人形姫・09


翌日、名前を置いて家を出るカカシ。

「誰が来ても出ちゃダメだからね」
「はい。今朝で5回目ですよ。心配してくれて、ありがとうございます」

クスクスと笑う名前。彼女の生きてきた環境のせいか、彼女には警戒心と言うものが余りにもなさすぎた。カカシに出会った時と言い、三代目を目の前にした時と言い、未知のものを目の前にしても彼女は警戒心を示さなかった。もう少しは警戒してくれた方が、カカシとしては安心できるのだけど……。
名前の無事を案じ、彼女の頭を撫でるとカカシは家を出た。

すぐに暗部と合流して、名前の部屋がよく見える場所で監視を始めた。

一通りの家事をした後、シャワーを浴び直し、着物を着付ける名前。
カカシがプレゼントした扇子を持って、踊り始めた。見たことのない踊りだが、とても美しく優雅だ。カカシは、惚れ惚れと踊りを眺めていた。
いつも微笑んでいる名前の見たこともない真剣な顔。舞妓って仕事の練習だろう。こんな顔もするんだと、新たな発見をした。

踊っては何か書き留め、踊っては書き留める。それを何度も何度も繰り返し、何時間も練習をしていた名前の手が、突然震えだす。

「名前?」

震える手で顔を覆うと、床に崩れ落ちた。

「泣いてる……?」

泣く姿さえも美しいと思ってしまった。自分はなんて酷い男なのだろう。肩を揺らし、顔は見えないが指の間から時折雫が落ちる。カカシの胸は抉られる思いだった。当たり前だ、これまでの普通の生活を突然奪われ、知り合いも身寄りもない世界にひとりぼっちにされたのだ。これまで一体、どれだけ無理して笑っていたのだろう。

暫く泣いていたが、泣き疲れたのかいつの間にか眠りについていた。



「シ……」

ずっと泣けなくて、やっと泣けたと思ったら眠っていた。時計を見ると、もう夕方。

「いけない!」

そろそろカカシの帰ってくる時間だ。名前は、急いで顔を洗う。鏡に映る自分の顔は余りにも子供だった。赤くなったまぶた、頼りなく充血する瞳、どれをとっても情けない程に幼かった。カカシに比べて、私はなんて子供なんだろう。とても釣り合うとは思えない。

「って、何考えてるの私!」

そもそもカカシは、任務で私のそばに居てくれて守ってくれている。火影様の判断で任務が終われば、カカシは離れて行くのだから。気を取り直し、着替えると夕ご飯の仕度を始めた。

もうすぐ完成する所でカカシが帰ってきた。

「おかえりなさい」
「ただいま」

少し腫れた目元。それを感じさせないように笑っているのが痛々しい。カカシが抱き寄せる。

「カカシさん?」
「ごめんね。なんでもするから…。辛かったら一緒に居るから」
「………あ、ありがとう…ござい……」

緩んでいた涙腺から、更に涙があふれた。
木の葉に来て数日しか経ってないが、元の世界に置いてきてしまった人々、時折思い出す黒い何か、訳の分からないこの世界への不安。それに対して、優しいカカシ。でも、その優しさも任務だから。本心を隠しもてなす舞妓をしていた名前には、痛いほど分かった。

「わたし………」
「だいじょーぶ」

カカシは、強く抱き締める。花の香りがカカシを包む。やっぱり俺は彼女を手放したくない。自分のものでもないのに、そんな身勝手なことを思ってしまった。



翌日も、カカシは名前の監視をする。
今日も、舞の練習をしている。真面目な子なんだと、カカシは感心した。すると、暗部の一人が近付いてきた。

「カカシさん、あんまり彼女には深入りしない方がいい」
「どーゆーこと?」
「僕の家系は代々第六感に優れています。だから分かる。彼女の周りには生霊がいる。まだ生霊は、彼女を探している段階だから良いけれど、見つかったら貴方の方が危ない」
「……?」
「その生霊、彼女に心底惚れているようだ。見つけ次第食べようとしている。彼女の体の一部、既に食べているみたいだしね。死んだ霊より、生きている方が厄介だ。念が蓄積していくから。昨日より今日のほうが強い」

カカシは、彼が嘘を言っているとも思えなかった。だって、その生霊は自分によく似ていたから。
俺だって食べちゃいたいよ。近付く男は、アスマでさえ邪魔だと疎ましく思う。

「この首飾りを彼女に渡して下さい。この首飾りは、実体を持たぬ者には見えなくなるまじないを掛けてある。これが無いと、生霊を消さぬ限り彼女は一生鳥籠の中」
「…………。」
「僕は彼女はスパイでも忍でもないと、1日目から思っています。あの生霊は普通じゃない。もはや見た目が人間ではなく、黒いバケモノだ」

また新しい点が線で繋がる。

「………名前に渡しておくよ」
「あなたも気を付けて下さい。じゃ、僕は持ち場に」

2日目も何事もなく監視は終わる。
3日目も、4日目も。あれから名前が泣く事はなかった。
そして、1週間続けられた監視の間、名前の怪しい様子は見受けられることはなかった。さらに、例の暗部が生霊の存在、その風貌や行動の報告内容がカカシの報告内容と一致したことにより、名前の疑いはとりあえず晴れた。

首飾りは、名前にお守りだと伝え、家の中は結界で守られているが、外に出る時には付けるように言った。生霊のことは伏せて。元に戻る手段が無い以上、名前には木の葉の生活をしてもらわなければならないからだ。

名前の疑いが晴れたということで、カカシは普段の任務に戻ることになり、家を空ける頻度が増えた。名前は、時折散歩や探検と称して家を出る事も増えた。そんな2週間が経ち、名前はカカシに提案をしてきた。

「働く?」
「はい。火影様やカカシさんにいつまでも頼っては居られないし、自立したいんです」
「いい心掛けだとは思うけど、どこで働くの?」
「アカデミーで事務員やらないかって、火影様から」

家から近いし、アカデミーなら無駄な心配もしなくて良さそうだ。

「そう…いつまでも名前を閉じ込めて置くわけにもいかないしね」
「いいの!?」
「名前がやりたいなら、やっていいよ」
「カカシさん、ありがとう!」

唯一心配なのは、名前に悪い虫が集らないかどうか。集るだろうなぁ。心配事がひとつ増えてしまった。
ー10ー

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