アラバスタ(034)

――――カモメが鳴き、空は快晴、穏やかな海

偉大なる航路では珍しく穏やかで、いつもなら気分も晴れ晴れするはずが今日はそんな気分でもない。ゾロは辺りの海を見回して小さく息を吐く。

「もう追って来ねェな…海軍の奴ら…」

「ん―……」

「ん――…」

「んー…」

「つき離したんだろ!?」

「ん―……」

「ん――…」

「んー…」

「あのな……何だよその気のねェ返事は…」

ゾロの言葉に適当に答えていた一味は甲板の柵に顔を出し、項垂れる。

「「「さみしー………」」」

全員がビビの言葉を思い出し、涙を流した。ここにいるはずだったビビは海賊ではなく、島のために残った。どこかでわかってはいたものの、悲しいものは悲しい。もうあの声があの笑顔が見られない。一味の元気のない様子にゾロは呆れる。

「めそめそすんな!そんなに別れたくなきゃ力づくで連れてくりゃよかったんだ」

「うわあ野蛮人…」

「最低…」

「顔恐い…」

「マリモ…」

「三刀流…

「待て三刀流は悪口じゃねェぞ」

チョッパー、ナミ、フミ、サンジ、ルフィ、ウソップは順に呟きゾロを睨み付ける。力づくで連れてきたところでビビには悔いが残るし一味は罪悪感が生まれるだろう。

「わかったよ…好きなだけ泣いてろ」

ゾロは大きなため息をついて呆れた。ゾロも寂しくないわではないが、前を向かなければこの海は何が起きるかわからない。すぐに波乱が訪れる。

「やっと島を出たみたいね…ご苦労様」

そう、波乱はすぐに訪れた。
魅惑的で誰もを引き込みそうなその声は、一味の中にはいない。美しい黒髪が潮風に揺れ、その笑顔は不気味ともとれるし魅力的ともとれた。

「組織の仇討ちか!?相手になるぞ…」

「あなた……」

「何であんたがここにいんのよ!」

「キレーなお姉サマ〜〜っ!」

「敵襲〜〜!敵襲〜〜!!」

「あああああああっ!」

「あ!…何だお前じゃねェか、生きてたのか」

ゾロ、フミ、ナミ、サンジ、ウソップ、チョッパー、ルフィの言葉の感情はバラバラで驚く者、怯える者、笑顔を向ける者…その全員の顔をみて船に乗っていた女性は笑った。

「そういう物騒なもの、私に向けないで……って前にも言ったわよね?」

ゾロは刀、ナミは天候棒(クリマタクト)を体から生えてきた腕に叩き落される。突然生えてきた手に驚きを隠せない。
フミはビビとの戦闘の時に"ハナハナの実"のことは聞いていたため改めてその能力の凄さに驚いていた。

「あんたいつからこの船に」

「ずっとよ…下の部屋で読書したりシャワー浴びたり…これあなたの服でしょ?借りてるわ」

「何のつもりよB.W!」

ナミが怒っても怯えないのはこの船でこの女くらいだ。女はナミを無視してルフィを見据える。

「モンキー・D・ルフィ」

「ん!?」

「あなた私に何をしたか忘れてはいないわよね…?」

「な…ナニって…おいルフィ!!てめェ!フミちゃんという存在がいながらキレーなお姉さんにナニしやがったんだオォ!?」

サンジは意味深な女の言い方に、ルフィの襟元を持って体をがくんがくんと揺らした。フミはそんなルフィのベストを握ると、ただ顔を見上げるだけで何も言わない。でもその表情から"不安"なことは伝わってきた。

「おいお前!ウソつくな!おれはなんもしてねェ…するとしてもフミだけだ!」

「おい、てめェ……純粋なフミちゃんにナニしようとしてんだ!!」

「いいえ…耐え難い仕打ちを受けました…責任とってね」

女は椅子に座ってニコリと笑う。サンジはルフィの首を絞め、いよいよフミは泣きそうになった。

「意味わかんねェ奴だな…どうしろっていうんだよ」

「私を仲間に入れて」

その女の言葉に一味全員が"は!?"と驚いた声を出す。
クロコダイルとの戦闘で崩れかける宮殿の中、死のうと思っていた女を生かしたのはルフィだった。

「それが…あなたの罪…私には行く当ても帰る場所もないの。だからこの船において」

「何だそうか、そらしょうがねェな……いいぞ」

"ルフィ!!!"と一味がそう言ってルフィに怒ってもニカッと笑って女を疑おうとしない。

「心配すんなって!こいつは悪い奴じゃねェから!」

そう言っても……ここで信用しているのはルフィとチョッパー、レディ大好きサンジくらいだ。
甲板に置かれた机と向かい合わせの椅子が2つ、机の上にはライトがあり完全に取り調べ体制である。ウソップの取り調べの結果…わかったことは少ない。
名はニコ・ロビン、8歳で家系である"考古学者"そして"賞金首"に、その後20年政府から逃げ続けているらしい。そして…得意なことは……

「暗殺」

「ルフィ!取り調べの結果危険過ぎる女だと判明!」

ウソップが今にも泣きそうな顔でルフィを見るが、そこにはチョッパーと2人でロビンの能力で遊ばれている姿があった。

「軽くあしらわれちゃって、情けない…どうかしてるわ!今の今まで犯罪会社の副社長やってたその女はクロコダイルのパートナーよ!ルフィの目はごまかせても私はダマされない…妙なマネしたら私がたたき出すからね!」

甲板からキッチンへ向かう階段に座りながらナミはロビンを睨み付ける。

「そういえば、クロコダイルの宝石少し持ってきちゃった」

「いやん!大好きよお姉様っ!」

すぐにロビンにデレデレするナミはお金に目がない。そのナミの様子にウソップとゾロは呆れた目を向ける。そこにおやつを持ってきたサンジはもうすでにロビンに取り込まれていた。

「おれ達が砦ってわけか……フミ、こっち来いすぐに取り込まれるぞ」

ゾロがフミの肩を抱き寄せる。いつもなら怒り狂うルフィはロビンの能力に遊ばれていて見ていない。

「まったく世話のやける一味だぜ……」

そう言ったウソップも数分後にはルフィとチョッパーと一緒にロビンの能力に遊ばれていて、楽しそうだった。

「ったく…どいつもこいつも……」

「悪い人ではなさそうだけど………怖い」

目が合っただけで全て見透かされそうで、フミは怖かった。

「フミ……お前…」

ゾロは勘が鋭く、何かを勘付いたかもしれないがロビンが近づいてきたためこれ以上は何も言わなかった。ぎゃはははと聞こえてくるルフィ達の声にロビンは笑みを浮かべる。

「いいわね…いつもこんなに賑やか?」

「ああ……こんなもんだ」

フフッと笑うロビンの表情にゾロは疑い、フミは怯える。アラバスタで話した時はもっと鋭い目つきだったはずが今はこんなにも笑っている。どちらが本当のロビンなのか、フミにはまだわからない。

「フミ〜」

ここで近くにフミがいないことが嫌なルフィが探し始めた。

「やっぱり、あなたは船長さんを動かす鍵ね……」

ロビンの言葉は風に吹かれ、誰にも聞こえることはない。フミは甲板に向かいルフィの前に立った。

「どうしたの?」

「んー…別にー……」

別に、と言いながらもルフィはフミを引き寄せて自分の胸に収める。胸板に埋めていた顔を自分の方へ向かせ、じっと目を合わせた。

「……ルフィ?」

顔をじっと見てくるルフィの名前を呼んでみるが返事はない。だからじっと見返すしかなく、無言なままずっと見つめ合う。
そんな二人の様子を見つめる美人がいた。その美人二人は立っているだけで絵になりそうだ。

「ロビンは初めて見るだろうけど、ここではあれが普通よ」

「平和ね」

「…そうね、あの平和が崩れたら一味は終わりかも」

「フフッ、微笑ましいわ」

その絵になりそうな二人を見つめるサンジは今にも鼻血が吹き出しそうだった。

「航海士さん…ところで"記録"は大丈夫?」

「西北西にまっすぐ!平気よロビン姉さん!」

「お前絶対宝石貰ったろ…」

「サンジおやつまだか?」

「ちょっと待て!」

個々で会話をし、ぽかぽかとした陽気に包まれ船はのんびりと次の島へと向かっていた。

「ルフィ、次はどんな島かな〜」

見つめ合うのは終え、フミを後ろから抱きしるルフィはうーんと悩んだ。

「次の島は雪が降るかなァ!」

「……あんたまた雪が見たいの」

「アラバスタからの"記録"をたどると確か次の島は"秋島"よ」

「秋かァ!秋も好きだなァ」

「私も好きー赤くて可愛い」

可愛いものに目がないフミは紅葉を思い浮かべて微笑んだ。2人で秋の食べ物や景色のことを話していると、ルフィの頭に何かが落ちる。

「ん?雨…?」

雨ではなく、固形のものが上空から降ってくる。そして見えたのはメリー号の何倍もある船。人骨や木の破片がメリー号に降り注ぎ、船の上はパニックになった。

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