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 急に呼ばれて、古佐治は反射的にその場で立ち止まった。振り返り、声のした方を見ると明るい茶髪に似合わないスーツ姿の男性がこちらに駆け寄って来ている。
「古佐治、だろ?久しぶりだなー」
 古佐治は言葉に詰まる。先まで見ていた生放送で喘ぐ思い人の姿に重ねてしまったからだ。ほぼほぼ違わない、思い人とよく似た外見に頭は混乱している。
「おーい、古佐治?」
 屈託のない笑顔で笑いかける姿は本人よりもずっと幼く見えるし、声も本人より少し高い。違いを見つけることで、古佐治はやっと落ち着きを取り戻した。
「……二歹(ニガツ)さん、久しぶりです。全然変わらないですね」
 下戸二歹、10歳も離れ三十路半ばになっているとは思えない程若い見た目のその人は、下戸三月の兄だ。年の違う兄弟なのに、双子か、もしくは二歹の方が弟に見られる事が多々あった。
 そんな二歹の頭を撫でたくなるような感情を抑えて古佐治が笑いかけると、二歹は軽くパンチをして古佐治に触れた。
「お前は相変わらずでかいイケメンだな、くそやろう!」
 夜にしては大きいトーンの声に驚く。
「え、どうしたんですか?酔ってます?」
「酔ってませんしー」
 いいながらヘラヘラ笑う二歹を見て、ああこれ間違いなく酔ってるわ、と判断した。兄弟揃って下戸なんだから。呆れたように笑うと、何故か嬉しそうにしている二歹に、古佐治の中で何かが溢れそうになった。
「どうします、うち近くですけど。つか、そんな酔った状態でほっとけないですし」
「うん、古佐治んち行くわ。それビールっしょ?飲むし」
 こんな酔ってるのにまだ飲むと言うのか。弟の方は飲める量を知っているから、酔うまで飲むことはない。しかし、二歹の方と言えば飲めないのがわかっていながら馬鹿みたいに飲んでは泣きながら吐いて後悔する。
 普段から人懐こい性格をしている。そんな二歹を周りの人間は喜んで介抱するもんだから、二歹が懲りる事はなかった。
 ガチャガチャ、かちゃん。
「はい、どうぞ」
「んー……もう寝る」
「え?!」
 さっきまでの元気はどこへやら、急に眠気が襲って来たらしい。スーツのジャケットを脱ぎ、ベルトを外そうとガチャガチャ音を立てている。
 眠気と酔いで上手く外せないようだった。
「こさしっ脱がせろっ」
 腰に手を当てて偉そうな態度で言う二歹に、古佐治の中でまた何かが溢れそうになる。いやいや、この人酔っているだけだから、親友の兄貴だから、そんな、まさか。
「早くしろっ」
「はいはい」
 兄弟そろって理不尽なところがある。古佐治は買い物袋をその場に置いて、二歹に駆け寄った。電気の下だと、想像以上に二歹が酔っている事がわかる。上気して赤く色付いた頬、潤んでとろけた瞳、ふらふらと縋り付く手足。
 ごくり、喉が鳴る。
 だめだ、この人は、この人だけは。
「なんだお前、」
 へらっと笑いかけてきて。
「おれに欲情してんのか」
 誘ってんの?

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