アラバスタ(027) ピクリと瞼が動き、ゆっくりと開かれた。フミは状況を整理しようと周りを見回す。そこではウソップが砂に転がり、チョッパーは立ち込める煙を見つめていた。 「ウソップくん!チョッパーくん!」 「フミ起きたのか!そこにいろよ、そろそろ薬が切れるからな!」 「……薬?」 アルバーナへ行く道のりで飲んだ薬の効果が切れようとしていた。折れた足が痛いので、薬が切れたところで気がつかないだろう。 立ち込めていた煙から顔を出したのはフミを倒したボン・クレーではなく、Mr.4とミス・メリークリスマスだった。チョッパーとウソップは傷つきながら必死に二人と戦っている。 モグモグの実の能力者のミス・メリークリスマスは本来のモグラと同じで非常に穴掘り能力に長けており、自らが掘った穴のトンネルに相棒のMr.4と入って不意打ち攻撃を行うのが得意戦法らしい。 「もうイヤだ!殺されちまう、勝ち目なんてあるわきゃねェよ。あんな化け物たち!」 「ウソップダメだよ!逃げられやしないんだコイツらからは!」 ウソップは得意の逃げ足で走るが、モグラのミス・メリークリスマスにはすぐに追いつかれてしまい、穴の中から足を掴まれる。 「ここまでやっといて逃げるなんてのはネエだろう!?」 「うわあああああ!」 「船長も貧弱なら船員も腰抜けってわけかい」 「……船長?ルフィが何だって?」 先ほどまで逃げていたウソップの足が止まる。 「“麦わらのルフィ”ならもうとうに殺されちまったさ。Mr.0の手でな!反乱も始まっちまったし、まァ相手が悪かったって事だ。」 “もうとうに殺されちまったさ”そこの言葉がぐるぐると頭の中を回るが、まだフミは言葉の意味を理解できていなかった。 「デタラメ言うんじゃねェよ、モグラババア!!」 「あん?」 「あいつが死ぬわけねェだろうが!あんな砂ワニ野郎に敗けるわけねェ!」 フミの瞳から一滴の涙が砂漠の地へ落ちた。くまのぬいぐるみはドサッとフミの手から離れ、同じく砂へと落ちる。 ルフィを信じなければならないはずなのに、瞳からは涙が止まらない。 「わけねェってのは何か根拠があって言うセリフだと思うがね」 「あいつはいずれ“海賊王”になる男だ!だからこんなとこでくたばるわけねェっっってんだ!」 “海賊王”という単語にミス・メリークリスマスは声をあげて笑い出す。涙が出るほど笑っている彼女にフミは涙が止まった。悔しさと悲しさと怒りが混じり、よくわからない感情に支配される。 「そんなクソみてェな話はこの“グランドライン”じゃ2度と口にしねェこった!まったく死んでよかったよ、そんな身の程を知らねェバカな野郎はよ!ア〜〜ッハッハ!」 砂を強く握りしめフミは折れた右足を庇いながら立ち上がる。あまりの痛さに悲鳴を上げそうになったが、下唇を噛み締めて抑える。口からは血の味がした。 「ウソップくん!私はルフィを信じるよ!」 「フミが信じていればルフィは負けるわけにはいかねェんだ。いいかチョッパー!男には!」 ウソップは大声で叫ぶ。が、ミス・メリークリスマスがウソップの足を掴んで地面を移動する。 「た、たとえ!死ぬほどおっかねェ敵でもよ!たとえ、とうてい勝ち目のねェ相手だろうとよ!」 物凄い速さで移動するミス・メリークリスマスとウソップの先には4トンのバットを構えるMr.4がいた。このままではそのバットがウソップに直撃してしまう。 「Mr.4!構えな!!」 そして大きく振りかぶったバットが思いっきりウソップに向けられた。鈍い音が鳴り響く。頭蓋骨がかけてしまったかもしれない。チョッパーとフミがウソップの名前を叫ぶ。 が、ウソップは倒れることなく立っていた。 「男にゃあどうしても戦いを避けちゃならねェ時がある……!」 「なっ!お前まだ……」 「仲間の夢を笑われた時だ!!」 血塗れのウソップだが今までの弱腰な彼からは想像できないほど、頼もしくみえた。 「バカな!4トンのバットで頭を打ち抜かれて生きてられる筈がねー…ましてや立ち上がれる筈がねェ…」 「ルフィは死なねェ…あいつはいずれ“海賊王”にきっとなるから、そいつだけは笑わせねェ!!!」 ウソップの叫びはチョッパーの心に強く響いた。もう一度ミス・メリークリスマスはウソップの足を掴んでバットを構えるMr.4の元へ走ろうとするが、煙星を使って視界を悪くしその隙にチョッパーがミス・メリークリスマスを掴んでバットの方へ走る。 「いっけ〜〜!」 ウソップだと勘違いしたMr.4のバットがミス・メリークリスマスに直撃し、吹き飛ばされる。そしてウソップとチョッパーの連携の技でMr.4を倒した。 ドサリとウソップが倒れる。慌ててフミは二人に駆け寄った。 「ウソップー!医者〜〜!」 「チョッパーくん、医者はあなただよ」 「あ、そうだった!」 チョッパーは急いでウソップの治療に取り掛かる。気が付けばウソップは身体中包帯だらけだった。4トンのバットで殴られたのだ、当たり前である。 一通り治療を終え、チョッパーは次にフミを見る。 「どこが痛い?」 「先にチョッパーくんの治療が先だよ。」 「おれの怪我なんてフミの病気に比べれば…………」 「ウウッ痛ェ!フミは無事か!?」 ウソップが近くにいる事を忘れてチョッパーは病気の事を話そうとしてしまった。申し訳なさそうにチョッパーは笑って、フミの足を軽く触る。それだけで足はジンジンと痛んだ。 「折れてる……とりあえず木の棒で固定しておくけど無茶するなよ?船に戻ったらちゃんと治療するから。」 「うん、ありがとう。」 「あとこれ。」 チョッパーはリュックから水筒と薬を取り出した。ウソップに見えない位置で口に含み、水で流し込む。 「おーい!フミちゃーん!!」 サンジの声が聞こえて辺りを見回すとマツゲと一緒にフミの方へ歩いてきていた。血まみれのサンジにチョッパーは慌てて駆けつける。 「まず止血からだ!」 「フミちゃん!?その怪我は!?誰がやったの!?」 「サンジくんの方が重症だよ…」 「オカマ野郎に手こずっちまって」 という事は、サンジがボン・クレーを倒してくれたのである。 「倒してくれたんだね……」 「まさかその怪我…あいつが…」 「………うん」 「もう一発、いや百発蹴ってやればよかった!!」 「蹴りすぎだろ!!」 サンジが倒してくれたことによって胸がスーッと楽になった。ボン・クレーの核心をついてきたあの言葉がずっと引っかかっている。「あなた本当に海賊なのん?」フミがずっと気にしていた事だった。最初から、海賊など向いていないのは知っている。 「フミちゃん?」 「ううん、ごめん大丈夫。」 「何かあったらすぐに言って。宮殿へ急ごう。まだビビちゃんの力になれるかもしれねェ」 一味がバラバラに別れる時に約束していた、“アルバーナ宮殿”で会おうという言葉を思い出す。サンジの声に全員が頷いて、内乱真っ只中のアルバーナへと足を踏み入れた。不思議とフミの折れた骨の痛みは感じられない。空はひどく快晴だった。 prev next 戻る |