がまくんとかえるくん


「お前はいいよな、女から手紙貰えて」
 卒業式を目前にしたある日の放課後。学校の女子数名からラブレターを受け取った俺に、遠坂(トオサカ)が言った。
 不機嫌に口を曲げて、窓の外を眺めながら、その怒りを見せないようにしている。
「……突然こんなのもらっても、困るだけだし」
 女子から好意を寄せられる事は少なくなかった。おかげさまで見た目が良く、サッカー部で活躍して、成績も悪くない。
 けれども、そんな俺の肩書きだけに向けられた好意を、俺は嬉しくは思わなかった。だいたい、手紙をくれた相手の顔も名前も知らない。この先一生、俺の記憶に残ることも無い。
「ハッ。モテる男は言うね」
 遠坂はそう言うと、強気に笑って見せた。けれども、まぶたも唇もヒクついて、今にも泣き出しそうなのを堪えていた。
 運動も勉強もダメで、卑屈に育った遠坂はいつもそうだった。劣等感の塊のくせに弱いところを見せないように強がって空回る。
 そんな姿に、俺の心臓はゾクリと震える。
「……おれだって誰かに好かれたい」
 腕を枕に机に突っ伏し、小さな声で呟く。遠坂の渾身の本音に、熱が上がった。
「好きだって言われれば、誰でもいいのか」
 つい撫でたくなるうなじを見つめながら遠坂に聞いた。少しだけ考えて、蚊の鳴くような声で、いいよ、と答える。
 愛に飢えた遠坂の、投げやりな心はあまりに無防備で、そこにつけ込むしかないと思った。

「好きだよ、遠坂」
 唇に触れる耳を噛みちぎって、味がしなくなるまで食べてしまいたいと思った。遠坂の身体が僕の喉を通って、胃の中でゆっくり消化され、血となり肉となり俺の身体の一部となる。
 想像しただけで興奮して、ごくりと唾を飲み込む。
「好きだ、愛してる、遠坂」
「なっんだよ、からかうのやめろ」
 遠坂は顔を上げ、耳を手で押さえて言った。上ずった声は突然の告白に動揺したのか、それとも耳で感じてしまったのか。
 赤くなった顔は、嫌悪による怒りではなさそうだ。
「からかってなんかいないよ」
 俺が手を伸ばして触れようとすると、遠坂はビクッと跳ねる。頬を撫でて、あごを掴み、これはキスの前準備だ。
「愛してる。遠坂の全部を俺のものにしたい。髪の毛一本だって誰にもあげない。遠坂、愛してる」
 赤い顔のまま、遠坂は、はあはあと荒い息をした。言葉の意味が理解出来ないのか、理解したくないのか、反応は鈍い。
 でも、キスしていいよな。
 目を見ながら顔を近づける。遠坂の瞳が揺れるその中に、俺の顔が映っている。





なんか違う…となって放棄
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