが。今夜、一緒に寝てくれませんか?」
「………んー、何かあったの?」
「………今日、紅さんに髪の毛が一部千切れているのを指摘されて、それを見た時思い出したんです。木の葉に迷い込む前、黒い何かに襲われたことを」
「……黒い?」
「夢だったのかもしれないです。でも、それに髪の毛を食べられた感覚が、すごくリアルに思い出されるんです。それがとても怖くて……」
名前の指が震えている。その弱い体では、とても受け止め切れないほどの経験をしてしまったのだろう。カカシは、名前を抱き締める。やっぱり、何か他の方法を見つけるまで名前を元の世界には戻せない。
「そっか。辛い思いをしたね…。俺が守るから、だいじょーぶ」
「カカシさん……ありがとうございます」
とは言ったものの…。
「カッコつけちゃった」
自分の胸に抱かれた、名前の可愛い寝顔を見ながら寝ろってのも酷な話だ。その辺の普通の女なら、何とも思わない。なんで名前は、こんなにも俺の平常心を乱すのか。美しいから?可愛いから?良い子だから?それだけじゃない気がする。
「ヵ、カシさ……」
「ん?」
寝息をたてる名前。寝言だ。
今のは反則。今夜は眠れないねぇ。
諦めて名前の頬を撫でながら、カカシは髪の毛に唇を落とした。
「いつの間にか月が欠けてる……」
名前の出会った日は美しい満月だった。
名前を胸に抱きながら、カカシはいつの間にか眠りに就いた。
翌朝、ドアを叩かれ玄関を開けると三代目が立っていた。
「三代目!?」
「休日に悪いの。報告することがある。お前の報告も聞きたい」
「あ、はい」
リビングに名前を残し、2人はベランダで話をしていた。名前は、こちらを気にしているようだったが聞こえないのが分かると、諦めてキッチンに行ってしまった。
「分かってたとは思うが、この家には結界が張らせてある。それから、暗部で監視させてもらっている。一度名前をひとりにしてみたい。結界も解いてな。行動次第では、名前をスパイ容疑にかける」
「やはり…」
「しかし、殆ど白だろうとわしは思っている。昨日、紅に名前の髪を採取して貰った。分析したところ、チャクラの痕跡があった」
「いや……でも、名前にはチャクラがないじゃないですか」
「そうじゃ。しかも、ただのチャクラではない。大量の人間のチャクラじゃ。性質も違うものばかり。殆どの髪からチャクラは検出されなかったが、一部分だけベッタリとくっついておった。とても人間の仕業とは思えん」
「三代目……まさかとは思いますが」
カカシは昨日聞いた話をした。
「なるほどな……」
「大量のチャクラは、食べられた人間のものかと」
「気味の悪いバケモノがおるとはのぉ」
「昨夜、名前も同じ様な話をしました。まだ名前には何も言っていませんが。特徴を聞いたところ、一致しました。同じバケモノに襲われたものと思われます」
三代目がフーっと息を吐く。
「そうなると、迂闊に名前を外には出せん。明日から1週間、予定通りひとりにさせるがカカシも監視と護衛を兼ねろ」
「はい」
三代目とカカシは、リビングに戻る。
「名前さん、新しい家は気に入ってくれたか?」
「こんな立派な家!本当にありがとうございます!」
「いいんじゃ。一番大変なのは貴女であろう」
三代目は、差し入れのフルーツを置いていくと去っていった。嬉しそうにフルーツを眺める名前を見ながら、カカシは名前が本当にスパイだったらどうしようかと思った。拷問を受け、傷一つない体が傷だらけになるのを想像して寒気が走った。相当ぼーっとしていたみたいで、気付けば名前が顔を覗き込んでいた。
「カカシさん?」
「……ん、あぁ。名前、俺、明日から任務で昼間は家空けるから。危ないから外でちゃダメだよ」
「そうなんですか…。気を付けてくださいね!」
なんでそんな可愛い顔をするんだ。
少し寂しそうに伏せられた睫毛が、物凄く愛おしく感じる。
「そういえば」
「?」
「カカシさん、いつの間にか私の事呼び捨てで呼んでくれてますね!」
「あ、嫌だった?」
「いいえ、なんか親しくなった気がして嬉しいです」
軽やかにクルクルと回る名前の表情。
お願いだから、疑わしき行動しないでよ。と、カカシは願うばかりだった。
ー9ー
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