04
放課後。
美術室でトモがスケッチブックにデッサンしているのを横目に、私は窓際で本を読んでいた。
被写体はない。
トモはスケッチブックを見せてくれないから、何を描いてるかは知らないけれど、いつも満足そうに、物足りなさそうにスケッチブックを見ている事だけは知っている。
以前、スケッチブックを見せて欲しいとせがんだ事もあるが、頑なに嫌がるトモに、私が先に折れてしまった。
それ以来、私は一度もトモにスケッチブックを見せてほしいとは言わなくなった。
気にならない訳じゃないけど、トモに嫌われたくない思いの方が強かった。
そんな私は、毎日の放課後をスケッチブックに向かうトモを見ているか、本を読むかで過ごしていた。
その時間が退屈だと思った事はない。
寧ろ、誰にも邪魔されずにトモと過ごせる空間の一つなのだ。
退屈や暇と思う筈がなかった。
まあ、他の美術部員が居たら、流石に私も教室でトモを待っているけれど、勉強第一主義のこの学校では部活なんて滅多にさせてくれない。
美術部なんて、更に酷いもので、週一に活動しているかどうかさえ微妙なところだ。
随分と話が脱線してしまった。
思考が本から逸れたのを皮切りに、私は窓の外を見上げた。
憎々しい程に晴れ渡った空が、視界を占拠する。
眩しさに瞼を細め、時折頬を撫でる風が心地好い。
窓から吹き込む夏の湿気を含んだ風が、視界の隅で、時々カーテンを揺らしていた。
猛暑日を過ぎたからか、八月と比べると随分過ごしやすい時期になった。

「カナ、お待たせ」

呆けていた私を現実に引き戻す様に、トモが私の顔を覗き込む。
思いの外近くにある顔に少しだけ驚いたが、軽く落とされた唇に、私は僅かに眼を細めた。
どんな心理作用が掛かっているかは知らないが、トモと交わすキスはいつも心を穏やかにする。
別に、今心が荒れていた訳でも乱れていた訳でもないけれど、どことなく安心するのだ。
言葉ではどうにも表現し辛いが。

「……もう、いいの?」
「うん」

慈しむ様に顔中にキスをしてくれたトモが、もう一度私の唇にキスをして満足げに笑みを浮かべる。
時折急にキスをするトモに諌めなくてはと思うが、何だかんだ私も満更ではないから中々諌められない。
否、諌めたことがない。
今だって、キスをして満足したらしいトモが気分を好調させているのを見て、私も気分が良いのだから出来るはずもなかろう。
そんな自分に呆れつつも、嬉しそうなトモの動向を見ていると、何故かトモはいつも座る椅子に座らず木炭やら鉛筆やらを纏め始める。
どうかしたのかと見ていると、トモは片付けをしているようだった。

「あれ?デッサンは?」

時計を見れば、トモがデッサンを始めて一時間も経っていない。
今日はデッサンをすると言っていたから、いつもみたいに大分時間がかかると思ったが、違ったのだろうか。
そう思ったのが顔に出ていたのか、トモが小さく苦笑をした。

「今日はもう終わり」
「そう?じゃあ、帰ろっか」

理由を深く追求するでもなく、私は短く会話を切り上げる。
根本的な理由が何であれ、誰だって早く帰りたい日もあるだろう。
そんなことを考えつつ、片付けをするトモの横で、私も帰る仕度を始めた。


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