ジャヤ(45) 「ルフィ!気がついたぞ!」 「起きたか!」 マシラとショウジョウと仲良く話していたルフィはチョッパーの声で中に戻ってきた。クリケットはゆっくりと体を起こすと辺りを見渡し、自分の置かれている状況を整理した。 「ひし形のおっさん!聞きてェ事があるんだよ」 「迷惑かけたな。おめェらをいつもの金塊狙いのアホ共だと思った」 クリケットはタバコを吸いながら軽く頭を下げた。先程の言葉にいち早く反応したのはナミである。 「え!?金塊をお持ちなの!?」 「狙うな狙うな」 ナミの目が輝くのを見てウソップがツッコミを入れる。絵本のように本当に金塊は海の底に眠っているのだろうか。 「おれに…聞きてェ事ってのは何だ?」 「“空島“に行きてェんだ!行き方を教えてくれ!」 「空島?」 ルフィの言葉で、クリケットの眉間に皺が寄る。 「ウワッハッハッハッハ!!」 クリケットは大声で笑い始めた。ナミはジャヤの酒場で笑われた記憶が蘇り、イラッとする。 「お前ら空島を信じてるのか!?」 「オイやめろ!病人だから〜〜!」 今にも殴りかかろうとするナミをウソップは全力で止める。チョッパーとフミは目を合わせ、ナミの顔に震えるしかなかった。 「“空島“はねぇのか?」 「………フフ。さァな……あると言っていた奴を一人知ってるが、そいつは世間じゃ伝説的な大嘘つき。その一族は永遠の笑い者だ。」 ルフィは嘘つきと聞いてある人物を見つめた。 「おれじゃねェよ!!」 ウソップは視線に気づき大声をあげる。確かにウソップは嘘つきだが、その一族ではない。 「“うそつきノーランド“そういう昔話がある」 クリケットが語るに、クリケットこそその絵本の一族の子孫であり、そしてこの場所こそが話の舞台になった場所だと言う。一同が驚いた。 「じいさんのじいさんの…そのまたじいさんの…おれの遠い先祖さ。迷惑な話だ。奴の血なんざおれには蚊ほども通っちゃいねェだろうに…」 ーーーモンブラン家は当時。国を追われて肩身狭く暮らすも人の罵倒は今もなお続いていた。だが、一族の誰一人彼を憎んでいる者はいない。なぜなら。 「ノーランドが類稀なる、正直者だったからだ」 クリケットは強い目つきでそう言った。誰も口を挟まず、その言葉を受け止める。 ーーー絵本にあるノーランドの最期の言い訳はこうだ。 “そうだ!山のような黄金は海に沈んだんだ!“ 絵本ではアホ顔のように描かれているが、実際は大粒の涙を流した無念の死だったという。到着した島は間違いなく自分が黄金都市の残骸を見つけたジャヤ。それが幻だったとは到底思えないものだった。ノーランドは地殻変動による遺跡の海底沈没を主張したが誰が聞いてももはや苦し紛れの負け惜しみ。 見物人が大笑いする中、ノーランドは殺された。 「じゃあ!だからおっさんはそのモンブラン家の汚名返上の為に海底の黄金都市を探してるのか!」 興奮気味に力を込めていうウソップの言葉の直後、銃声が響いた。 「バカ言うんじゃねェ!!」 クリケットがウソップの頭上目掛けて銃を撃った。ウソップの腰が抜け、その場に崩れ落ちる。ルフィはすぐに戦闘態勢を取るが、クリケットがすぐに言葉を発した。 「大昔の先祖がどんな正直者だろうがどんな偉大な探検家だろうが、おれに関係あるか!!」 クリケットは声を荒げて叫んだ。 「そんなバカ野郎の血を引いてるってだけで見ず知らずの他人から罵声をあびる子供の気持ちがお前らにわかるか!?おれはそうやって育ってきたんだ!」 ルフィは握っていた拳の力を緩める。ウソップは静かに息を飲んだ。 「だがそうさ、この400年の間には一族の名誉のためにとこの海へ乗り出した者も数知れねェ。その全員が消息不明になったがな。おれはそんな一族を恥じた。そして家を飛び出し、海賊になった。」 「へー。おっさんも海賊なのか」 「別になりたかったわけじゃねェ。ノーランドの呪縛から逃げ出したかったんだ。しかし、10年前……冒険の末おれの船はなんとこの島に行き着いちまった。」 一族の名誉のためではなく、最も嫌い続けたクリケットだけがこの島に行き着いた。絵本の通り黄金郷などかけらも見当たらなかったが、島の岬に立つと運命だと感じてしまったのだ。心のどこかでは信じていたのかもしれない。 かつての船員たちには呆れられ、一人で探し続けると決めたクリケットは海へと毎日潜ったのだった。 「おれの人生を狂わせた男との、これは決闘なのさ。おれがくたばる前に白黒はっきりさせてェんだ!」 その男の生き様に、一同は胸を打たれる。ウソップは感動で涙さえ浮かべていた。 「じゃあ、あいつらは?さる達は何でここにいるんだ?」 ルフィがさる達と呼ぶのはマシラとショウジョウの事だ。かつて海賊だったクリケットは船員たちが呆れて去って行ったと話していたはずだ。 「あいつらは絵本のファンだ」 「ファンかよ」 「ずいぶん簡単な繋がりね」 ウソップとナミはそう言いながら呆れて笑った。 家の外ではマシらとショウジョウが何か騒いでいる。それを横目に、クリケットはフッと優しく笑った。 「5、6年前になるか。おれの噂を聞いて押しかけてきた。“ノーランドの黄金は絶対あると思うんだ“ってな」 クリケットは孤独だった。 ここらの海は深く、暗く冷たい海中ではより一層の孤独がつきまとう。一人で来る日も来る日もただ潜って探す日々だったが、そんな生活の中にズカズカと入り込んで来て勝手に手下になってきたのだった。 「ああいう一途なバカには正直、救われるんだ…わかるか?」 「わかるぜ…そうだよな…本物の同志ってのはただそれだけで心強く…」 「まーでも、さるの話は置いといて」 「じゃ聞くな!!!歯ァくいしばれ〜〜!」 クリケットの話にウソップは胸が熱くなったが、ルフィには興味がなかったらしい。聞いたにも関わらずだ。 「だから…!おれは“空島“に行きてェんだよ!おっさん!」 「…フフフ。せっかちな奴だ…だから話してやったろ。空島の証言者はその“うそつきノーランド“こいつに関わりゃおめェらもおれと同じ笑い者だ」 「え!?そいつ空島にも行ったことあんのか?」 「残念ながら行ったとは書いてねェが…」 そう言いながらクリケットは一冊の本を取り出した。 「航海日誌…まさかノーランド本人の!?」 麦わらの一味の航海日誌を書いているナミはそれに興味を示す。 「そうさ。その辺…読んでみろ」 「わっ」 クリケットはナミにその航海日誌を投げた。何とか受け取ったナミは日誌に目を落とす。 「すごい…400年前の日誌なんて…」 パリッと音を立てて日誌を捲りながらナミは心を躍らせる。 ーーー海円歴1120年6月21日 快晴 陽気な町ヴィラを出航。記録指針(ログポース)に従い港よりまっすぐ東北東へ進航中の筈である。日中出会った物売り船から珍しい品を手に入れた。「ウェイパー」というスキーの様な一人乗りの船である。無風の日でも自ら風を生み走る不思議な船だ。コツがいるらしく私には乗りこなせなかった。目下 船員達の格好の遊び物になっている。 「ウソ!何これ欲しいー!」 「いいから先読めよ!」 読んでいる途中でナミが私情を述べた為、ウソップルフィチョッパーが先を促す。 ーーーこの動力には「空島」に限る産物らしく、空にはそんな特有の品が多く存在すると聞く。 「空島」といえば探検家仲間から生きた「空魚」を見せて貰った事がある。奇妙な魚だと驚いたものだ。 我らの船にとっては未だ知らぬ領域だが船乗りとしてはいつか「空の海」へも行ってみたいものだ。“モンブラン・ノーランド“ 「空の海だって!」 「ロビンが言ってた通りだ!」 「それにこの時代じゃ空島があって当たり前の様に書いてあるぞ!」 「見てみたい!」 ナミ、ルフィ、ウソップ、フミが順に興奮気味に呟いた。チョッパーは言葉も出ない様子だ。そんな彼らをクリケットは嬉しそうに見つめた後、ハリボテの扉から外に出る。出てきたクリケットを見つけたマシラとショウジョウは慌てて駆け寄った。 「おォ!おやっさん!体の具合いはどうだ?」 「絶好調だ……黙って聞けお前ら。あいつらが好きか?」 クリケットの問いにマシラとショウジョウは顔を見合わせる。 「何でそんな事……」 「どうしてもあいつら空島へ行きてェらしい」 「空島って…行くとしたら方法は一つ」 「あいつらだけじゃ即死だぜ…おやっさん」 「だからだよ。おれ達が一丁、手ェ貸してやらねェか」 ニヤリと笑ったクリケットに続いて、マシラとショウジョウも腕を鳴らしながら笑ったのだ。 prev next 戻る |