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 結局寝室に入ることも、二歹の様子を窺う事も出来ないまま朝が来る。腹に重みを感じて目を覚ますと、寝室でないことに違和感を覚えた。そうだ、リビングのソファに寝ていたんだ。
 そして腹の重みが酷くなってきたので見ると、明るい茶髪の見覚えのない頭。なにこれ、ああ、そうだ、そうだ……。
「……どうしたんですか」
 一瞬、なんでまだいるんですか、と言いそうになったのを堪えて声をかける。どうしても酷く当たってしまうのは、八つ当たりや責任転嫁の結果だ。
 あなたの事を抱く気なんてなかったのに、あなたの弟の事を考えたくなかったのに、あなたが誘うから。
「腹痛えーっ……ううう、ほんと、痛い……っ」
 ソファの横に座り込み、頭を横っ腹にぐいぐい押し付けてくる。
「あのままで寝たんですか……下も履いてないじゃないですか」
「いてーいてーいてー死ぬーほんとうううあー」
「あーもー、トイレ行きましょう、トイレ」
 顔を歪ませて苦痛を訴える二歹の肩を支えながらトイレへ。大人なんだから自分で出来るだろうに、しょうがない人だ。
 二歹は長男だったが、三月が生まれてくるまで10年間一人っ子として育ったせいか、甘えたでわがままだった。人懐っこさもあいまって、大人になった今でも甘やかされがちだ。
「はい、どうぞ」
 トイレの扉を開けて案内すると、唇をつんと尖らせて不満げな二歹。三十路男がするにしては可愛らしすぎる仕草で、可愛くないのになぜか似合っていた。
「なんですか?」
 愛想笑いを浮かべてなるべく優しく聞いてあげると、少しだけ恥じらいを浮かべた二歹は言い辛そうに口を開いた。
「……ケツいてーんだもん、お前のせいで」
「えっと……その、」
 きっと、既に一人でトイレで気張ったのだろう。それでも痛みで、上手く排泄することが出来なくて最後の手段として頼ってきた。そんな経緯を想像して、また何かが溢れそうになる。
「シャワ浣しますか、石鹸とかで解せば……ちょっとしみるかもしれませんけど」
 誤魔化すように言葉を繋げると、謝るタイミングだったろうにそんな言葉は一つも出なかった。
「する」
「……じゃあ、浴室に」
「ん」
 おかしな空気になっているこの空間に、古佐治はまた、あの感情が蘇りそうになる。

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