空島(52)

「……去ったか…」

空の騎士は白い雲の海を正面に見据え、嘆いた。
敵が海から上がってこないので、どうやらどこかへ逃げたらしい。

「何なのよ一体…あいつは何者だったの?それに何よあなた達だらしない!3人がかりでやられちゃうなんて!」

ナミは3人に向けて言うが、ゾロとサンジは座っておりルフィは寝転んでいる。船で最強の3人がこうなってしまえば、一味に勝てる手段はないに等しい。

「助けてくれてありがとう」

「助かりました!」

「ウム。よい。やむを得ん。これはサービスだ」

礼を言うチョッパーとフミに空の騎士は真顔で答える。シワシワの顔はピクリとも動かない。

「いや、まったく腑甲斐ねェ」

「なんか体が…うまく動かねェ」

「…きっと空気が薄いせいね」

ロビンの言葉にゾロとサンジは納得がいった。ここは雲よりも上の上空。酸素が薄いのは当たり前だ。気圧が低く、空気の量が少ないのだから。

「おぬしら青海人(せいかいじん)か?」

「?、何それ…そうだあなたは誰?」

「我輩“空の騎士“である。青海人とは雲下に住む者の総称だ。つまり、青い海から登ってきたのか」

「うん、そうだ」

「ならば仕方あるまい…ここは青海より7000m上空の“白海“さらにこの上層の“白々海“に至っては1万mに及んでいる。通常の青海人では体が持つまい…」

空島では地上の海のこと青海、空島の海のことを白海と呼ぶようだ。

「おっし!だんだん慣れてきた」

「そうだな。さっきより大分楽になった」

「イヤイヤイヤイヤ、ありえん」

ルフィゾロサンジはもう既に慣れてきた様子で空の騎士は驚いている。きっと普通に戦えそうだから恐ろしい。

「それより、さっきの奴海の上を走ってたのは何でなんだ?」

「まァまァ待て待て…質問は山程あるだろうが、まずビジネスの話をしようじゃないか。我輩フリーの傭兵である。ここは危険の多い海だ。空の戦いを知らぬ者ならさっきのようなゲリラに狙われ空魚のエサになるのがオチだ。1ホイッスル500万エクストルで助けてやろう。」

空の騎士の言葉に、皆黙ってしまうと同時に疑問が浮かぶ。言っている意味がまったく分からなかったからだ。

「何言ってんだおっさん」

「ぬ!!?バカな格安であろうが!これ以上は1エクストルもまからんぞ!我輩とて生活があるのだから」

「だからそのエクストルって何なんだよ。ホイッスルがどうのってのも」

どうやら空島での通貨のようだ。青海のベリーに換算すればどの程度になるのだろうか。
ルフィの問いに空の騎士は目を見開いて驚いた。

「おぬしら…ハイウエストの頂からここへ来たんじゃないのか?ならば島を一つ二つ通ったろう?」

「だから何言ってんだ、おっさん」

ルフィはずっと訳のわからないことをいう老人にイライラしてきた。が、それを遮るようにナミが口を開く。

「ちょっと待って!他にもこの空の海へ来る方法があったの!?それに島が一つ二つって…空島はいくつもあるもんなの?」

「…何と!あのバケモノ海流に乗ってここへ!?まだそんな度胸の持ち主がおったか…」

「…普通のルートじゃないんだ…やっぱり!」

ナミは口元を押さえて青ざめる。冷静に考えればしにかけたのだ。もっと安全なルートがあったのなら、ゾッとする。

「着いたからいいじゃねェか、着いたからいいじゃねェか」

「死ぬ思いだったじゃないのよ!じっくり情報を集めてればもっと安全に!!!」

ナミはルフィの胸ぐらを掴みながら、揺らす。八つ当たりしなければ気が済まない。

「1人でも船員を欠いたか?」

「いや、全員で来た」

「他のルートではそうはいかん…100人で空を目指し、何人かが到達する誰かが生き残るそういう賭けだ。だが、突き上げる海流(ノップアップストリーム)は全員死ぬか全員到達するか、それだけだ。0か100の賭けができる者達はそうはおらん。近年では特にな。度胸と実力を備えるなかなかの航海者達と見受けた」

老人の言葉に全員嬉しくてニヤけたが、それで満足できないものが1人。ウソップの鼻がどんどん高くなっていく。

「いやァー!まァ確かにおれがいてこそだった!あの時のコイツらが泣き崩れ人生を諦めてゆく中、おれは言ったんだ!おれが航海してみせる!」

武勇伝を語るウソップが恥ずかしくなり、航海してみせると言った張本人のナミが顔を赤くしながらウソップの肩を強く掴み止めさせる。
老人はウソップの言葉を聞かぬふりをし、ホイッスルを投げた。

「1ホイッスルとは、一度この笛を吹き鳴らす事。さすれば我輩が天よりおぬしらを助けに参上する!本来はそれで空の通貨500万エクストル頂戴するが、1ホイッスルおぬしらにプレゼントしよう。その笛でいつでも我輩を呼ぶがよい!」

ルフィ達の勇気に感銘を受け、無償でも助けたいと考えたのだ。
老人は立ち上がり、自身の身長と同じくらいの槍を手に持った。立ち去ろうとする彼にナミは慌てて口を開く。

「待って!名前もまだ…」

「我が名は空の騎士“ガン・フォール“そして相棒のピエール!」

「ピエーー!!」

ガン・フォールの横で鳥のような生き物が鳴いた。

「言い忘れたが我が相棒ピエール。鳥にして“ウマウマの実“の能力者!」

目の前で鳥の形が変形していく姿に、言葉が詰まる。
足が生え、立て髪が伸び、顔が馬になる。

「つまり、翼を持った馬になる!すなわち……」

目の前の光景にナミとフミの目が輝いた。女の子ならば一度は憧れる生き物では無いだろうか。

「うそ!素敵!!ペガサス!?」

「そう!ペガサス!!!」

ガン・フォールは高らかにそう叫んだが、ピエールの姿を見て全員が「微妙」だと感じた。水玉模様の鳥だったので、そこは変わらず水玉模様の馬に、顔がアホ面だった。

「勇者たちに幸運あれ!!」

ガン・フォールを乗せたピエールは羽ばたいていった。
夢を見させられたナミとフミはがっかりした様子だ。

「オカシな生き物になったぞ…アレ」

「結局何も教えてくれなかったわ」

「……そうだ…ほんと…何も」

「これで振り出しに戻ったぞ」

唯一わかったことは“白海“という名とエクストルという通貨のことのみだ。ロビンは静かにため息をつく。むしろ疑問が増えただけなのかもしれない。

「で、どうやって上へ行くんだ?」

「よし、じゃあおっさん呼んでみよう」

ガン・フォールが投げ捨てていた笛をルフィが拾っていたみたいで、口元にそれを持っていこうとするのでナミとウソップが慌てて首を掴んだ。突然の圧迫にルフィは息が詰まる。

「ちょちょちょちょっと待ってルフィ!緊急事態に助けてくれるヤツでしょ!?」

「コ…コ…」

息が吸えないため、死にかけているがその隙にウソップが笛を取り上げた。

「とりあえずどこかへ船を進めよう」

ゾロの提案にロビンは頷く。その横でチョッパーは何かを見つけた。

「なァ!あそこ見てくれ!」

チョッパーの目線の先。一見滝に見えるそれは、水ではなく白い雲だ。

「よし決まりだ。あそこへ行ってみよう」

「コ……」

「ナミちゃん、ルフィが死んじゃう…」

「あ、ごめん」

フミの言葉でナミが手を離すが、謝罪の言葉には気持ちなど入っていない。
顔面蒼白になったルフィは突然入ってきた空気に咳き込むしかなかった。



***



滝に近づいたメリー号は進めずにいた。滝の前には大きな雲があり、滝にたどり着くことが出来ない。

「空の海に上に浮いてんだから、同じ空の海じゃねェだろ」

「じゃ、どんな雲だ…?」

白海と同じ雲ならば、そもそも浮いていないはずだとサンジは主張するが、何なんだと聞かれれば分からない。触ったら分かるだろ、とルフィはゴムの手を伸ばしてみる。

「んん!?」

「わっ!弾いた!」

ルフィの手は雲に当たると、跳ね返された。本来ならば突き抜けるはずだ。その感触に、ルフィはある確信を得た。弾くのであれば、乗れるはずだと。
気づいた時には体が動いていて、その弾く雲の上にいた。

「見ろ!乗れた!沈まねェぞ!ふかふかする!」

笑いながらトランポリンのように飛び跳ねているルフィにチョッパーは目をキラキラさせた。

「スゲーーーー!!!!!」

「どういう現象?」

「不思議」

「ル、ルフィ!私も!」

「おれも行く!」

ウソップとチョッパーはメリー号から飛び出し、フミはルフィに引き寄せてもらった。降り立った感想は、今までに味わったことがないふかふかさだと言うこと。

「わ、すごい!!」

「なんか温けェしこのまま寝ちまいたい…干したてのフトンより気持ちいい」

ルフィが寝転がるので、フミも隣に寝てみる。フッカフカのそれに頬が緩むのを感じた。
そんな彼らを横目にナミとロビンは話し合っていた。

「そうなるとこの盛り上がった雲のある場所は船じゃ通れないわけか…」

「上から船の通れるルートを探して!」

「おう!フミ行くぞ」

ナミの指示にルフィはフミの手をとって立たせる。
少し雲の上を歩くと、滝のようなものの下に大きな門が見えた。ルフィ達の先導の元、メリー号は弾く雲の間を抜けていく。門の近くでルフィ達は船に戻った。

「あの滝みたいな雲はやっぱり滝なのよ!さっきの性質の違う雲の上を流れてるんだ」

大きな滝雲の目の前に船が余裕で通れるくらいの門があった。そこには“HEVEN‘GATE“という文字。意味は天国の門だ。

「縁起でもねェ。死にに行くみてェじゃねェか…」

「…いーや、案外おれ達ァもう全員死んでんじゃねェのか?」

「そうかその方がこんなおかしな世界のも納得がいくな」

ゾロとサンジの言葉にウソップはより顔を青くさせた。それを聞いてもルフィは楽しそうだ。
メリー号は門の下をくぐっていく、そこには小さな扉があってタイミングよく開かれた。

「見ろあそこ誰か出てきたぞ」

「観光かい?それとも戦争かい?」

出てきたのは背中に白い翼が生えた老婆だった。見知らぬ機械でカシャっと音を立て、同時にその機械が光る。その老婆の名はアマゾン。天国の門の監視官であるが、一味は知る由もない。

「どっちでも構わない。上層に行くんなら入国料1人10億エクストルおいていきなさい。それが法律」

「天使だ!天使ってあんなんなのか…梅干しみてェだ」

ルフィは老婆を見て思ったことを全て口に出した。が、誰も否定はしない。
白い翼が生えている人なんて天使にしか見えない。

「10億エクストルってベリーだといくらなんだ?」

「…あの…お金もし…もしなかったら」

ナミが焦りながら尋ねた。

「通っていいよ」

「いいのかよっ!」

ウソップがアマゾンに豪快にツッコミを入れた。払わなくて通っていいのなら最初から言わないで欲しいと心の中で悪態をつきながらナミは胸を撫で下ろした。

「それに、通らなくても…いいよ。あたしは門番でもなければ衛兵でもない。お前達の意志を聞くだけ。」

そう言ってアマゾンは不気味な笑みを浮かべる。

「じゃあ行くぞ。おれ達は空島に!!金はねェけど通るぞばあさん!」

「そうかい。8人でいいんだね」

「?、うん、でもよどうやって登ったら…」

ルフィの疑問の途中で、メリー号が雲の海から出てきた何かに捕まれ、船が大きく揺れた。

「白海名物“特急エビ“」

そのアマゾンの声が一味に届くことはなく、特急エビと呼ばれたソレがメリー号を強制的に滝を登らせていく。風の向きなど関係なく、メリー号は真っ直ぐ雲の滝を登っていった。

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