05
読み掛けの文庫本を閉じて鞄に入れ、室内窓の施錠を行う。
机や椅子は簡単に整えて、私は廊下に出た。
スケッチブックを棚に片付けているトモを、静かな廊下を眺めながら待つ。
夕日に照らされた学校は、赤く、赤く彩られていた。

「じゃあ、帰るか」
「うん」

美術室から出て来たトモの少し後ろを歩きながら、私達は一階の下駄箱へ向かう。
二学期が始まってから、トモは少し変わった。
以前なら、隣に並んで歩いていたのに、最近のトモはどこと無く急ぎ足調に、私の少し前を歩く様になった。
同時に、少しばかりよそよそしい雰囲気を纏い、時々私を寄せ付けなくなった。
けれど、前と変わらず手は繋ぐし、キスも交わすから、嫌われたわけではないと思う。
ただ、どうにも私が距離を感じて、踏み込めない領域が増えた気がするのだ。
それが、何より寂しく、何より悲しい。
トモの背中を見詰めながら、私は暗い思考の渦に呑まれていく。

以前と変わってしまったトモ。
以前と変わらぬよう振る舞うトモ。
私に、何も話してくれないトモ。
全てを話してほしい、理解したい、なんて傲慢な言葉は言わないし、いらない。
でも、何と無く、分かってしまった。
トモが、何をしようとしているのかを。
ヲリキリ様を見てしまった、そのときに。

「カナ?どうかした?」
「んーん。何でもないよ」

考え事をしながら歩いていたからか、トモと大分距離が離れていた。
直ぐに小走りで駆け寄り、トモの隣に立つ。
するりとトモの手に自身のそれを絡めると、トモも小さく笑って私の手を握り締めてくれた。
言ってくれないなら、言ってくれるまで待つつもりだ。
それくらいの忍耐力はあるし、いつもそうしてきたから、苦なんかない。
だけど、なんでだろう。
胸の内を騒がす、嫌な焦燥感。
それから、ここ数日見続けている、トモが消えてしまう嫌な夢。
それが毎日続いてて、まるで待ってる時間なんかない、と何かに急かされている気分になる。

「ね。今日さ、泊まりに行っていい?」
「別に良いけど……。何で改まって聞くんだよ」
「なんとなく。初心に戻ってみたかったから、なーんて」
「初心ってなんだよ」

明るく笑うトモに、私は安堵の息を吐く。
大丈夫、トモは変わってない。
今は、アレを実行してるから、ちょっと緊張してるだけなんだよね?
……そう、だよね?

「ふふ。トモ、大好きよ」
「今日のカナ、変なの」
「あ、酷い!たまには素直になってあげたのに!」
「上から目線すぎ」

二人で顔を見合わせて、同時に笑う。
いつの間にか、並んで歩いてて、手もいつの間にか恋人繋ぎなんてしてて。
いつもトモから滲む違和感が、まるで嘘みたいに霧散してた。
だから、思わず言ってしまったんだ。

「トモ。これからもずっと一緒に居ようね?」

トモは、ただ小さく柔らかく微笑んだだけで、何も言わなかった。
初めて見たトモの表情に、私は何も言えなかった。
トモとは、幼少の頃から、ずっと一緒だった。
仲の良さは群を抜いてて、周囲に依存と勘違いされるくらいに、お互いにべったりだった。
いや、完全に依存し合ってたのだろう。
ずっとずっと、一緒だよ。
なんて約束を何度も交わし、今まで言葉に違わず、一緒にいたくらいだから。
だから、お互いで知らない事なんて、本当に少なかったんだ。

「(あんな顔、初めて見た)」

何処か泣きそうな、それでいて嬉しそうな優しい表情。
ないまぜになった感情を押し殺しているような顔。
そんなになっても、私には言えないのだろうか。
私は、そんなに頼りないだろうか。

「腹減ったー。今日の晩飯、なんだろ」
「私、冷たいものが良いな。中華とか」
「坦々麺とか?」
「冷やし中華とか中華蕎麦も可!」
「麺ばっかじゃん」

思い切り笑うトモに、私もつられて噴き出し、ついには一緒になって笑ってしまった。
久しぶりに大笑いをしたからか、二人して横っ腹を引き攣らせ、呼吸困難に陥った。
傍から見たら、手を繋ぎながらゼイゼイと呼吸を荒くしている二人組なんて何とも怪しいだろうに、その時の私達は気にせずに笑っていた。
いや。
私は、何も知らずに居たからこそ、笑えていたのだ。





トモが、放課後に学校の屋上から自殺したのは、翌日のことだった。


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