ジャヤ(46) 「いいか…おめェら。まず空島についておれの知ってる事を全て教えてやる」 ルフィ、ナミ、ウソップ、チョッパー、フミも外に出て木の椅子に腰掛けた。目の前で立つクリケットは空島について教えてくれる様子だ。ゾロはといえば後ろの方であぐらをかいて眠っているがいつもの事。 「何もかもが不確かな事だが、信じるかどうかはおめェら次第」 「うん信じる」 「早いよルフィ!」 すぐに頷いたルフィにフミは少し怒る。フミの言葉にもすぐに頷くので、ナミは小さなため息をついた。 「この辺の海では時として真昼だってのに一部の海を突然“夜“が襲う奇妙な現象が起きる」 その言葉に全員、あの時の光景が頭を過ぎる。サルベージの後、マシラ達に襲われた時だ。 「夜が来て、ほんでその時怪物が現れたんだ!」 「巨人の事か。あいつらがどこからやって来るかって謂れもあるが今は置いとけ。突然来る“夜“の正体。それは極度に積み上げられた雲の影だ。」 「積乱雲の事?雲がかかる程度でできる闇じゃなかったわよ」 「おっさんバカだなー。雲が多い日はくもりになるんだぞ」 「ああ。くもりだぜ」 「黙って聞けィ!!!」 ナミの指摘にルフィとウソップが頷きバカにするのを聞いて、クリケットは怒る。 「“積帝雲“そう呼ばれる雲がある」 積帝雲は空高く雲が積み上がるも、その中には気流を生まず雨に変わる事もない。それが上空に現れた時、日の光さえも遮断され地上の昼は夜にも変わる。一説には積帝雲は何千年何万年もの間、変わる事なく空を浮遊し続ける“雲の化石“と呼ばれていた。 「そんなバカな事……」 「あるわけがないと思うのも自由。おれは別に信じろと言ってるわけじゃない」 「不思議雲って事か!」 「そうなるな。未だ解明されねェ雲だ」 ナミは信じられない、という様子だがルフィは「不思議雲」で納得したようだ。 「いいか。空島がもし存在するというのならばそこにしか可能性はない」 「そうか!よしわかった!その雲の上に行こう。ゾロ起きろ!」 「お。朝か」 「おいみんな支度しろ!雲舵いっぱいだ!おっさん教えてくれてありがとう!」 「行き方がわかんないって何度言わすの!?」 今すぐ空に行きたくて仕方がないルフィはゾロを起こした。興奮気味のルフィとウソップにナミは大声をあげ、ボカボカと殴った。顔面が腫れた2人は大人しくまた木の椅子に腰掛ける。 腫れた頬が痛そうだが、フミは声をかけなかった。喧嘩が意地になってしまっている。 「ここからが本題だ。言っておくが命を懸けろ」 「「もうヒン死」」 ナミは瀕死状態の2人になど目もくれず、クリケットを真剣に見つめる。 「突き上げる海流(ノップアップストリーム)この海流に乗れば空へ行ける理屈の問題だ。わかるか?」 「それって!船が吹き飛ばされちゃう海流なんでしょ?」 「そうか!吹き飛べばいいんだ雲の上まで!」 「だけどそれじゃ、そのまま海にたたきつけられるって話を…モックタウンで…」 ナミはモックタウンで笑われた屈辱を思い出さない様にしながら呟く。 「普通はそうだな。大事なのはタイミングだ。まず海流に突き上げられるって状況も口で言やあ簡単だが…おめェらがイメージする程さわやかな空の旅にはならねェ。」 突き上げる海流(ノップアップストリーム)はいわば「災害」であり本来は断固回避すべき対象であるとクリケットは説明する。その言葉にウソップは足が震えた。 「……一体どういう原理で海流が上へ上がるの?私たち今までそんなの聞いた事もなかったし…」 「そのバケモノ海流の原理ってのも当然予測の域を越えない。そこに突っ込んでまで調べようってバカはいねェからな。」 海底のより深くに大空洞があり、そこに低温の海水が流れ込むと下からの地熱で生じた膨大な蒸気の圧力は海底での爆発を引き起こす。それを海へ吹き飛ばし空への海流をも生み出す程の大爆発。時間にして約1分間、海は空へ上昇し続ける。それがクリケットの定説だった。 「1分間…水が立ち登るってどういう規模の爆発!?」 「爆発の場所は毎回違い、頻度は月に5回」 ウソップは足だけでなく、全身が震え始め今度こそ死ぬのかもしれないと恐怖に支配された。 「だがまァ…雄大な自然現象を言葉や理屈で言い表すなど愚かな事だ。」 「じゃ…じゃあつまり!月に5回しか生まれねェその海流の上空にうまく空島がやってこなきゃ……」 「ああ。飛び損だな。そのまま何に引っかかる事もなく海面に叩きつけられて全員海の藻屑だ。もっとも積帝雲にうまく突っ込めた所でそこに空島が存在しなきゃ結果は同じかもしれねェが」 そもそも空島があるのかさえ分からない状況でウソップに空島を目指す勇気はなかった。チョッパーとフミも抱きしめ合いながら震えている。 「よ…よし!空島を諦めよう!ははは!あー残念だなルフィ…こりゃ無理だぜ…なにせおめェラッキーの中のラッキーの中のラッキーの中のラッキーくらいのラッキー野郎じゃなきゃ行けねェって話だ」 「大丈夫さ。行こう!」 なんとかルフィに空島を諦めてもらおうと説得するも、彼の気が変わることは絶対に無いだろう。ウソップの瞳からは涙が溢れ始め、メリー号を指さす。 「大丈夫ってお前またそんな根拠のねェ事を軽々と。だいたいよ今のメリー号を見ろよ…あの痛々しい姿!このままじゃ巨大な災害になんて立ち向かえねェよ!」 東の海から共にここまで来た船はもうボロボロだった。クリケットもメリー号に目を向けて首を横に振る。 「確かにな。あの船じゃ例え新品の状態でもムリだ」 「何ィ!?」 自分で言ったもののメリー号を否定されてウソップは噛み付く。 「スピード・重量・強度…あの船じゃ爆発と同時に粉砕して終わりだ。」 「!!……でも……な!?だろ!?ムリだやっぱ」 「だが、その点は心配するな。マシラとショウジョウに進航の補助をさせる。勿論事前に船の強化をした上でな」 「「オーウ!!任せろおめェら!!」」 元気よくマシラとショウジョウが声をあげる。ハリボテ小屋の中に居るはずだが、聞こえているらしい。 ウソップとナミは心の中で「余計なマネを!」と呟いた。ルフィは彼らに手を振りながら嬉しそうに笑う。 「あんたねわかってんの!?そもそも…そうよ!私たちがこの島に滞在してられる時間はせいぜいあと1日よ。それを過ぎたらもう記録指針(ログポース)はこの次の島の方角を指し始めるわ!」 「だよなだよなー!間に合わねェよ!」 「何だよ」 ナミとウソップに止められ笑顔だったルフィは不服そうにしている。 「なァおっさん!預言者じゃあるまいし、わかりゃしねェと思うが…次に突き上げる海流(ノックアップストリーム)の上空に偶然積帝雲が重なる日は!約何日後?いやいや何ヶ月後?いや何年後になるかなァ!?」 「明日の昼だな。行くならしっかり準備しろ」 「間に合うじゃねェかァーーーー!!!!」 クリケットの言葉にウソップは目が飛び出るほど驚いた。明日の昼がまさにその奇跡の日だという。ウソップは本当に嫌そうな表情でクリケットを見つめることしかできない。 「何だ?そんなにいやならやめちまえ」 「ウ…ウソだろ!!!!」 「ア!?」 ウソップはクリケットを指差し、ウソだと叫んだ。 「だいたいおかしいぜ!今日初めて会ってよ親切すぎやしねェか!?それによ」 「おいウソップ」 ルフィが止めようとするがウソップの口は止まらない。 「おめェは黙ってろルフィ!空島なんてよ伝説級に不確かな場所に行く絶好の機会が明日だと!?その為に船の強化や進航の補助をしてくれる!?話がウマすぎるぜ!一体何を企んでやがるんだ!お前は“ウソつきノーランド“の子孫だもんなァ!信用できねェ!」 ウソップの叫びにクリケットは静かにタバコを吹かせた。 「おやっさーん!メシの支度が出来たぜー!今日のは格別だぜ!」 「こいつスゲー料理うめーんだハラハラするぜ!」 「ナミさーんフミちゃーんご飯でき……だから一流コックだっつってんだろ!」 タイミング悪くマシラ、ショウジョウ、サンジがハリボテ小屋から声をかけた。外の緊迫した空気に三人は首を傾げる。 黙ったままのクリケットにウソップは戦闘態勢を取るが足は震えていた。 「何だよ…やんのか!?」 「…マシラの…あいつのナワバリで日中“夜“を確認した次の日には南の空に積帝雲が現れる。月に5回の周期から見て突き上げる海流(ノップアップストリーム)の活動もおそらく明日だ。そいつもここから南の地点で起こる。100%とは言い切れんがそれらが明日重なる確率は高い。」 クリケットはハリボテ小屋の方へスタスタと歩きながら、ウソップに告げた。そしてウソップの横を通り、殴りかかるなどすることなくニヤリと笑う。 「おれはお前らみたいなバカに会えて嬉しいんだ。さァ一緒にメシを食おう。今日は家でゆっくりしてけよ、同志よ。」 クリケットのその言葉にウソップは衝撃が走る。その様子をルフィは嬉しそうに「しし!」と笑った。 「メシだー!ウソップ急げ!」 「おいチョッパー。ロビンちゃん呼んでこい」 「うん」 ルフィは小屋の方へ走っていき、ウソップはその場に膝をついた。ナミがその背中に近づき、声をかける。 「最善を尽くすしかなさそうね…空へ行く為に。でも最終的には運任せ。」 「ナミ…おれはミジメで腰抜けか?」 「おまけにマヌケね…気持ちはわかるわよ。ちゃんと謝んなさい」 「おやっさん!ごめんよォォオオ!」 ウソップは走っていき、クリケットに抱きつく。鼻水や涙でぐしゃぐしゃな顔を押し付け、怒られていた。 「あと、フミ?」 「え、どうしたのナミちゃん」 ナミが突然振り返り、後ろにいたフミを見つめた。 「あんたも意地張ってないでちゃんと気持ち伝えなさいよ?」 「あ……心配かけてごめんね。気づいてたんだ」 「そりゃ気づくわよ。空島に行く前にお願いね。これ以上心配事は増やしたくないもの…さ!私たちも行きましょ」 ナミに手を引かれフミも小屋へ向かう。いい匂いが外まで漏れていて、小さくお腹の音が鳴った。フミは今夜話をしようとルフィの背中を見つめて決意した。 prev next 戻る |