小説 | ナノ



【体温】


「――……ん」
「悪いな、起こしたか」
「…あい、く……?」
ゆっくりと意識が浮上し、目の前にはアイクの姿が。

あぁ、そうだ。ここは私の部屋だ。現状把握に時間がかかったけど、今自分が部屋の中で寝ていることがわかった。

確か、目が覚めたら熱があって…。マスターに今日の乱闘の予定を全てキャンセルしてもらったんだ。他のみんなにうつしちゃったら大変だし。

廊下ですれ違ったリンクに事情を説明したら、「看病するよ!」ってやたら熱心に言われたけれど、聞く耳持たずで部屋に閉じこもったところまでは覚えてる。もはや酷く遠い感じのする記憶の中で、彼の台詞が蘇る。

そうだ。「薬、届けるからね」って言われたんだ…。

「熱はどうだ?まだ顔が赤いな」
「…いや、うん…。だいじょぶ…」
「そんなはずないだろ。とりあえず大人しくておけ」
「…う、うん……」

この人が薬かい…。

心の中で毒付いてみたって、目の前の彼には届くはずもない。額に当てられた手の温度が心地良い。うっすらと瞳を閉じたら、倦怠感と睡魔がまた囁き掛けてきた。


「何か食えそうか?」
「…いらない。アイク…こっち……」
テーブルの上のお粥を指差されたけれど、食欲なんて湧いてくるはずもなくて。それよりも、今の私が欲しているのは…その腕の温もりだったり。

あぁ、もうほんと終わってる…。

決して口にしない嘆きとは裏腹に、私の指は自然に彼の服へと伸びていた。あまり力は入らないけれど、離れている体温が切なくて。裾をキュッと握ったら、そこに彼の手が重なってきた。
それだけで安心するのは、自分が弱っていることの証明なのかな。

「なまえ、どうした?」
「何も、いらないから…いてよ、そばに…」
「俺には風邪うつしてもいいわけか?」
「…いじわる」
「冗談だ」
口を少し尖らせて不満を表せば、困った様な笑顔。大雑把に髪の毛を撫でてくる、無骨な手が好き。
熱に侵食されて崩壊していく理性的な自分を悔むのは、もう少し後でもいいかもしれない。

「アイクは、体丈夫そうだよね」
「まぁ、そうだな。鍛練の成果か」
「じゃあ、一緒に寝よ」
「…困ったやつだ」
何だかんだで私に甘いアイクは、言った通りに布団に潜ってきた。整った顔が近くてドキドキする。熱のおかげで、顔が赤いのは気づかれないだろうけど。

「ごめんね、迷惑だよね…」
「風邪なんて早く治せ。こっちまで調子が狂う」
「ははっ…。そうだよね…」
普段は何かと素直じゃない私が、ここまで弱ってるのが珍しいんだろうな。アイクが何だかいつも以上に優しい気がする。
抱き締めてくれる体温が愛しくて、原因不明の涙がにじむ。見られたくなくて、アイクの胸に顔を埋めて真っ直ぐな視線から逃げた。

「これ以上誘うようなことしたら、病人だろうかなんだろうが、食うからな」
「…こわいなぁ」
優しい腕に包まれながら、微笑んで目を閉じる。(貴方になら…。なんて言ってしまいそうだよ。)

アイクの声を子守唄のように聞きながら、最高の薬を与えられた私は、満ち足りた眠りに就いた。




13.08.20
ベタに風邪ネタ


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