ジャヤ(48) 船を改造しているはずの外が騒がしく、フミはベッドから立ち上がる。何か、喧嘩をしているような音だったのでバリアがついたクマのぬいぐるみを片手に扉を開けた。 そこには、倒れるマシラとチョウチョウがいた。血塗れでフミは声をあげそうになる。クリケットは金髪の男と戦っていた。どうやら、金塊を狙ってきたらしい。他も大勢引き連れてきたのか、観客は多い。 「ジジィ、大人になれよ!黄金郷はノーランドが思い描いた空想の産物!この先の新時代をゆく海賊になりたきゃ、幻想(ゆめ)は決して叶わねェと知るべきだ!」 血塗れで膝をついていたクリケットは金髪の男の言葉に立ち上がった。 「待て若造…!ガフ…ゲホッ…幻想に喧嘩売る度胸もねェヒヨっ子が…海賊を語るんじゃねェ」 金髪の男はクリケットを睨みつけ、足をバネのように縮こませた。能力者なのだろう。 フミが瞬きをするその間にクリケットは倒れ込んでいた。あまりの強さに足を震わせながら、フミは黄金を手に持つ。 「なんだァ?女がいるぞ!」 金髪の男の声に他の海賊達もニヤニヤしながらフミを見つめていた。 「黄金をどうするつもりだ?まさか守るって言うんじゃねェだろうな?」 「守るよ、これがクリケットさんの夢だから!」 「おいおい笑わせんなよ。お前も夢か?幻想か?」 一瞬でフミに近づいてきた金髪の男は黄金に触れようとする。フミはバリアを発動し、男の手に小さな電撃が走った。 「なんだ?能力者か?」 「いいえ。ただのか弱い女よ」 「女にも容赦はしねェ」 また足がバネのように縮こまり、そして姿が見えなくなった。消えたのではなく、速すぎる動きにフミがついていけないだけだ。男は容赦なく、バリアに蹴りを入れた。能力は防げても、蹴りは防げずフミは吹き飛ばされる。倒れる衝撃はバリアで受けないものの、恐怖は刻まれた。 何度も何度も、蹴りを入れられ痛みはないが衝撃は防げない。地面を転がりながらフミは強く黄金を抱きしめた。 「お前はおれが可愛がってやるよ。ちょうど夜の相手が欲しかったところだ。黄金と一緒に来い。夢なんて語れなくしてやるよ」 ニヤリと笑う男に震えが止まらず、バリアがもうすぐ切れるというのに逃げ道がなかった。手首を強く掴まれ、引き寄せられる。痛みはないが、そのまま引きずられ、フミは黄金と共に連れて行かれたのだった。 ーーーーーーー 酒場は、ベラミー海賊団が貸し切っていた。先程のクリケットたちを笑いながら一味は酒を飲んでいる。 ベラミーは少し飲んだ後、フミの髪を掴んで地面へと投げた。 「お前、昼間の海賊の仲間か?」 「ゲホッ…ゴホッ」 「麦わらのルフィだったか?おれ達に手も出せず怖気付いてやがった」 「黄金を返して」 「お前みたいな弱い女でも入れるとは、何でもありだな!顔がいいから置いてやるが、次夢だの言ったら殺す」 顔を寄せられ、鼻が当たる距離でベラミーはフミを見つめる。手は震えているが泣いてはいなかった。 頬を撫で、ベラミーはフミの全身を見つめる。あまりにもか弱い彼女に、ベラミーは鼻で笑った。 「なんで海賊になった?」 「あなたに関係ないっ、」 ベラミーは強引に顎を掴み上を向かせた。視線が合い、睨まれるがフミはそらさずただ見つめ返した。 「おれから離れられなくしてやる。お前からおれを求めるようにな。」 白いフミの首筋をベラミーは舐めた。鳥肌が立ち、フミは暴れてベラミーから離れようとするががっしりと腕を掴まれる。 「殺されたくねェなら、大人しく抱かれろ」 これから何をされるのか、フミは知らない。だが、その瞳から逃れることはできないのだと悟った。何度もルフィの名前を心の中で叫ぶが、口にはできない。呼んでもベラミーは馬鹿にするだけだからだ。愛しい人を馬鹿にされたくなかった。 「あなたは夢がないの?」 フミの言葉を聞いた途端、ベラミーはフミの頬を殴った。それを見ていたベラミー海賊団の1人が止めようとするが、怒りのオーラを見て立ち尽くすしかなかった。 頬を赤くなり、口からは血の味がした。フミの瞳から一筋の涙が溢れる。 「大変だァーーー!!!」 バンッと勢いよく扉が開き、ベラミーは音のする方を見た。 「昼間!この店にいた奴らはすぐ…あ!!ベラミー!あんたまだここにいたのか!?」 ベラミーはフミの胸ぐらを掴んでいた手を離し、扉から入ってきた男を睨みつけた。 「すぐ逃げた方がいいぜ!アンタ…殺されるぞ!一番危ねェ!」 「…何の話だよ…おれが?誰に殺されるって?」 男は2枚の手配書を取り出した。酒場は静まり返り、皿を落としてしまう者もいた。 「1億…?」 「6千万…!?」 「そうさ!昼間のあいつら2人共…アンタより懸賞金が上なんだよベラミー!!」 ベラミーは眉間に皺を寄せて、下を向く。 ルフィが1億ベリー、ゾロが6000万ベリーに懸賞金があがっているのだ。 「ウソだろヤベェ!えれェ奴を笑っちまった!おれ達…顔を覚えられていねェかな…ここにいるとマズイぞ!」 「待て!!もしかして、ヤベェやつの仲間を誘拐しちまったんじゃ…」 「一億の賞金首なんて会った事ねェよ!」 酒場が騒めき、みなが怯え始めた。 「ハハッハハ…ハッハッハッ!オイオイオイオイ!」 そこで笑い声をあげたのは、下を向いていたベラミーだった。一同はベラミーに目を向ける。 「バカ共が…こんな紙切れに怯えやがって!てめェらの目はフシ穴かよ!?張本人を見ただろう?」 フミは倒れながらも、笑い声を上げるベラミーを睨みつける。ルフィがきっと来てくれると、信じながら。 「過去にこんな海賊がいたのを知ってるか?てめェの手配書をてめェで偽造してハッタリだけで名を上げた海賊…相手はその額を見て縮み上がり何もせず、ただ降伏するってわけさ。戦えば本来勝てるものを………今のお前らのようにだ!当人の弱さを目の当たりにしておきながら、このザマだ…情けねェ!」 ルフィとゾロは夢を笑われたが、手出しせずにただやられただけだった。アレを見てしまえば、強いと思うわけがない。 「それによォ、こーんな弱い仲間がいるんだ!どうせハッタリだろうよ」 フミの髪の毛を掴みながらベラミーは怪しく笑う。 「ルフィは、弱くない」 「ハッハッハッ!お前も騙されてるんだな」 フミの口元から流れる血を拭いながら、ベラミーは嘲笑った。 「そうだったのか!ビビらせやがってあの野郎共!」 「だがしかしベラミーの言う通り、億なんて額になる奴は相当ヤベェ事件にかかわってるハズだってのに、新聞沙汰にすらなっちゃいねェってのがオカシイぜ!」 「違ェねェ!麦わらなんて聞いたことねェし!もっと強い仲間を引き連れてるはずだ!」 フミの心に刺さってくる言葉は精神的に傷つけてきた。自分が弱いから、ルフィに頼られず、そして誘拐されてしまったのだ。涙が溢れてきて、そんな自分も情けなく、ベラミーはそんなフミに優越感が溢れた。 「ベラミィーーーー!!!どこだァアアーーーーー!!」 突然の大声にビクゥッッ!と酒場にいた者達は肩を震わせた。しーんと静まり返る酒場で、ベラミーがニヤリと笑う。 「お前のところの船長がご指名とは」 フミの頬をいやらしく撫でた後、ベラミーは酒場から出る扉へと歩いた。一味がそのベラミーをただただ見つめることしかできない。 「……今、お前の噂をしてたトコさ…おれに用か?」 「そうだ。フミはどこにいる?ひし形のおっさんの金塊を返せ!」 「金塊?…ああ、クリケットのジジイが持ってたヤツか…」 ベラミーの味がバネのように縮こまり、そして跳ねた。屋根の上にいたルフィの元へ、ベラミーは飛んでいく。 「返すもなにも…アレはおれが海賊として奪ったんだ。お前の仲間もな。」 「おっさん達は友達で、フミはおれのだ!だからおれが奪い返すんだ!」 酒場にいた人たちが外に出てきて、フミもルフィの声につられてヨロヨロと立ち上がり酒場から出る。 「ハハッハハ!聞くがお前!戦闘ができるのか!?パンチの打ち方を知ってんのか!?ハハハハハ!てめェみたいな腰抜けに何ができる!」 フミはルフィと目があった気がした。ルフィはすぐにベラミーに視線を戻し、眉間に皺を寄せる。 「昼間みてェに怯えてつっ立ってても、おれからは何も奪えやしねェんだぜ臆病者!!」 「昼のことは別の話だ。」 「ハハッハ!そうか…一体何が違うんだ!?…じゃあ今度はもう2度とその生意気な口がきけねェようにしねやる!」 ベラミーが飛び跳ねて、2人が乗っていた屋根が崩れる。ベラミーの蹴りを避けながら、ルフィは地面へと着地した。 「……スプリング跳人!」 ベラミーはバネの足を使いながら、常人には見えないスピードで建物中を動き回る。 「ベラミーが消えた!?」 「これは処刑人ロシオがやられた時の!!」 ベラミーの一味たちが楽しそうにベラミーを見つめるが、速すぎて彼らにはベラミーの姿が捉えられない。 「あの女がお前の?ハハッハ!あんな弱い女が仲間?笑わせるな!一回殴っただけで泣きやがった!」 ベラミーは嘲笑いながら、スピードを上げる。 「そういやあのジジイや大猿共も、弱い女もおめェらと同類だな!400年前の先祖のホラを信じ続ける生粋のバカ一族だ!ハハハ!何が黄金郷!?何が空島!?夢見る時代は終わったんだ!海賊の恥さらし共!」 「…パンチの打ち方を知ってるかって?」 ルフィは、拳に力を込める。フミはその顔を見て、今まで以上にルフィが怒っていることを悟った。ピリッとした空気が張り詰める。 「あばよ!麦わら!!!」 超スピードに達したベラミーはその勢いで、ルフィへと飛んでいく。ニヤける顔が止まらないベラミーの頬にルフィは思いっきり拳を叩き込んだ。 ドンッ!!と大きな音とともに、ベラミーは地面へと倒れ込む。その頬には拳の跡がくっきりと残っていた。 その場は静まり返り、ポタポタとルフィの拳から落ちる血の音だけが響いていた。 「………え?」 「オイ!冗談よせよベラミー!…なァ?からかってんだろ!?…何とか言えよ…」 ベラミーは気絶してしまっていた。なにも返答がなく、皆の顔色が悪くなる。 「おいベラミー!バカなマネはよしてくれ!さァ!立ち上がって、ほら!いつものショー見せてくれよ!」 「ベラミー!お前は!5千500万の大型ルーキーだぜ!?」 手配書を酒場に持ってきた男はガタガタと震えながら、ルフィの懸賞金を思い出す。麦わらのルフィは「1億ベリー」 「フミと、おっさんの金塊、返せよ」 ルフィの言葉に全員が雄叫びをあげながら、走り去っていく。腰は震え、立てない者も足を引きずりながら逃げていった。 残されたのは、フミとルフィ。なぜか、顔を手で覆っているフミにルフィはゆっくりと近づいた。 乱れた髪に、血がついた白い服。ルフィの手は震えて、フミの前で腰を下ろした。 「フミ?」 「…見ないで」 哀れな、自分を見られたくなかった。 か細いフミの声に堪らなくなりルフィは、思いっきりフミを抱きしめていた。 prev next 戻る |