アラバスタ(030)

ルフィが目覚めたのはフミがロビンと会話した日の夕方だった。

チョッパーは薬の調合をし、ナミは本を読み、サンジとウソップは買い物から帰ってきていて、フミとビビはルフィのベッドの横に座り看病して、ゾロはトレーニングのため外に出ていた。

そんな時、

「いやーっ!よく寝たー!あっ帽子は!?帽子!ハラへったァ!朝メシと帽子は!?」

起きて早々うるさい彼に全員呆れつつも安心した。このままいつまで眠り続けるのかと心配していたからだ。

「ルフィ、これ」

フミがルフィを呼んで帽子を差し出すと、バチリと目が合い少しの間があった後ルフィはフミを思いっきり抱きしめた。

「フミ!怪我ないか?痛いとこは?何もされてないか?」

「ル、ルフィ!苦しい」

「あ、悪い……でも大丈夫か…包帯だらけじゃねェか」

「ルフィの方が重症だよ…大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!なんかフミに会うの久しぶりじゃねェか?」

「そりゃあ……3日も寝てたら…」

「3日!?おれは3日も寝てたのか?………15食も食い損ねてる」

こういう計算だけは早いルフィはフミを抱きしめたまま衝撃を受けている。しかも1日5食計算だ。

「ふふふ…食事ならいつでもとれるように言ってあるから平気よ」

ビビの言う通り、あと30分後には夕食の時間だ。3日分食うぞと張り切るルフィだったがそう言うことを知っていたらしい料理人たちはルフィが起きたと聞いて張り切って準備している。

「んー……じゃあおれはその30分フミとイチャイチャしたい」

「「「なっ!?」」」

ルフィの発言に、全員が目を見開いた。全員集まるこの部屋でイチャイチャされたら堪ったものじゃない。ナミが部屋を変えろと怒った。

「だってよ、3日間もフミの顔見てなかったんだろ?」

「毎日見ねェと死ぬのかてめェは!」

「おう!」

「さっさとイチャイチャして来い!!」

ウソップは2人の背中を押して扉から出した。放っておけば突然キスをし始めるかもしれない。ナミとウソップは呆れため息を漏らすがいつも通りの二人で良かったと安堵した。
近くにあった部屋に入り、ルフィは間近にフミの顔を見つめた。

「ル、ルフィ……?」

「3日分見るんだ」

「それって…あとどれくらい?」

「メシが出来るまで」

「恥ずかしいよ」

顔がどんどん真っ赤になっていくフミなんてお構いなしにルフィはじーっとその瞳を見つめる。頬に触れたり柔らかい髪を撫でたりとやりたい放題だ。
フミを近くにあったベッドに座らせて、ルフィもその隣に座ると唇を重ねる。何度も何度も触れるだけのキスをしたかと思えば、息が苦しくなるまで長くキスをした。

「ここ、痛かったか?」

骨が折れてしまった右足をルフィは少しだけ触った。それだけでも痛みを感じてしまい、フミの眉間に皺が寄るのをみてルフィの眉間にも皺が寄る。

「痛かった……でも、ルフィのここは?ここも……ここも」

フミはルフィの傷をひとつひとつ撫でていく。クロコダイルに一度負けたルフィの身体の傷は深い。

「おれはいいんだ。けど、フミはおれのだ。おれのもんに傷つけられたくねェし。」

「やだよ。私だってルフィに傷ついてほしくない」

「だからって無茶すんなよ?冷や冷やする」

「ん、わかった」

ルフィは優しい手つきでフミの柔らかい髪の毛を撫で、額にキスを落とした。

「……あれしたい」

「あれ?」

「前、したやつ。気持ちいいやつ」

鈍感ではないフミはすぐに気が付いた。舌を絡めてするキスのことだろう。頭がクラクラして意識を失いそうになるからフミはあまり好きではない。でも三日間という空白と、今していたキスでは物足りないフミは小さく頷いた。

するとルフィは早速唇を重ねて、手でフミの頭を掴むと舌を侵入させた。

「……んうっ」

フミから漏れた吐息にルフィは嬉しくなり、フミの舌に自分のものを絡ませる。身体は燃えているように熱く、頭はクラクラしていた。

「はあっ…」

どちらのものかわからない荒い息と、唾液、それでもお互いを求めて舌を絡ませた。

そしてゆっくりと離れる。お互いの口を銀色の糸が繋いでいた。

「…はあっ…いいな、これ」

「こんなことしてるの私達だけかな……」

舌を使ったキスなんて知るはずもなく、二人は自分達だけのものと思っている。荒い息を整え、もう一度だけ触れるだけのキスをした。

「なんか……熱い…止まらなくなりそうだ」

「私も熱い……」

身体がむずむずするルフィはこれ以上フミに触れると何かが止まらなくなる気がした。そしてフミも、まだルフィを求めようとしている自分に驚いていた。もっと欲しい、そうお互い感じている。
でもどうすればいいかわからない、もっと求めるにはどうすればいいのか。

「……んー……腹減ったなァ」

「……うん、そうだね」

空腹のせいだろう、そう思うしかなかった。

2人は仲良く手を繋ぐと、広い城を歩いて食堂に向かう。

2人がそれ以上を知るのはまだ先の話。







王宮での静かなる食卓――――それを見てきた王宮に仕える兵士達は今の光景が信じられないでいた。

人の料理に手を伸ばす者、足を椅子に乗せる者、口に詰め込み過ぎてむせかえる者、酒の追加を叫ぶ者、料理の作り方を熱心に聞き質す者、大笑いする者……今までの王宮ではあり得ない食事の光景だ。

ビビも麦わらの一味の船に乗るようになり、最初こそ戸惑ったが今となってはこれが"普通"になっている。

「フミあんた、もっと食べなさい」

「食べてるよ、ナミちゃんこそ…」

「私はデザートのために控えてるのよ」

「デザートもあるの!?」

「あんたの好きなショートケーキもあるわ」

ガヤガヤと騒がしく少し大きな声を出さなければ会話できないほどだ。"下品"だと口々に言い合っていた兵士達もデザートが出てくる頃には一緒になって大爆笑している。ルフィがいない食卓とは大違いだった。ルフィがいるだけで明るくなる。

食事を終えた一味は風呂場へと向かった。王宮の風呂は大きくプールのように泳げるほどだ。三日前に入ってから気に入ってしまったナミは一日に何度も風呂に入っていたのをビビは知っている。

「気持ちいい〜〜こんな広いお風呂がついた船ってないかしら」

「あるわよきっと、海は広いもの」

フミの背中をナミが洗い、そのナミの背中をビビが洗っていた。

「巨人もいた恐竜もいた雪国には桜も咲いた…海にはまだまだ想像を越える事がたくさんあるんだわ!!」

後ろを振り返って笑顔で楽しそうに語るビビをジッとナミとフミは見ていた。

「あっ…その…」

「交替!」

「う…うん…ありがとう」

今度はフミがナミの背中を、ナミがビビの背中を洗う。そしてフミは気が付いた、壁から男たちが覗いていることに。

「ナ、ナミちゃん!ビビちゃん!見て…」

「ん?」

「ちょっとみんな何してるの!?」

慌てているのはフミとビビだけで、ナミはいたって冷静だった。

「フミ〜〜!」

ルフィは呑気にフミを呼んでいるが、生憎タオルで身体を巻いているため裸は見られない。

「ルフィっ、見ないで」

真っ赤な顔で言っても逆効果なことを知らないフミを見て鼻血を出したルフィは後ろにそのまま落ちて行く。

「あいつら……幸せパンチ!一人10万ベリーよ」

そしてナミは男たちに向かって裸を見せてしまった。全員鼻血を吹き出してルフィ同様後ろへと落ちていく。

「ナミちゃん!?」

「ナミさん…そんなことして……」

「いいのよ、後で請求するから。それよりお湯に浸からない?」

ナミの行動に驚き一時停止していた2人は頷くのに精一杯で、言われるがまま湯船に浸かる。

「私達ね…今夜にでもここ…出ようかと思うの」

「え!?ほんと!?」

これはフミも知らなかったことで目を大きく見開いていた。海賊になるか、王女になるか…ビビに迫られている選択は容易に決まられるものではない。それにしても今夜は早すぎる気がするが最終的に決めるのはルフィだ。

風呂から上がり、一味とビビは一つの部屋に集まる。

「今夜!?」

「そう。」

「ここ出るのか」

ナミの言葉にルフィは少し驚いているが反対はしない。

「ま、おれも妥当だと思うぜ。もう長居する理由はねェからな」

「そうだな…海軍の動きも気になる」

その意見にゾロとサンジも同意した。

「ルフィ、お前が決めろよ」

ウソップが言えば。全員がルフィを見つめる。

「よし!も一回アラバスタ料理食ったら行こう!」

「すぐ行くんだよバカ野郎!」

「ぐあっ!」

よっぽとアラバスタ料理が気に入ったのかルフィはまた食べたくて仕方ないらしいが、サンジに蹴られて何も言えなくなった。

すると誰かが一味が集まる部屋の扉をノックする。ビビが開けると兵士の一人が電伝虫を持って訪れて来た。

「誰から…」

「"ボンちゃん"という方です」

「"ボンちゃん"…?誰だ?」

「誰も知らねェぞ」

「ですが、友達と言い張るので…」

聞き覚えのない名前だったが電伝虫が鳴いたままなので、出ることになった。

『モシモシィ!?モッシィ!がーっはっはっは!あァちしよォ〜う!あ、ち、シ〜!』

大音量で流れたオカマの声にサンジは思わず電伝虫を切ってしまう。そしてまた鳴り出した電伝虫はルフィがとった。

「おう、オカマか?おれ達になんか用か?」

『アラ?その声は"麦わら"ちゃんねーい!アンタ強いじゃなーい!あちしびっくらコイたわ!そーそー"Mr.2"ってあちしの事呼んじゃダメよ。電波が海軍につかまったらあちし大変だから』

今自分で言ってしまったが、気づいていないらしいオカマは何が言いたいのか。ゾロは怒って用は何だと問う。

『あ…そうそうアンタ達の船あちしが貰ったから!』

「「「フザけんな!!!」」」

オカマの言葉に全員が叫んだ。まさかもう既に船が敵の手に渡っているとは思ってもみなかった。

「この野郎冗談じゃねェぞ。今どこだ!」

『アンタ達の船の上〜』

「よりによってこいつ…」

『違〜〜〜〜う!違〜〜うのよう!あちし達友達ジャナ〜イ?』

そしてオカマは"サンドラ河の上流にいる"と言って電話を切ってしまった。

「信用できるか?」

「一度は友達になったんだけどなー」

「お前ならまたなれそうで恐ェよ」

「でも行くしかないぞ…?」

サンジ、ルフィ、ゾロ、チョッパーが順に話す中、フミはある手紙を握りしめていた。誰に宛てたものなのか、誰が書いたのか。

「そうだな船を取られてる…おれ達をハメようってんなら…そん時ァ、ブチのめすまでだ」

「そうと決まりゃさっさと仕度だ」

サンジとゾロの言葉に全員が頷き身支度を整えている時、ビビが口を開く。

「ねぇみんな…私どうしたらいい?」

「よく聞いてビビ。"12時間"猶予をあげる。私達はサンドラ河で船を奪い返したら明日の昼12時ちょうど!"東の港"に一度だけ船をよせる。おそらく停泊はできないわ。あんたがもし…私達と旅を続けたいのならその一瞬だけが船に乗るチャンス!その時は歓迎するわ!海賊だけどね」

「君は一国の王女だからこれがおれ達の精一杯の勧誘だ」

サンジが窓にロープを取り付けながらビビに微笑んだ。

「来いよビビ!絶対来い!今来い!」

「やめろってルフィ!!」

「行くぞ」

順番にロープを伝って下へと降りていく。最後の一人となったフミはビビに近づく。

「ビビちゃん、王女になることを選んだら……この手紙を読んで?海賊になるなら、私に直接返してほしい。」

そうビビに耳打ちしたフミは真っ白な封筒に入った手紙を押し付けると、慌ててロープの元へ走る。

「フミ!飛び降りて来い!」

何の躊躇もせずにフミは窓から飛び出して、その小さな身体をルフィが受け止めた。ビビは小さな背中を見つめ、手紙を懐にしまう。

「行くぞ、フミ」

「うん」

そして一味はカルガモ隊に乗って全速力でサンドラ河へと向かった。

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