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初めて見る顔
クッキー
音が弾けた

「士郎」
 と呼ばれれば、反射的に口を開く。そこに投げ込まれたチョコが、舌の温度で溶けていく。
 あとどれだけ、甘い地獄を飲み干せば許されるのだろう。
 彼が高校で女子から貰ったというチョコレート。ピンクや赤の可愛いラッピングも無惨に破かれ、ゴミ箱に積み重ねられた箱は二桁にのぼる。
 彼らは間も無く大学生だと言うのに、だからか、これが最後の機会だからとこぞってチョコを交換し合う。
 その行く末が、誰の胃とも知らずに。
「士郎はチョコレート、貰ったことあるのか」
 また一つ、チョコレートを差し出しながら彼が聞いた。僕は声を出すこともままならず、首を振って答える。
 そんなものとは無縁だった。欲しいと、思わなかったわけでもないが、少なくとも今は、もうこれ以上少しも食べられる気がしなかった。
 喉元まで甘い匂いが込み上げるようだった。既製品のプラスチックのような、どれも似たようなチョコレートに、手作りのトリュフや変わり種のマカロン、ガトーショコラ。
「はあ……はあ……」
 次の一粒が差し出される。僕は口を開けて食べなければいけない。けれど、散々食べさせられた胃は満腹で、甘さに嫌気がさして、苦痛で発狂しそうだった。
「士郎」
 彼の指が僕の唇を撫でた。僕は震えながら口を開く。もう欠けらだって口に含みたくないのに、彼に与えられたチョコレートを必死になって食べた。
「愛がこもってるだなんて」
 彼は紙切れを見ながら呟いた。それはチョコレートの一つに入れられた手紙なのだろう。そんな紙切れはもう何枚もゴミ箱に捨てられている。
「こんなのただのチョコだろ」
 ハート型のチョコレートを嘲笑い、彼が食べようとする。気がつくと僕はその指に食いついて、既に限界の胃に上乗せした。
 彼は初めて見る顔で笑った気がした。
「俺は愛なんていらないから、士郎、お前が全部食べてくれるよな」
 彼に向けられた愛は全部、僕の胃の中に放り込まれた。
 はち切れそうな程の愛に吐き気を催していると、彼が僕の腹を撫でる。
「士郎、ご褒美をあげる」
 ジーッ、チャックの降りる音がして、彼はそそり立つ凶器のようなそれを僕に向けた。条件反射的に口を開くと、彼は満足げに笑った。
「士郎が好きなのはこれだもんな?」
「おっご……っぐっ……おっえ……」
 喉奥を犯され、呼吸もままならない。確かに僕は、これが好きだった。

「士郎さん」
 はっとして目線をやると、隣に座る僕の恋人が頬を染めて顔を逸らして恥じらう。僕の手の中には赤のラッピングがされた箱があった。
 バレンタインの今日、彼は僕にこの箱を渡すためだけに待ち合わせをして、こうして話している。
 寒いから、と僕の家に連れてくると、始終そわそわと落ち着きがなかった。僕は今日がバレンタインだったなんて、すっかり忘れていた。
「ありがとう」
 言いながら、顔が歪んではいないかと気になった。
 数年前のバレンタインの記憶に、胸焼けしそうだった。限界までチョコレートを無理やり食べさせられた。気持ち悪くて吐き出して、トイレが詰まったのは笑えない過去だ。それ以来、チョコレートは苦手だった。
「開けていい?」
「あの、……はい、手作りなんです」
 照れながら言う彼を横目に、ラッピングを丁寧に外していく。まるで売りものみたいにきちんとしていた。
 外装を外すと中に小箱が入っている。赤い蓋を外すと、ピンクの緩衝材に包まれたチョコレートが5つ。それぞれ見た目が違い、きっと味も違うのだろう。
 隣からは熱い期待の眼差しを感じた。食べないわけにはいかなくて、一つを指でつまむ。アーモンドの乗ったチョコだった。
「ん……」






なんか違う
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