アラバスタ(021)

次の日の朝、フミが目を覚ますとすぐ目の前にルフィがいた。ルフィの横で眠っていたらしい。目を閉じたままのルフィはフミを抱きしめるような形で気持ちよさそうに眠っている。他の一味も二人を囲むように雑魚寝していた。
フミは起き上がろうとするがルフィがガッチリと腕の中に収めているため動けない。小さな声でルフィを呼んでみるとピクッと動いた。

「ん〜……フミ……?」

「ルフィ、暑いよー」

夜は氷点下まで下がっていた気温が、日が昇るにつれて上がっている。まだ朝だが人に抱きしめられていれば暑かった。じんわりと身体が汗ばんでいる。

「あれ……?おれ砂掘ってて……」

「寝ちゃったから、トトさんと運んできたの。」

「そっか……」

未だに抱きしめられたままのフミは顔の近さに慣れていなかった。キスをするときは目を閉じているし、こんなに近くで顔を合わせることなんてない。

「フミ…?」

「そ、そろそろ離れてほしいな……」

「おれは離れたくない。」

「もう、ルフィ。お願い。」

「だってこんなに近くでフミを見れることってなかなか無ェし。」

「それが、恥ずかしいの……」

ぬいぐるみを顔の前に持ってきて恥ずかしがっているフミが可愛くて仕方がないらしく、ルフィはより強くフミを抱きしめた。

「う〜、苦しい……」

「じゃあそのクマ退けろ」

「やだ。」

ルフィはぬいぐるみを無理矢理引き剥がして、唇を重ねた。"ん〜"と喚くフミを黙らせるために初めて舌を侵入させた。

「ん!?………ハァっ…ん」

初めて体験するキスにフミは困惑し、ルフィは興奮を覚えた。

「な、なにこれ………」

「なんか、いいなこれ。」

「よ、よくない!!」

「さァて、みんな起こそう。」

顔色ひとつ変えず、冷静なルフィに顔を真っ赤っ赤にさせたフミは困惑していた。舌を使ったキスはフミもルフィも初めてだが、ルフィはあまりの気持ち良さにこれ以上するとダメだと本能で気がつきすぐに離れたのだ。
とりあえず退けられたクマのぬいぐるみをフミは拾うと、近くにいたナミの体を揺すった。ルフィは大声で"起きろー"と喚く。

「うっせー!ルフィ!」

「ルフィが一番なんて珍しいこともあるのね。」

「ルフィさん、おはよう」

各自ゆっくりとはいかなくても、目を覚まして声をあげた。ルフィはといえば、フミと目を合わせて満面の笑みを見せる。フミはすぐに赤い顔を背けルフィの顔を見れずにいた。
そして一味が着替えて外に出れば、トトが待っている。

「すまんね、ビビちゃん…とんだ醜態をみせた……」

「ううん、そんなこと…じゃ私達行くわ、おじさん」

「ああ…ルフィ君これを持っていきなさい」

「うわっ!水じゃん!でたのか!?」

小さな樽に入った水は昨日ルフィは掘り進めた穴から出た湿った砂を蒸留して絞り出した希少なものだった。ルフィは感動してじーんとその樽を見つめた。

「ありがとう、大切に飲むよ!」

「正真正銘、ユバの水だ…すまんね、それだけしかなくて。」

ルフィはもう一度感謝し、ユバを後にする。それを追いかけて一味は歩いていく中、ビビとフミは振り返ってトトに手を振った。絶対にここも救うから、という意味も込めて。


少しだけ歩くと、ルフィが不満そうな顔をしているのにフミは気が付いた。水も貰ったし文句があるならこの暑さくらいだろう、と思ったがルフィはその場にドカッと座り込んでしまった。

「どうしたの…?ルフィさん…」

「やめた。」

ルフィの言葉に全員が"は!?"と声を漏らした。自由奔放な麦わらの一味の船長は頑固であり、一度決めると絶対に意見は変えない男だった。

「やめたって…ルフィさんどういうこと!?」

「おいルフィ、こんなとこでお前の気まぐれにつき合ってるヒマはねェんだぞ!さァ立て!」

ビビとウソップは言い返すがルフィは"戻るんだろ"と真剣な顔で言った。

「そうだよ。昨日来た道を戻ってカトレアって町で反乱軍を止めなきゃお前、この国の100万の人間が激突してえれェ事態になっちまうんだぞ!」

「つまんねェ」

「何を!?コラ!!!」

サンジはカンッカンに怒っているが、ルフィはずっとビビを見据えていた。そして静かにその王女の名前を呼ぶ。

「なに?」

「おれはクロコダイルをぶっ飛ばしてェんだよ。反乱してる奴らを止めたらよ…クロコダイルは止まるのか?その町に着いてもおれ達は何もすることはねェ。海賊だからな、いねェ方がいいくらいだ。」

ルフィは考えもなしに核心をついてくることがある。ラクダのまつげに乗るフミはルフィの意見に納得した。

「お前はこの戦いで誰も死ななきゃいいって思ってるんだ。国のやつらもおれ達もみんな。"七武海"の海賊が相手でもう100万人も暴れ出してる戦いなのに、みんな無事でいいと思ってるんだ。甘いんじゃねェか?」

鋭い視線を向けられ、ビビは一歩だけ後ずさる。

「ちょっとルフィ!あんた少しはビビの気持ちも!」

「待って、ナミちゃん。」

慌ててフミがナミを止めた。ここで話せるのはルフィとビビだけだ。

「何がいけないの?人が死ななきゃいいと思って何が悪いの?」

「人は死ぬぞ。」

パンッという音が響いた。ビビがルフィにビンタした音だ。

「やめてよそんな言い方するの!今度言ったら許さないわ!今それを止めようとしてるんじゃない!反乱軍も国王軍もこの国の人達は誰も悪くないのに!なぜ誰かが死ななきゃならないの!悪いのは全部クロコダイルなのに!」

「じゃあ何でお前は命賭けてんだ!!!」

今度はバキッという音がした。ルフィがビビを殴った音だ。王女である前に女の子であるビビを殴ったルフィにサンジとウソップが止めに入ろうとするが、その前にビビがビンタを何度も返した。

「この国を見りゃ一番にやんなきゃいけねェことくらい」

「なによ!!」

「おれだってわかるぞ!!」

何度ビンタをされてもルフイは言い返す。これがビビの、王国のためだ。

「お前なんかの命一個で賭け足りるもんか!」

「じゃあ一体何を賭けたらいいのよ!他に賭けられるものなんて私、何も……」

「おれ達の命くらい一緒にかけてみろ!仲間だろうが!!」

ポロッと零れ落ちたのはビビの涙。初めて見るビビの涙だった。

「なんだ…出るんじゃねェか涙。」

ビビはフードを被って涙を隠そうとするが、地面の砂はどんどん濡れていった。

「本当はお前が一番くやしくて、あいつをブッ飛ばしてェんだ。」

ルフィは落ちてしまっていた麦わら帽子を深くかぶると、前を見据えた。

「教えろよ、クロコダイルの居場所」

鼻血が出ているが、そんなルフィの姿にフミは惚れ直してしまった。胸が高鳴り、かっこいいと心の底から思った。

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